第10話 対決

 前に映像で見た投げ方を思い出しながら見様見真似でダーツを投げる。

 それなりに様になっていたようで、ダーツは的の得点エリアに刺さった。

「『19』」

 ダーツボードの得点枠が点滅して機械音声が点数を読み上げる。

 お、ラッキー、高得点。

「なかなか筋がいいですね。続けて二投してください」

 さっきの感じを思い出して少し上気味に修正する。

「『ブルズアイ!!』」

 ズキューンという派手な効果音とともに得点が五十点入る。やったね。

 調子に乗って放った三投目は少し左にそれて八点のエリアに刺さる。

「『24』」

 おっ、偶然だけどトリプルのエリアに刺さったよ。ビギナーズラックだね。合計九十三点。これはいい勝負になったんじゃない?

「やりますね。本当に初めてですか?私も本気を出させてもらいましょうか」

 そういって白線に立ったマスターはすっと背を伸ばし、肘から先だけを流れるように澱みなく振ってダーツの矢を放つ。

 全部の矢が二十点エリアのトリプルに突き立つ。

百八十点パーフェクト……」

「部長、大人げない……」

 ボクはもちろん、ソフトマッチョ先輩とヒョロ先輩も唖然としていた。

「いやー、ついていました」

「くっ、完敗です。っていうか、マスターさんが部長だったんですね」

「ふっふっふっ、マスターは師匠マスターだからな。嘘はついてないぞ」

 ソフトマッチョ先輩もたいがい大人げないじゃないですかー。

「まあ、新入部員の獲得がかかっているからな。我が同好会としても本気にならざるをえないということだ」

「仕方ない、約束は約束です。入部するかどうか、一晩考えて明日回答しますね」

「えーっ」

「だって、最後にそういう話になったじゃないですか」

「そうだっけ?そうだったか……」

 がっくりと崩れ落ちるソフトマッチョ先輩。

「冗談ですって、入部しますよ。技術を教えていただくんですし」

 くすくす笑いながら手を差し出す。

姫野荒太ひめのこうたです。よろしくお願いします」

「部長の長通ながどおり星乃丞ほしのすけです。こちらこそよろしく。ダーツ同好会へようこそ」

「そこは俺が握手するシーンじゃねーのぉ?」

 ソフトマッチョ先輩をからかっている間にヒョロ先輩が何かの気配を感じ取ってドアの外を覗き込んでいた。

「やばい。生徒会の連中だ!」

 つぶやくような小さな声だったけれど、部長とソフトマッチョ先輩の動きは迅速だった。すぐにダーツボードを仕舞い、テーブルの位置を変える。部長がカウンターに戻って何かを操作すると、ダーツボードの入った戸棚がすっと板壁の中に消えた。不思議な光景にぎょっとしたけれど、たぶんあの板壁の素材はダンジョン産で、その奥にある空間を隠しているのだろう。現実世界から持ち込んだダーツボードはダンジョン産の壁板と干渉せずにすり抜ける仕組みになっているというわけだ。

 ソフトマッチョ先輩は手斧とナイフを丸太の的から抜いて裏返しにしている。裏面にはダーツボードの模様が描かれていて、ダーツ同好会としての体裁を保てる形になった。


 すぐに生徒会の役員が入ってきた。

「生徒会の巡視だ。全員、その場から動かないように」

 先頭の男子生徒が高圧的に宣言する。たぶん副生徒会長の敷町しきまち日汰はるた先輩だろう。

 二番目に入ってきたのが生徒会長の妙法院みょうほういん奈穂なお先輩。転校生のボクでも顔を知っている我が校随一の有名人。目立たず安逸な高校生活を送る上では絶対にエンカウントしてはいけない人だ。彼女は部室内を冷静に見渡している。

 その視線がボクのところで止まる。ぎくり。

「見ない顔だな。ひょっとして転校生とは君か」

「あれー?コウタくん、久しぶりー。どうしてここにいるのー?」

 どう答えようかとまごまごしていたところに顔を出したのは美宮みるく先輩だった。威圧感のある生徒会長よりは話しやすい人を見つけて少しホッとする。

「いや、あの、ダーツ同好会に入部することになりまして」

「へー。コウタくんって魔法道具同好会じゃなかった?あ、もしかして、ひよりちゃんと喧嘩しちゃったとか?」

「なんでそうなるんですか。っていうか、美宮みるく先輩、なんでひよりのこと知ってるんですか?」

「えー、私、生徒会だもん。カワイイ女の子のことは全員網羅しているよー。もちろん、コウタくんのこともね」

 パチンとウィンクの音が聞こえてきそうだ。

「ストーカー……」

「失敬なー。生徒会なんだから全校生徒のことを把握するのは当然でしょー。私は主にカワイイ女子担当だけど、会長の奈穂ちゃんは全員の名前と顔を覚えてるんだよー。だから私より会長のほうが上位のストーカーなんだよ」

