第16話 浮遊の魔法陣
放課後、約束通りに魔法道具同好会の部室に向かった。もっとも、部室には毎日通っているのだけれど。ただ、いつもは部活始まりにカバンを置きに行って、部活終わりにその日の成果をひよりに届けに戻るといった感じなので長時間の滞在は珍しい。
「きたよー」
「コウくん、いらっしゃーい。ねえ、これ見て」
「なに?あ、ブーツじゃん」
黒い革製のワークブーツだ。ハイカットの編み上げになっている。足首をしっかりホールドして、ダンジョンでの飛んだり跳ねたりの行動をしっかりサポートしてくれそうだ。
「コウくん、ダンジョン用の靴装備持ってないでしょう?スニーカーだと敵の攻撃が通っちゃうし、硬いものをふんずけたら怪我しちゃうかもしれないからね」
「これ、ボクに?ありがとう!やったなー」
素直にブーツを手に取って見てみる。ダンジョン製品ということは基本は手作りということなんだよね。だけど、このブーツは靴底の接着部分を除いてプロの職人技で仕上げられているように見えた。
「こんな上等そうなの、いいの?」
「うん、私の手作りだし。まあ、ダンジョンの魔法を使ってるけど」
「すごいね。こんな本格的なものができるんだ。どんな魔法?呪文でぱあっとできたりするの?」
「そういうのとはちょっと違ってね。部室の妖精さんに手伝ってもらうんだー」
「妖精?」
「そう。そこの靴を作る用の台の上にできかけの靴をセットして帰ると、次の朝には靴が完成しているっていう魔法なの」
「なるほど、だから妖精の仕業っていうわけだね」
「たぶんこの靴の台がマジックアイテムなんだと思うんだけど、動作してるところを見たことがないからはっきりとしたことは言えないの。いつも退出時間を過ぎてから夜中のうちに動いているみたいで。だから私は妖精さんがお仕事をしてくれているんじゃないかなって」
「ふーん。じゃあ手作りっていうわけでもないんだね」
「私が材料揃えてデザインしたんだから私の手作りだよー」
ひよりが頬をふくらませて抗議する。
「ごめんごめん。悪い意味でいったんじゃないから。ありがたく頂戴するよ」
「履いてくれれば許してあげるよ」
プレゼントをもらってそのうえ機嫌も直してもらえるならお安い御用だよ。
そう思っていそいそとブーツの紐を結んでいてふと気になった。ひよりってこんなに殊勝な性格だったっけ?もっとこうマイペースっていうか、自分本位だったような……
「これってただの靴?」
「ぎくっ」
「やっぱり」
「隠してたんじゃないよ。ちゃんとあとで話そうと思ってたんだよう」
「はいはい。で、何があるの?この靴」
「あのね、このまえ小箱を開けてくれたでしょう?あのとき中に入っていたメモが魔法陣のレシピだったの」
「ふむふむ、それはめっけものだったね」
「うん。でね、その魔法陣って、空中浮遊の術式だったんだー」
「へえ、すごね。空が飛べるんようになるの?」
「飛ぶっていうより浮かぶ感じかな。
「浮かぶだけでもすごいよ。罠とか毒の沼とか無効化できるやつじゃない」
「でしょでしょ?だからね、その魔法陣を靴底につけたら便利かなーって思って」
「ほほう、じゃあその魔法陣がこの靴の裏にセットされていると……」
「そうなの。どう?すごいでしょ?」
「面白そうではあるけど、そういうことは先に言ってよ。黙って実験体にするなって」
めっ、とバツ印を送る。
「ごめんなさーい」
「で、どうやるの?」
靴を履き終わったボクは、つま先で床をトントン叩いて履き心地を確認しつつ聞いてみた。
「ステータス画面で靴を装備状態にセットして、アイコンをタップすると『使う』っていうコマンドが出るから、それを選ぶんだよ」
「ちょい面倒だね」
「ショートカットを登録すれば、ステータス画面を出さなくても身振りで操作できるようになるよ」
なるほど、こうかな?
言われた通りに操作してみる。
靴底が淡く光り、ふわりと体が持ち上がる感覚があった。
「やった、浮かんだよ」
「なんか変な感じだね。ふわふわ浮くというより透明な板に乗っている感覚に近いな。で、こうやって……あわわっ」
つるっ、どてっ、がん。
一歩進もうとして踏ん張りがきかず、空中で足を滑らせて派手にすっころぶ。最後の、がん、で勢いよく後頭部を床に打ち付けた。
「……ッ!」
「だ、大丈夫?」
目から火花がでるっていうのを初めて体験したよ。
ひよりが慌てて差し出したポーションを飲んで回復する。
「これ、欠陥品じゃない?浮くけど進めないんじゃ罠避けにはならないと思うけど」
「うーん、おかしいなぁ。魔術の空中浮遊は杖で示した方向に滑るように移動できるんだけど。浮遊の魔術だけじゃなくて移動の魔術と組み合わせてできてるのかな……」
空中に浮くということは摩擦係数がゼロになるということで、歩くために足を踏ん張って床を押すこともできない。
ボクはアイススケート初心者よろしく、子鹿のようにプルプル震えながらなんとか立ち上がる。
「あ、じゃあ押せば進むんじゃない?」
「えっ、あっ、ちょっと、まっ……」
えいっ、とそこそこの力で背中を押されたボクは、まっすぐ滑って壁に激突する。
「きゅー」
「うわ、ごめん、大丈夫?」
「だから、実験する前にちゃんと言ってよ~」
ひよりは平謝りでポーションを差し出す。
「夢中になると自分の世界に入り込んでしまうところは昔のままだね、ひよりちゃん」
「反省してます」
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