第5話 チュートリアル(4)

「ひよりー、いるかー?」

 一応、ノックはしたけど返事を待たずに部室のドアを開ける。ひよりは何やら部品を組み合わせたりいじくり回したりしていた。

「あ、コウくん、おつかれー。どうだった?」

「うん、なんかドワーフみたいな先輩に見繕ってもらった」

 そういって両手を広げて自分の体を見る。

 学校指定の青ジャージの上から胸部と両肩だけを守る革よろいを身につけている。腰には革製の鞘がついたベルトが巻いてあり、小刀と言っていいほどの大型のナイフを収めてある。クナイはナイフベルトにいくつか付いているループの一つに差し込んでおいた。今度どこかでクイックドローからの投擲をこっそり練習しておこうと思ってる。

 全体としては中途半端なコスプレというか、サバゲ―初心者っていう感じの仕上がりで、ちょっと恥ずかしい。

「ほうほう。いいかんじだねー」

「これが?」

 両手を広げた姿勢のまま、首をかしげる。

「みんなそんなもんだよー。本格的にダンジョン探索をやっている人なんて一握りだし、カッコイイ装備がそろっているのって、剣術部とか弓術部とかの武術系の部活か生徒会くらいじゃないかな」

「剣術部はわかるけど、なんで生徒会がいい装備持ってるの?」

「生徒会の歴史はダンジョンの歴史だからねー。昔は強い魔物がいっぱいいて、わんさかお宝が手に入ったんだって。いい装備は卒業生から後輩に引き継がれていくから、歴史が長い部活にはそれはもうすんごいアイテムがそろっているんだよー」

 ひよりはほおづえを突き羨望の眼差しでため息を吐く。

 この学校の創立はだいたい百二十年前。結構古い。その創立者が初代の生徒会長であり、このダンジョンの所有者だそうだ。

「創立者で生徒会長って変だよね。生徒ってことはボクらと同じくらいの年齢だったんだろ?」

「さー。そこまではわたしもわかんないよ。大金持ちだったんじゃないかなー」

 ひよりはそういうことには興味がないらしい。いかにも思いつきだけの適当な説をあげる。

「最初のころはダンジョンもお宝がごろごろ眠っていたらしくてね。不思議な薬とか便利な道具がいろいろ手に入ったみたいだよ。外に持ち出せなくても何かの方法でお金に換えていたのかもねー」

 大金持ち説にはそれなりの論拠があったみたいだ。ごめん、ひより。適当とか言って。

「よいしょっと。準備できたよー。さ、行こっか」

 ひよりは話しながら身支度を進めていた。制服の上からフェルト地の厚手のマントを羽織る。腰までの丈で、縁にぐるりと魔法陣めいた紋様が刺繍されており、何らかの防御強化の効果がありそう。腰にはいくつかの物入れがついたベルトを装着している。足下はハイカットの革ブーツで結構様になっていた。手にはメイスなのかな、重たげな八角柱の頭頂部にフィンがついた金属製の棍棒サイズの武器を両手で握っている。

「一応、下層に行くんだから武器は必要でしょ。わたし、刃物は怖いからこれにしたんだー。これなら戦ってもあんまりスプラッターな感じにならないでしょ?これ、見た目よりも軽くて振り回しやすいんだよー」

 確かに血は出ないかも知れないけれど、これはこれで殺意が高い気がする。うん、ひよりには逆らわないようにしよう。

「あ、そうだ。コウくんこれ、身に着けておいて」

「お守り?」

「うん。私の手作りだけどね」

 ひよりがピンクの小さい巾着のようなアイテムをボクの手のひらに乗せる。

「サンキュー」

 ありがたく頂戴しておこう。ダンジョンでは本当の怪我はしないと聞いているけれど、運がいいに越したことはないからね。


 第二階層への階段は部室とは反対方向のエリアにあった。

 くねくねと入り組んだ道のせいで部室からはかなり距離がある。ひよりによると、階段近くの部屋はどこも部員が多い有力部活が占有しているそうだ。うん、いつの時代も力こそパワー。ヒエラルキー社会だね。