「何をふざけている。巡視の邪魔になるから黙っていろ!」

 副会長が苛立ちを隠さずに言った。

 美宮みるく先輩は聞こえないふりをしてにこにこしている。

 生徒会長はやれやれとばかりにため息をついた。

「今日はどういったご用件でしょうか」

 部長が慇懃無礼と言われても仕方ない態度で応対する。

「こちらの部室で電子遊具を使用しているという通報があった。部活動内の電子機器は使用禁止だ。改めさせてもらう」

「構いませんよ。ただし、あまり物を動かさないでください」

 副会長はカウンターの中や机の裏側など細かくチェックしている。美宮みるく先輩は壁や足元をおざなりに見て歩いている。生徒会長は中央で大剣の柄頭に両手を置き仁王立ちになっていた。初代生徒会長から連綿と引き継がれているあの大剣は、権威の象徴として生徒会長がダンジョン内で常に帯びることが義務付けられているらしい。

「なんだ?この液体は」

 敷島副会長がカウンターにあったミルクに目を止めて言った。

「ダンジョン産の飲み物ですよ。乳酸飲料に似た味です。よろしかったらどうぞ」

「どこで手に入れた?」

「魔法薬研究所から購入しました。気になるのでしたら、先方にご確認いただいていいですよ」

「なぜここにある?」

「そりゃあ、ここがバーだからでしょ?」

 美宮みるく先輩が頭の後ろで手を組んだ姿勢で部長の代わりに答えた。

「ダーツには関係のない品物だ」

ダーツ同好会の部室ここはダーツバーっていうコンセプトでやってるんでしょ?ロールプレイは生徒会でも推奨していることなんだし、飲み物くらいで因縁つけるなんてやりすぎじゃない?」

「しかし、噂で……」

「そこまでだ」

 生徒会長が止めに入った。

「監査者である生徒会が意見の齟齬で揉めるなど見苦しいぞ。長通ながどおり部長にも謝罪する。騒がせてすまなかった」

「いえ、気にしておりません」

「ありがとう。だが、ダンジョン内での電子機器の不使用は改めて徹底してほしい。不正使用が発覚した場合は即時の部活動停止もあるうることを忘れるな」

「肝に銘じます」


「やばかったですね」

「音量が大きすぎたな」

「でも調整効かないっすよ」

「仕方ない、しばらくは封印しましょう。姫野君もいきなりで驚かせてしまいましたね。すみません」

「いえ。あのダーツボード、ご禁制の品なんですか?」

「まあ、規則上はそうなりますね。ただ、これを遊びの道具と見るか、部活動のための必需品と見るかは立場の違いによるところが大きいのですよ。僕たちの立場としては、あれを禁止するのはダーツというスポーツを否定するのも同然と考えているのであきらめるつもりはありません。ただ、無駄な軋轢を生むことも無いので、まあこうやって折り合いをつけているわけです」

「なるほどですね」

「それに、彼らの本当の目的は別の所にあるようですし……」

 部長の最後のつぶやきは面倒ごとの匂いがするので、聞かなかったことにしよう。


***


唐金からかね、今回はどうしてダーツ同好会の肩を持った?」

「私も演劇部だからね。ちゃんとロールプレイしている人たちには親近感があるっていうか、味方なんだよね」

 美宮みるくが私の携える大剣にちらりと目線を送るのを感じる。

 これはロールプレイというのとは少し違うのだが……

「だが、前回の査察では何も言わなかったじゃないか。ダブルスタンダードは規律の乱れにつながる」

 敷町は少々あたりが強すぎるきらいがある。正義感からくる行動だから指摘がしづらいのだが、もう少し人当たり良くふるまえないものか……

「だってコウタくんが入部するって言ってたじゃん。前はむさくるしい男だけの同好会だったからどうでもよかったんだよねー」

「だからそうやって自分の好みで判断を変えるなと言っている」

「えー、私は首尾一貫しているよ。私はどんなときでもかわいい子の味方ー」

 私を向いてにこにこと笑みを浮かべる。

「おまえはまったく……」


***

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