第12話 ソロ・ダンジョン(1)

 今日の放課後はソロでダンジョンに降りることにした。朝練や昨日の投擲練習の成果をさっそく試してみたいと考えるのがオトコゴコロというものだ。もちろん、劇的に強くなっているなんて幻想は持っていないので、第二階層の初級エリア限定で主にダンジョンクロウラー狩りに勤しむ予定だ。

「ひよりー、トンカチ貸して」

「トンカチ?ああ、クロウラー狩りに行くのね。本当にトンカチで行くんだ」

「なんだよー。ひよりが勧めたんでしょ」

「でも、絵面的にナシかなーって」

「一応、地図をもらうついでに商会にも寄ってみたんだけどさ。ハンマーカテゴリーの武器は軒並み両手持ちのごついやつしかなくて、ボクの腕力じゃ持ち上げるのがせいぜいって感じだったからあきらめたんだよ。お値段も立派なものだったし」

「非力な男子はモテないぞ~ってあかりちゃんが言ってたよ。はい、これ」

 ぐさっ、地味に突き刺さるんですけど。

 ひよりに渡された家庭用標準サイズのトンカチを掲げて涙目になってみる。

「腕力をアップするアイテムのレシピが出てきたら作ってあげるから、がんばれー」

「そんなのあるの?」

「あるんじゃないかなー。たまにアイテム現物じゃなくてレシピがドロップすることがあるんだって。わたしも生産職だから、見たことないアイテムの製造って憧れるなー。だからがんばってー」

「結局自分のためじゃん」

 ひよりはバレたかーという顔で笑いながら手元に視線を戻した。

 ボクが来る前から何やら広げて作業を行っていたようだ。

「ところで、さっきから何してるの?」

「んー、これ?魔法薬研究所の依頼で割れたフラスコの修理をしてるんだよ。結構いい収入になるんだー」

 ひよりは答えながら大きなガラス片をもとの形に沿って並べている。準備ができたようで、例のブレスレットをはめた手をかざして修復魔法を発動させたようだ。ブレスレットと手のひらが淡く発光している。壊れたフラスコがひと際明るく発光し、もとの均整の取れた姿を取り戻す。改めて目にすると、素直に魔法ってすごいなと思う。

 ひよりもがんばっているんだし、ボクも負けないようにエストとドロップ品を収集しに行こう。


 決意も新たに、地図を片手に初めてのダンジョン・ソロ攻略に向かった。

 昨日と同じように第二階層の最初の部屋でポーションの補充を行う。

 まずは昨日と同じルートを辿る。倒れる壁のトラップの場所はすぐに分かった。確かに地図にも足元注意の罠マークが記されている。

「よし、リベンジだ」

 ボクは床に這いつくばるようにして罠の仕掛けがどこにあるのかを目で探った。

「やっぱりわからないな」

 次にトラップリシンダーを取り出す。

 なけなしのエストをチャージして起動すると、すぐ近くの床石の一つが淡く光った。

 万能ツール風に仕舞い込まれているパーツの中で一番薄い板状の棒を選んでひっぱりだし、床石の隙間に差し込む。柄の部分から道具が作動している手ごたえが伝わってきてカチリという音とともに光が消えた。

「これでいいのかな?」

 一瞬躊躇したけれど、思い切って罠を踏んで前方へ跳び退った。

 昨日と違って何も起こらない。戻って何度か床を踏みしめてみても壁が倒れてくるトラップは沈黙したままだった。

「よし、成功だ」

 トラップリシンダーが罠の解除にも使えることが確認できた。地図にある罠の場所を回って解除の練習を重ねてみよう。


 道なりに一番近い罠の記号をなぞるように進んでいく。途中で見かけたクロウラーをこまめに倒してエストの補充をするのも忘れない。倒せたのはダンゴムシ型だけだった。一度見かけたクモ型のクロウラーにクナイを投げつけたけれど、うまく刺さらずに逃げられてしまった。

 そいつは部屋の天井の角に追い詰めたところでふっと姿を消してしまった。薄暗かったから見失っただけなのかもしれないけれど、壁にそれらしい隙間や亀裂はなかったと思うんだけどなあ。クモ型のほうがいいアイテムを落とすんじゃないかという期待があっただけに残念だよ。

 ちぇっ、と心の中で舌打ちをしつつ部屋を出ようとしたとき、目の端にきらりと光るものが映った。振り向いてもう一度部屋の隅に向かう。

 そういえばあのクモ型のクロウラーは何かを狙うように壁を下りてきていた。ちょうど光るものが見えたあたりだ。片膝をついて探ってみる。

 光の正体は割れた鏡の欠片だった。拾い上げて見ると、鏡の裏面は錫のメダルのような金属になっていて複雑なレリーフが描かれていた。落として半分に割れた、という感じではなくて、元から半円状に作られた鏡のようでもある。なんにせよ目についたアイテムは全部戦利品だ。ボクは片割れになった鏡を腰ベルトの物入れに仕舞った。


 しばらくそうしていくつかの罠を解除したり小部屋でクロウラーを狩ったりしながら歩き回っているうちに、第二階層のかなり奥まで来てしまっていたらしい。

 前方の曲がり角の先から足音のような気配がする。

「これは初めてのモンスター遭遇戦かな……」

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