第3話 チュートリアル(2)
昨日通り過ぎた観音開きの大扉をくぐって購買部に入る。
奥がカウンターになっていて、部屋の左右の壁沿いに四人掛けほどのダイニングテーブルが二つずつ、中央の開けたエリアに丸テーブルが三脚置かれていた。壁のランタンはダンジョンの通路に設置されているものと同じものだ。謎の光源が熱のない柔らかい光を放っている。
冒険者ギルドと呼びたくなるようないい感じなんだけど、隅のテーブルにたむろしている学校指定のジャージ姿の男子生徒数名と、カウンターの上に掲げられている『購買』と書かれた白いアクリル板が雰囲気をぶち壊している。
「あのー、すみません」
カウンターの上には白いプラスチックの小さな棚があってプロテインバーやガムが陳列されている。カウンターの向こうの壁には文房具類が並べられたスチール棚があり、その脇の空いた壁に某フリー素材サイトから引っ張ってきたようなイラストがパウチ加工された紙で張り出されている。剣、盾、防具。うん、保育園のお楽しみ会かな?
「あのー、誰かいますかー」
さっきから何度か声をかけているけれど誰も出てくる様子がない。営業時間とか決まりがあるのかなと周囲を見回して、カウンターテーブルの上にある呼び出しベルに気づいた。
これを鳴らすのかな?
チンチン、と二回鳴らすと奥のほうで物音がして、右手にあった通路からミドルポニーテールの上級生が現れた。
「お待たせしましたー。ゴメンね、いまちょうど生徒会の打ち合わせしてて」
「えっ、生徒会の人が購買のレジもやっているんですか?」
「うん、そうだよ。ダンジョンの中は生徒会の自治が原則だからね。こういう誰もやりたがらないことは生徒会で対応しないとなんだよねー」
うんうん、困った、と腕を組んでうなずいている。上級生だけど表情がころころと変わって親しみの持てる感じのお姉さんだ。
「それで、何かお探しものがございますか?」
急にプロの店員のような声音で問いかけられてちょっとどぎまぎしてしまう。
「えっと、あの、剣とか防具とか一式そろえたいんですけど」
「あら、きみは
「あ、はい。今月転校してきたばかりで」
「そっか、ならチュートリアルからやったほうがいいかな。ちょっと待ってて」
そういうとお姉さんはカウンターに魔法でステータス画面を開いて何やら操作を始める。
「空中にも表示できるんだけど、こっちのほうがメッセージ打ち込みやすいんだよねー」
うつむいた姿勢で話しかけてくるんだけど、果たしてこれは独り言なのだろうか、相槌は打ったほうがいいだろうか。
「きみ、名前は?」
「へ?あ、
「はい、これでよし。ダンジョンの決まり事なんかを教えてくれる人を呼んだから、初期装備一式はその人と話し合って決めてね。あ、初期装備は初回無料だから
「あ、はい、ありがとうございます」
お姉さんがステータス画面を消してすっと姿勢を正すと身にまとう雰囲気が急にプロフェッショナルなものになった。
「当ダンジョンへようこそ、コウタ様。あなた様の冒険が素晴らしいものとなりますよう、ご武運をお祈りいたします」
完璧なお辞儀のあと、にこりと微笑みかけて奥の通路へと去っていく。
ポカンとして見送っていると、通路の入り口から半身だけぴょこんと身を乗り出して言った。
「わたし、
慌ただしい人だな……
お姉さんの勢いにあてられて呆然と立つうちに、通路から別の人物が現れた。
身長はボクと同じくらい、ということは平均より少し低い。ただ、横幅がボクの倍くらいあってどっしりとしている。くたびれたリネンの長袖シャツに革エプロン姿で、手には指ぬきの軍手をはめている。頭には革のバンダナキャップの上にゴーグルを乗せている。だけど、一番驚いたのは口が隠れるほどのもじゃもじゃの髭だ。
「ドワーフだっ!」
え?うそ、ダンジョンってヒューマン以外の人族もいるの?
なに?マジ異世界?
って、ここ学校の中でしょ?
でもダンジョンがあるんだからドワーフ族が居ても意外じゃない?
目の前の非現実的な現実に目を白黒させていると、ドワーフの人が困ったような顔で髭を掻きながら通路に向かって声を掛けた。
「みるく先輩、ちゃんと説明しておいてくださいよ」
「あっははは。コウタくんの顔、ハトが豆鉄砲くらったっていう、あはは」
さっき奥に引き上げたはずのお姉さんが柱に背中を預けたまま腹を抱えて大笑いしていた。
「いやー、コウタくん、予想通りのリアクションしてくれるんだもん。ゴメンね。ついデキゴコロでー」
いや、この人絶対いたずらの常習犯だよ。
よく見ると髭は付け髭で、顔だちもメイクで作りこんだものなのがわかる。
「彼は演劇部の後輩で
「その伝統って、みるく先輩が言い出したんじゃ……」
「ん、何か言った?」
横暴だ。なんとなく察したよ。このお姉さんは関わっちゃいけない人トップ3に入る人だよ、きっと。
「……まあいいですけど」
「うんうん、コウタくんは素直でいい子だねえ」
わちゃわちゃやっていると、通路の奥から声がかかってお姉さんは慌てたように帰っていった。
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