第4話 チュートリアル(3)
「さて、邪魔な先輩はいなくなったし、説明を始めるよ」
「はい、お願いします」
***
「お前さんが新入りか」
「はいっ!」
「ふん、まだ細っこいひよっこだな。だが活きはいいようだ。どれ、すぐにおっ
ドワーフ先輩の後をついて通路を進み、一つ目の扉に入った。
丸盾や革の防具が壁の棚に積み上げられ、長めの剣が木箱に無造作に突っ込まれている。窓のない密閉空間だけどカビ臭くないのはダンジョンの魔法ということだろうか。
「初心者向けの安い装備だが無いよりはましだろう。これを着けてみなさい」
肩当てが付いた革の胸当てをジャージの上から着用する。
「どんな戦闘スタイルが好みだね。あまり肉付きが良くないようだから盾持ちは止めたほうが無難だと思うがね」
このダンジョンは半分現実で半分が虚構というか異世界であるらしい。ダンジョンの中では人間の肉体以外の現実世界の物体と異世界のダンジョン本体以外の物体は干渉できない。ダンジョン内の部室の机に通学鞄を置こうとしてもすり抜けてしまう。床に置くことはできるので問題はないけれど、少し気味が悪い。ダンジョンの外に異世界の物体を持ち出すこともできない。仮にダンジョンでお宝を手に入れたとしても、現実世界でお金持ちになることはないということ。
人間はダンジョン産の剣や盾を振り回すことができるけれど、あくまでも自分の体力の範囲内でのことだし、魔物をたくさん倒しても自分がレベルアップすることはない。能力を上げようと思ったら武器や防具の性能を上げるか、魔法やアイテムでバフを付けるか、プレイヤースキルを磨くしかない。あとは地道に筋トレかな。
小柄なボクの場合は、立ち回りで対応していくしかないってことだ。
「そうですね。ボクはシーカーをやろうと思います。だから盾は持たずに、武器もダガーとかせいぜいショートソードまでかな」
シーカーといってもそういう職業がステータス画面に表示されるわけじゃない。いわゆるロールプレイとして自分で名乗るというだけ。称号のようなものは表示されるけれど『第一階層到達者』とか別に誰にでもできることなのでありがたみはないと思う。
「うむ、妥当だな。そうすると、武器はこのあたりか」
そういってドワーフ先輩はコンバットナイフほどの武器を数本と、ショートソードを一本、テーブルに並べた。どれも無料というだけあって刃が曇っていてさほど切れ味が良さそうではない。
「これらの武器はこちらで保管しているだけで手入れはされておらん。砥ぎや修理を行っている店もあるから、
なるほど、初期装備から多少の性能アップをする手段はあるってことか。
「こちらの二本にします」
ボクは大型ナイフとクナイを手に取る。
「うむ。いい選択だ。目は悪くないようだ」
本当なのかお芝居上の台詞なのかはわからなかったけれど、褒められたらちょっと嬉しい。
「あとはそうだな、ポーションは多めに持っていけ」
そういって三本のフラスコを差し出してきた。
「いいんですか?」
「なに、盾もいらない、武器も小型だとなればちと不公平だからな」
ドワーフ先輩がニッと笑う。とても様になっていて、本物のドワーフに思えてきた。
「ありがとうございます」
「あー、ポーションはステータス画面のストレージに入れておけ。武器と防具も装備設定にしておかんと、他人に盗られてしまうぞ。ダンジョンの中には手癖の悪い連中もおるでな」
ボクは机の上であらかじめ決めてあるジェスチャーを指で描く。すると、机の面にダンジョンの扉に触れたときと同じ紋様が一瞬現れたあとにステータス画面が表示される。
これはダンジョンの入場登録、つまり仮入部手続きをすることで生徒全員に与えられる基本の魔法だ。ある意味、このステータス画面を表示する魔法がダンジョンに入れるようにする魔法そのものってことだ。
このゲームのようなステータス画面を表示する魔法を使えるかどうかは個人の適性によるそうで、噂によると入学試験の面接でこっそりチェックされるそうだ。ボクも転入試験の面接で椅子しか置いていない小部屋に十五分ほど座って待たされたけれど、あのときにチェックしていたのかもしれない。そうすると、この学校の入学にはダンジョン入場適性があることが必須ということになる。でもダンジョンを使うかどうかは生徒の判断に任されているし、運営も学校側は関与していないというのがなんだか矛盾している気がする。
この学校の目的ってなんだろう……
ま、成績とかに関係ないってことだからいっか。
ステータス画面の下のほうにあるストレージ表示の空きエリアを指で触れてからポーションのフラスコをつかむ。すると、フラスコが光の粒子になって拡散しストレージエリアにアイコンが表示されるようになる。これでオッケーだ。ストレージはエリアが十個まであり、ここに収納した物は他人が触れることはできないし、重さもなくなる。もっとも、収納できるのはダンジョン産の物だけだ。ボクたちにとっての現実ではないものにだけ、魔法の力を働かせることができるっていうことみたい。
「敵の攻撃が当たるとダメージエフェクトが患部に現れる。切り傷のような形で赤く光り、飛沫のようなエフェクトが続く間はおまえさんの耐久力が減り続ける。実際の痛みは少ないが、気持ちええもんじゃない。ダメージを受けたらポーションを飲め。すぐに回復効果が表れて痛みも消える。ただし、脳天やら首やら致命的な部分をズバッといかれたら一撃で耐久力がゼロになることもある。こいつは結構ガツンと来るからきついぞ。せいぜい油断せんことだ」
「はい」
「耐久力がゼロになったら自動的に地上階に転送される。振り出しに戻るっちゅうやつだ。そのとき装備していないもの、ストレージに収納していないものは元の場所に置き去りになるから気をつけることだ。大事なものは必ずストレージに入れておくんだな」
「わかりました」
「あと知っておくべきことは『エッセンス』だな」
「エッセンス?」
「ああ、わしらが『エスト』と呼んでいるものだ。魔物を倒したり、宝箱を開けると手に入るあれだ」
「エストってお金じゃないんですか?」
「そうだな。杖にチャージして魔法を使えるようにしたりマジックアイテムを動かしたりするのに使える便利なものだ。物質的な存在ではなく、魔物を倒すと敵の強さに応じた分だけ自動的にステータス画面の残高が増える。そのうえ、人と簡単に交換できるものだ。誰もが有用に使えて簡単に取引できる。そんな特性から人間のあいだでは通貨として流通しておるのだ。だが、その本質はこのダンジョンという魔法的な存在のエッセンスのようなものでな。現実世界には持ち出せんから貯め込んでも仕方ないが、ただのマジックポイントちゅうわけでもなさそうだ。そこを探求している者もおるがね。おぬしらの在学期間は三年と短い。そんな短期間で解明できるような謎でもあるまいて。ほっほっほっ」
なんだか最初に比べて随分とお爺さんっぽい演技になってきているけど、これは決められた台詞ってことなのかな。
「おまえさん、筋は良さそうだ。歴代の冒険者が開くことのできなかった真理への扉にたどり着くことを期待しておるぞ。ほっほっほっ」
ドワーフ先輩は髭をしごきながら、貫禄のある歩きで去っていく。
これでチュートリアルは終わりってことかな?
「そうそう」
ドワーフ先輩が急に振り返った。老人の仕草が消えて声の張りも高校生のそれに戻っている。
「ダンジョンは部活動の一環だから下校時間の十八時までには退出してください。もし、時間になってもダンジョン内に残っていた場合は強制的に地上階に転送されるので注意してくださいね」
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