第15話 投擲練習

 スコン、スコン、スコン。

 小気味よい音を立てて、投げナイフが連続して的に突き立たつ。

「ま、ざっとこんなもんよ」

「さすがです、ヒョロ先輩」

「くぉら、小沢先輩と呼べ。もしくは享良あきら先輩だ」

「コツがあるんですか?っていうか、これって普通のナイフとちょっと違いますよね?投げるの専用?」

「こいつぁ、スローイング・ナイフっていうんだ」

 へへっ、と自慢げな表情で的に近づき三本まとめてナイフをつかみ取る。スローイング・ナイフはブレードからハンドル部分までが一体の金属でできていて握りグリップのパーツがない。薄い一枚板のナイフで、三本重ねて握っても手のひらに収まる厚みになっている。投げるのに適したバランスになっているそうで、ポイント部分は的に刺さりやすい形状に尖っている。刀身は当たったときの衝撃に耐えられるよう普通のナイフより肉厚になっている。投げる専用のナイフだ。

 アキラ先輩のスローイング・ナイフは怪我をしないようにブレード部分の刃を落としてあった。

「おまえさんの武器のクナイとはちょっと投げ方が違うが、こいつのほうが的に刺さりやすいからな。まずはこいつで、的にてる感覚を覚えてみるといい」

 そういいながらアキラ先輩は気前よくスローイング・ナイフを貸してくれた。

「ありがとうございます。さっそくやってみていいですか?」

「ああ」

 最初はアキラ先輩が投げたラインからボクも投げてみたけど、まったく届かない。

「そんなへっぴり腰じゃ的に当たっても刺さらないぜ」

「ダンジョンの中なら、物を壊すことをそんなに恐れることはない。思いっきり壁にぶつけるつもりで投げてみろ」

 杉本ソフトマッチョ先輩の指示に従って、野球みたいに振りかぶって投げる。今度は距離は申し分ないがコントロールがダメダメだ。かいーんと壁に弾かれて明後日の方向に飛んでいく。

「ぎゃはは、そりゃあやりすぎだ」

 アキラ先輩が腹を抱えて笑う。

「説明が悪かったな。コントロールがつくまでは基本は肘から先だけを使って投げるんだ。スナップを効かせて勢いをつけるイメージだな」

 言われたとおりに投げてみると、今度は的に当たった。……刺さらなかったけどね。

 的とラインを往復して何度も練習するうちに、三回に二回は確実に的に刺さるようになった。

「筋がいいじゃねぇか。百発百中にはまだまだだが、当てる感覚は掴んできたろ?」

「はい!」

「では、次はおまえの獲物であるクナイだが、実はこいつはそれほど投擲には向いていない」

「なんですとー!じゃあ、この練習は無意味だったということ……?」

 思わず変な声が出てしまった。

「まあ聞け。クナイは暗器に分類される武器だ。刀や剣のように腰に下げておくのではなく、懐に忍ばせて奇襲をかけるような戦い方で使う。それに、穴を掘ったり石垣を登るときの足掛かりにしたりと、武器以外にも万能ツールとして用いていたらしい。だからスローイング・ナイフほど精度よく投げられるわけではないということだ。ただ、スローイング・ナイフはこれもまた武器というには貧弱だ。ここにあるものはとくに、武器というより競技用だな」

「貧弱言うなし」

 アキラ先輩はスローイング・ナイフ、ラブなんだね。

「クナイは重さがそれなりにあるから当たれば相手にダメージは入るだろう。急所を狙い打つことはできなくても、相手の態勢を崩したり手元を狂わせるような効果はあるはずだ。あとは投擲にこだわらずに臨機応変に使う方法を工夫することだな」

