第7話 クラスメイト

「よう、『第二階層到達者』。きみは選ばれし三百二十人目の勇者だ」

 翌日の朝、ホームルーム前にこう声をかけてきたのはクラスメイトの過足ヨギだった。

「なんで知ってるの?ひよりだってまだ来てないのに……」

「ふふん、オレ様の情報収集能力を舐めるなよ、って言いたいところだけど。

 昨日あんなことを言ってただろう?

 だからコウタはまだダンジョン下層に入ったことがないんだってわかったんだ。

 そんでまあ、コウタはダンジョン攻略とか好きそうだからさ、あの足で挑戦したんじゃないかって思ってカマをかけたわけ」

 ヨギの自慢気な顔を思わずぽかんと見つめる。

「つまり、コウタは自分でオレに情報を提供したってワケだ」

 ぐぬぬ、なんか腹立たしい。

「おいおい、そんな熱い眼差しで見つめるなって。惚れちまうだろう?」

「こいつムカつく~。絶許~」

 と言いつつ、そんなに腹立たしく思ったわけじゃない。これもこいつヨギの人徳だろうか。

 もともとボクは陰キャというほどではないけど人見知りするほうだ。高校一年生の、しかも二学期から転入なんてハードルが高い。そんな中でも一週間もかからずにクラスになじみ始めているのは、小さいときからお互いよく知っているひよりの存在と、コミュニケーションお化けのヨギのおかげだと思っている。

「なあに、ヨギったらひよりに相手にしてもらえないからって、今度はコウタくんに乗り換えるつもり?」

「なっ、白井ぃ~。んなわけねーだろ」

「ふーん、その割には慌ててるようだけどぉ~」

「っざけんな、根拠のないデマは断固否定するっ!」

「ほほーん、根拠ねぇ」

「コウタ、こいつのいうことはでたらめだから」

 ヨギがここまで慌てるのを見るのは初めてで新鮮だね。

 カラカラと教室の引き戸が開いて、このタイミングでひよりが登校してきた。

「あかりちゃん、おはよー」

「あ、ひよりちゃん、おはよー。いまヨギがねぇ」

「おい、こら、白井ぃ~」

「あはは、このくらいで勘弁してあげるわ。いこ、ひよりちゃん」

 ひよりは何のことかわからないというようにあいまいな笑みを浮かべたまま、自席へと手を引かれていった。

「おのれ白井ぃ。コウタごめんな。あいつのいうこと、気にすんなよ?」

「ん?ああ、ひよりとは幼馴染っていうだけで付き合っているわけじゃないから、ヨギは好きなだけひよりにアプローチするといいよ。応援してるゼ!」

 サムズアップをヨギに送る。

「だから、違うのに~」

 ヨギに一矢報いることができてボクも溜飲が下がる。あ、てことはやっぱりあの自慢気な態度は腹立たしかったってことかな。白井さん、グッジョブ。

「……過足進、双子座。今月の運勢は絶好調、勘が冴えわたる。ただし、今週から守護星が冥王星の位置に入るので運気は下降線。調子に乗ると足元をすくわれる……」

「ちょっと、山根さんやめてよ~」

 隣の席の山根だりあさんが手元のスマホをチェックしながらつぶやいた。彼女の星占いはよく当たると女子の間では評判だそうだ。

「未来はあらかじめ決められている。避けることはできない。人はただ対処するのみ……」

「占星術部の人が言ったら本当になっちゃうじゃんか~」

「大丈夫、これはただの占い。ダンジョンの外だから魔法は使っていない……フッ」

「いや、こわっ。ダンジョンの中で占うとその通りになるってホント、やめてほしい」

 ひとつ分かったことは、ヨギはクラスの女子には勝てないということだ。

 そのヨギに勝てないんだから、ボクはクラスの底辺ってことだね。目立たず過ごすという目標にはちょうどいい。

「そういえば、ヨギに聞きたいことがあったんだった」

「ん、なに?」

 ひとしきりいじられてぐったりと机に突っ伏しているヨギに話しかける。

「昨日、ダンジョンで剣術部の人たちとすれ違ったんだけどさ。その中にうちのクラスの男子がいたと思うんだよね。まだ顔とか覚えきれてなくて見間違いかも知れないんだけど」

「剣術部ならヒコかな。道庭みちば嘉彦ひろひこ

「どこ?」

「まだ来てないな……。あいつ、いつも朝練でホームルームはぎりぎりに来るからなぁ」

 道庭くんは予鈴と同時に入ってきた。昨日の一年生部員の中でも一番多くダメージエフェクトが刻まれていた顔だ。間違いない。先生もあとからすぐに来たので話す機会は次の休み時間までお預けである。


 ニ限目と三限目の間の少し長い休み時間、ボクたちが中間休みと呼んでいる時間に道庭くんに話しかけた。

「ちょっといい?」

「んあ?ああ、転校生の……」

「姫野荒太。道庭くんだよね」

「そうだけど?」

「昨日、ダンジョンで見かけたんだけどさ。道庭くん、剣術部だよね?」

「ああ。そうか、昨日琴浦と一緒にいた……」

 怪訝そうにしていた頭の中で昨日の場面とボクの顔がようやく一致したのか、道庭くんの表情が明るくなる。

「そ。でね、道庭くんにちょっと相談があるんだけど」

「ヒロでいいよ」

「あれ?ヨギはヒロのことを『ヒコ』って呼んでたけど……」

「俺のことをヒコって呼ぶのはあいつだけだよ。しかも二人のときしかヒコ呼びしないし。ほかのみんながいるときは場に合わせてヒロって呼んでくるからわけがわからないんだけどな」

「何かこだわりがあるのかな」

「いや、ないだろ。ヨギだし」

「だよね。ヨギだし」

 でもなんかちょっと特別感があっていいかも。

「じゃあ、ボクもヒコって呼んでいい?ボクのことはコウタで」

「なんでそっちに寄せるんだよ。まあいいけど。で、相談て?」

「大型ナイフの扱いって詳しい?昨日初めてダンジョンに潜ったんだけど、やっぱり触ったことがないからうまく扱えなくてさ」

「大型ナイフか。確かに、その体格だとソード系より短めの武器のほうが合ってそうだな」

「まあね。ゲームならともかく、リアルだと攻撃力はウエイトが重要っていうくらいの知識はあるから。ボクもスピードを活かした立ち回りとかハイディングからのバックスタブを狙うような戦闘スタイルを目指していこうと思ってるんだけどさ。それにはまずナイフの扱いを覚えなきゃ始まらないな、って。

 ヒロは剣術部だからいろんな武器にも詳しいんじゃない?」

「そうだな。まあ、ナイフ術も一応かじってはいるから多少は参考になると思うけど。ナイフ術ってもろ対人戦闘だから、練習するにしても相手がいないと難しいぞ?

 コウタは剣術部うちに入って修練するつもりはないんだよな?」

「もう別の部活に入っているし、そこまで本格的に戦闘訓練するのはちょっとキツイかなあ」

「んー、とはいっても、教えるにしてもダンジョンの中じゃないとできないしな……

 そうだ、朝練に参加するか?一応、剣術部としてやってるけど自主的な個人練習だし、俺も型稽古が中心だからコウタの相手しながらでもできるからな」

「ほんと?ぜひお願いします、師匠」

「いや、同い年だし。師匠ってほど上手くないし」

 それから集合時間や落ち合う場所を決めていくうちに授業開始のチャイムが鳴った。

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