第6話 チュートリアル(5)

 うだうだとやっているうちに、右手の通路のほうからガヤガヤとした人の気配がして運動部の連中が現れた。

「あ、先輩、オレちょっと傷直していきます」

「なんだ、ポーション切れてたのか?部活始まる前に余裕をもって用意しておけっていってあるだろう」

「スンマセン」

 全員ジャージ姿に腰から六十センチメートルほどの刀身をもつ両刃剣を下げている。剣術部だろうか。ボクと同学年と思われる部員の何人かは腕や頬に淡くピンク色に光るダメージエフェクトを張り付けていた。練習中に負った傷だろうか。血や傷口は見えないけれど結構痛そうだ。傷を負った連中は慣れた手つきで薬草を摘んでポーションを作り、その場で飲み下す。傷がみるみる治っていく。

 なるほど、ダンジョンでの怪我はポーション一発で治るし、本当に死ぬようなことはないから思いっきり実践稽古ができるってことだね。ダンジョンで運動部って不思議だったけれど、そういうメリットがあるなら頷ける。

 ずっと見ているのも変なのでボクらは人の増えた階段部屋をあとにして左手の通路へと入っていった。


 ひよりの案内でとくに目的地もなくダンジョン内を歩き回る。ボクらは途中で見かけた草花や鉱石の欠片など、入手できるアイテムを教えてもらいながら拾い集めた。

「あ、そこは壁が倒れ掛かってくる罠があるから気を付けてね」

「そういうことは先に言ってよ」

 ズシンと地響きを立てて倒れる石壁から間一髪で飛びのいた結果、床にへたり込んだ姿勢で文句をつける。

「コウくんが格好をつけて地図をもらわないからだよ」

 言いがかりだとばかりに頬を膨らませて抗議された。

 そうだった。初めてのダンジョンで、最初から全部の通路や罠が分かってしまってはネタバレも甚だしい。せめてダンジョンに慣れるまでは自力で進むんだといったのは自分のほうだった。

 格好つけてすみません。戻ったら購買で配ってた地図をもらってきます。

 しばらく行った先の小部屋でクロウラーを発見した。まさに大きいダンゴムシといった姿をしている。ダイオウグソクムシかな?

 近づくと離れようとする動きは見せるが、素早くはなく、壁沿いに真っ直ぐ移動するだけなので追いかけやすい。

「たあっ」

 ボクは慎重に狙って大型ナイフを振り下した。命中はしたけれど、丸っこい甲殻は金属同士がぶつかったような音を立てて刃を逸らす。

「えいっ」

 ひよりがメイスを振り下ろし、一撃で仕留めた。クロウラーはダメージエフェクトをまき散らして消えていく。戦闘が苦手と言っていたひよりだが、慣れているクロウラーなら平気らしい。

「あ、ほら、アイテムがドロップしたよ」

 クロウラーのダメージエフェクトが消えた場所に歯車が転がっている。何に使うものかわからないけれど、現実世界の金属とは少し違う風合いの素材でできているのがわかる。

「クロウラーたちはダンジョンの中を巡回していろんなものを拾い集める習性があるんだって。たいていはこういう部品だけだからみんなからは人気がないけど、魔法道具同好会わたしには宝物みたなものなんだよねー。たまに本物のお宝もでるし」

「こいつらを倒して部品を集めて、それを組み立てなおすってこと?」

「そうだよー。それがうちの活動方針なのです」

 ひよりがえへん、と鼻息荒く宣言する。

「でもこんな何が出るかわからないランダムドロップじゃ、部品集めも大変なんじゃない?」

「だからねー、コウくんが集めてくれると助かるっていうか……大いに期待しております!」

「ボク、そんなに引きが強いほうじゃないからあまりいいものは期待しないでよ」

「大丈夫。道具のパーツならどんなガラクタでも愛する自信あるから!」

 ふんす、と胸を張るひより。まあ張るほどないけどね。

 そのあと何部屋か回って三匹ほどダンゴムシ型クロウラーを見つけガラクタをゲットした。そろそろ今日は終わりにしようかなというところで、壁を這うクモ型のクロウラーに遭遇する。