 下へ降りる階段の先は灰色がかった靄のようになっていて見通せない。

 初めてなのでゆっくり慎重に降りていく。

 ひよりは何度か下りているはずだけど、やっぱり苦手らしくボクの後ろに引っ付くようにしてついてくる。

 途中で一瞬乗り物酔いのような不快感を感じたと思ったら階下の石床が見えていた。どうやら階段は一種の転送門になっていて、ダンジョンの各階層を結んでいるらしい。

 階段から顔だけを出して左右を見回す。そこは教室ほどの開けたスペースになっていて、十分な明かりで照らされていた。

「ついたね」

 いきなり魔物モンスターとの遭遇戦ということはなさそうで、少し肩の力を抜く。

 最後の石段を下りて床に足をつけたタイミングでひよりが両手を挙げて大げさに歓迎のポーズをとった。

「第二階層到着、おめでとー」

 ボクは疑問符を浮かべた瞳でひよりを振り返った。

「ステータス画面を開けてごらんよ。称号欄が変わっているから」

 空中にステータス画面を表示する技にはまだ慣れていないので、部屋の壁を指でなぞってステータス画面の呼び出しジェスチャーを描く。

「どれどれ、『第二階層到達者』か。なるほどね」

「昔はもっとかっこいい称号があったんだって。『第二階層開放者』とか『導きを開きし者』とか。どっちも初代生徒会長の称号だけどね」

「それってイベントを最初にクリアした人にしか付かない称号でしょ?それを全部持っていくなんて、初代生徒会長めー」

 ぐぬぬ、と見たこともない先達に嫉妬心を向ける。こういう称号ってやっぱり欲しいじゃんね?


 さて、まずはこの部屋の探索から始めよう。

 左右に通路が伸びていて、正面の壁には第一階層でも見かけた泉が湧いている。泉の周囲には丈の低い黄緑色の草が茂っていた。

「これが薬草だよ」

 ひよりが泉に近づいて葉っぱを数枚摘み取る。

「それでー、こうやってステータス画面を開いてー」

 空のフラスコを取り出して水を汲み、ストレージ上でフラスコと薬草を重ねる。アイコンがほんのり光って表示がポーションに変わった。

「ね、簡単でしょ」

 階段部屋に水源と回復薬の材料をそろえてあるなんて、とても親切設計のダンジョンだね。「もっとたくさんいっぺんに作ったり、効果の高い魔法薬を作ったりするのには専用の道具がいるんだけどね」

「ひよりは持ってるの、その道具?」

「ううん、そういう特別な道具は共用の備品なんだー。調合室で使わせてもらえるけど、持ち出し禁止なんだよねー」

 生産系の道具や設備類は生徒会が管理する制作室で共同利用する仕組みらしい。道具好きのひよりはそういった特別な道具を手元に置いて愛でたい派閥なので、持ち出し禁止には不満だそうだ。


「これでよし、と」

 ひよりは第二階層に来るのは夏休みが明けてから初めてらしく、空のフラスコを満たす作業で忙しく手を動かしていた。ボクはひよりの作業が一段落したところで声を掛けた。

「で、右と左、どっちに行く?」

「左だよー。右は闘技場があって運動部の人たちが多いからクロウラーがあんまりいないんだよねー」

「クロウラー?」

「大きめの蟲みたいなやつ。トカゲっぽいのもいるけど」

魔物モンスターとは違うの?」

「魔物は襲い掛かってくるけど、クロウラーは何もしてこないよ。小さいし、どっちかっていうと人間を見ると逃げるかなー」

「で、そいつを捕まえると?」

「ううん、倒すの」

「ひえー、無抵抗な生き物を攻撃しちゃうの?ひより残酷ー」

「だって魔物とか怖いし。あとクロウラーはときどき変わったアイテムをドロップするんだよ。壊れたマジックアイテムとか何かの部品とか。魔法道具同好会うちとしてはそっちの成果がメインかなー」

「それにしても、虫も殺せないひよりがねぇ。ひより、そういうの苦手だったじゃん。克服したの?」

「えー、虫とは全然違うよー。クロウラーはどっちかっていうとメカみたいな感じでシャカシャカ動くんだよ?カサカサ這い回るあいつらとは全然違うよー」

 嫌な虫代表の黒光りする例のヤツを思い浮かべたのか、ひよりは身震いするようにひじをさすっている。

 シャカシャカとカサカサの違いって……とは思ったけど、別に彼氏じゃないんだからそんな細かい趣味まではわからなくてもいいか。

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