「つまり、最適ではないけれど投擲武器として使えて、他にもいろいろと応用が利くということですね」

「そうだ。それを踏まえたうえで、俺たちダーツ同好会としては投げて的に刺すことを極めるのが本分というものだろう」

「わかりました、先輩。精進します!」


 投げてみてわかったことだけど、クナイは縦回転で投げるスローイング・ナイフや手斧ハンドアックスと違って、できるだけ回転を抑えて真っすぐ投げないと刺さらない。ダーツの矢は矢羽根がついているので真っすぐ飛んでくれるが、クナイはそうはいかなかった。試行錯誤しながら何十回も投げて、ようやく一度だけ的に刺さった。

「今日はそのくらいにしておけ。急に筋肉を酷使したから明日は筋肉痛で腕が上がらなくなるぞ」

「わかりました」

「ふん、部室が開いているときはいつでも練習に使っていいぜ」

「オス。今日はありがとうございました」


 ***


「おはよう、ヒコ。いてて……」

「おーす。さっそく筋肉痛か。まあ最初は仕方ないな」

「朝練だけじゃなくて、昨日はさんざん投擲練習もやったからなあ。いてて」

 腕や肩や背中とった普段の生活ではそんなに使わない筋肉がきしむように痛む。

「急に無理しても身につかないからな。今日はストレッチだけにしよう」

「サンキュー、助かる」

 そのあとさんざんヒコに引っ張られたり押しつぶされたりしてさらに全身の筋肉が悲鳴をあげた。


「うぐぅ、シャーペンが持てない……」

「おまえ、張り切りすぎじゃん」

 ヨギが後ろの席からボクの二の腕を突きながら心配そうに話しかける。

「いてて、痛いって。心配すんのかイジるのかどっちかにしろよ」

「じゃあ、イジろ~」

 ニカッと悪魔の笑みを浮かべてつんつんしてくる。

「くぎぎ、やめろー」

 丸めた教科書で反撃を食らわせてようやく静かになった。

「運動のあとはきちんとストレッチで体の手入れをしないとな。今日教えたやつを練習終わりにやるようにすればずいぶんマシになるぞ」

「こう見えて筋トレは結構やってたから自信はあったんだけどなぁ。夏休みでなまったかな」

「武器ってのは普通のスポーツとは違う筋肉を使うからな。重いものを振り回すのだけでもかなり負荷がかかるし」

「シロウトが下手に手を出すとそういうことになるってことだ」

「うるせー、ヨギだってシロウトのくせに」

「オレは手を出さないから無問題モーマンタイ

「うう、ヘタレにマウントを取られるなんて……」

「真面目な話、負荷をかけるトレーニングは二、三日おきにして筋肉痛が取れてからやったほうがいいぞ。そのほうが筋肉もつきやすいし怪我のリスクも減るからな」

 男同時でだべっているところに、ひよりがトコトコと近づいて来る。

「コウくん、その様子だと今日はダンジョン下りないよね。放課後は私のお手伝いしてくれない?」

「いいよ、こんなだし。あ、でも細かい作業は無理かも。ナイフ投げの練習しすぎて鉛筆持つと手がプルプルするんだよ」

「大丈夫?ノート貸してあげようか?」

「あー、あとで見せてもらうかも」

「部活のほうはコウくんは体だけ貸してくれればオッケーだから。じゃあ、あとでね」

「うん」

 業務連絡を終えるとひよりはトコトコと自席へ戻っていった。

「いいなあ、あれ」

「うん……」

「なにが?」

「なにが、じゃないよ。ひよりちゃんとの何気ない会話。くそっ、青春野郎め」

「ひよりとはただの友達なんだけど……」

「くーっ、こいつわかってないよ、ヒコぉ」

「気持ちはわかるけど、おまえキモイぞ」

「なっ。ヒコ、おまえさては隠れリア充か?」

「だから、キモイって」

 あははと笑っているところに強い視線を感じて顔を向けると、なぜか睨みつけてくる白井さんと目が合った。白井さんはすぐにぷいっと目線を逸らしてひよりの席のほうへ行ってしまった。

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