「やあっ」

 ダンゴムシ型と違って素早く動くクモ型のクロウラーにはひよりの攻撃が当たらない。クロウラーは逃げるというよりこちらの攻撃を避ける感じで少し離れるだけなので、こちらとしては何度も攻撃のチャンスがあって助かる。

「ふっ」

 ボクは相手の逃げる方向を予測してクモの少し前方に向けて大型ナイフの切っ先を振るった。確かな手ごたえを感じて見てみると、クモの胴体の真ん中を大型ナイフの刃が刺し貫いていた。クモはすぐにダメージエフェクトを巻き散らして消滅する。そのあと、カタンと金属音を立ててドロップアイテムが床に落ちた。

「わあ、アイテム出たー」

「なんだろ、これ。何かの工具?」

「多分、鍵開けの道具じゃないかな。壊れてない道具が出てくるのは滅多にないんだよー」

「これ、使い方わかる?」

「部室に帰って詳しく調べればわかるかも」

 ひよりは目をキラキラさせている。さっそく帰ろうということになった。ボクとしても、初めてのダンジョン探索が成功裏に終わってうれしい。

 帰り道は元来たルートをたどる。

「クモ型のクロウラーのほうがいいアイテム落とすのかな」

「クロウラーって何種類もいるの?」

「そうだよ。ダンゴムシ型とクモ型とトカゲ型?がいるんだー」

「へー」

「ダンジョンクロウラーって、襲ってこなくてダンジョンをうろうろしている小型のクリーチャーの総称なんだよ。でもダンゴムシ以外はすばしっこくて攻撃が当たらないんだよね」

 えへへと笑う顔を横目に見ながら、そりゃあ、ひよりだもんねと失礼なことを考える。

 でもボクもダンゴムシには攻撃が通らなかったから、何か方法を考えないと……

「武器って購買以外で手に入れる方法あるの?」

「鍛冶屋さんとか商会なら売っているけど、ちょっとお高いんだよね」

「鍛冶屋なんてあるんだ」

「うん、本当は冶金鍛造研究部っていう名前なんだけど、みんな鍛冶屋さんて呼んでるんだー」

「商会っていうのは?」

「アリバス商会。ダンジョン産のものをいろいろ扱っているお店だよ。もとは簿記会計同好会っていう小さな部活だったんだけど、実際に商売を始めたら大当たりして今では商会のほうの名前が有名になったんだって。注文すればなんでも取り寄せてくれるんだけど、こっちのお金エストしか使えないからうちではなかなか利用できないんだよねー」

「ほえー」

 ずいぶんと情報通なひよりに感心する。ひよりも高校生になって一皮むけたのかな。昔は自分の好きなことにしか興味を持たなかった感じだったけど。

「……って、全部クラスの過足よぎあしくんの受け売りなんだけどね」

 あいつ、帰宅部のくせに詳しいな。

「しっかしまあ、なんでもありだね。ここの部活」

「普通じゃできないことができるのがダンジョンの魅力だからねー。鍛冶屋さんも魔高炉っていう、魔法で高温を出す炉があるから高校生でもできるって聞いたよ。商会のほうはまあ、現金じゃないから治外法権みたいな感じなのかな?」

 しかし、そうなるとエストを稼ぐにはいい武器が必要で、いい武器を手に入れるにはエストが必要ってことになる。これは鶏が先か卵が先かという永遠の命題ではなかろうか。

「んー、ダンゴムシだけだったらトンカチでいいんじゃないかな?」

「トンカチ?」

「うん。武器じゃないから装備はできないけど、普通に使えば叩けるし」

 なるほど、アイテムとして持って行ってダンゴムシと戦うときには武器として装備せずに普通に道具として使えばいいのか。

「……でも生き物をトンカチで潰すって、なんかグロいイメージじゃない?」

「そう?どっちみちキラキラ光って消えるんだから、武器で倒してもトンカチで叩いても同じじゃない?」

 こういうところ、ひよりは妙にさばけているよね。知ってた。


【本日の獲物】

・ダンジョンクロウラー(ダンゴムシ)×四匹

・ダンジョンクロウラー(クモ)×一匹


【入手アイテム】

・鍵開けのツール

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