2章 その4
子供の頃の話し、俺はクラスの中心にいるような人物だった。
足が早くて、給食をいっぱい食べて、テストだっていい点数を取って……。
才能があった。
それらを特に自慢することなく、だからと言って謙遜をし過ぎない。
困っている人がいたら手を差し伸べ、自分が困っていたら助けを呼んだ。
誰からでも好かれそうで、誰からも踏み込まれることのない少年。それが当時の俺だった。
だがそれで良かった。はっきり言って他人の評価なんて、この頃からどうでも良かったから。
ただ一人、君が見てくれて、褒めてくれたから。
だから頑張った、才能に怠けず、死力を尽くした。
子供ながらに考えて、不器用なりにも何事にも挑戦した。
君の隣に居続ける為にともがいて、足掻いて、翔び続けて。
そして考える限りの全てを持って君に近づいた時。
俺の翼は君の才能に溶かされた。
「またこの夢か」
見たくもない夢を今日も見ることになり、頭を抱えながら目を覚ます。
スマホで時間を確認すると土曜のまだ七時前、仕方ないとため息をつき渋々ベットから起き上がった。
トイレに行って用を足し、洗面所で顔を洗って自室に戻り学校へ行く準備を始めた。
土曜日で授業は休みだが部活はある。まあ開始は九時からだけど、もう起きてしまったのだ、早めについても問題はないだろう。
準備を終えてリビングへと向かい、コーヒー淹れてから椅子に座る。
ゆっくりと啜りながら鳥のさえずりを聴き、今日の部活のことを考えた。
今日は晴翔が来て一日通して練習すると、昨日先輩が言っていたはず。
晴翔がコーチになってから今日で五日目、毎日来ていた訳ではなく、半分くらいは通話によるコーチングを受けていた。
そしてその間も俺は半端者と呼ばれ続けている。
最初は言われるたびに心臓が締め付けられる思いだったが、三日目になると気にすることもなくなった。
正確に言えば慣れてしまったと言うべきか。
「順応力は未だにあるのな」
奥の壁を眺めながら、そんな皮肉めいたことを口にし、ぼーっと眺めているとカレンダーが目に入る。
「そう言えば来週から連休か」
無数の楽しみが込められている連休、本来なら楽しみで仕方がないものだが、実際はそれ程楽しみではなく。
「どうせ部活だな」
むしろ今までの経験から来る予測により、若干気分が下がりつつ、カレンダーから目を離してコーヒーを啜った。
これまで休みがあっても一日二日程度、どこかへ行こうと言う気にもなれずだらだらと過ごす。
そのため俺の中では普通より人が多い休日でしかないのだ。
それならまだ普通の休日の方が気分は上がると言うもの。
まあ、部活のない休日も美月に連れ回されたりしてろくな休日なんて過ごしたことないけど。
だらだらと文句を垂れつつ空になったコーヒーカップをシンクに置いた。時計を確認すると七時半。
今から出れば八時には着くだろう、そう思い荷物を持って家を出た。
予想通り八時には学校へ着くことができた。校内は平日とは違い運動部の掛け声や軽音部の音楽が軽快に聞こえてくる、その中で俺は部室を目指し階段を登っていた。
部室へ向かう前に職員室へ寄って鍵を取ろうとしたが、既に誰か来ていてそこに鍵はなかった。
まあ恐らく神室先輩だろうな、土日の部活で先輩より早く来られたことなんて一度もなかったから。
五階までの階段を足腰に鞭を打ちながら上り、部室の前に着きドアを開けた。
「おはようございます」
挨拶をすると、ホワイトボードの前に悩ましい顔で話し合っていた先輩と晴翔がこちらへ振り返る。
「おはよう打田君。早いね」
「おう今日もちゃんと来たか、半端者」
「もう晴翔さん、その呼び方やめなってば」
「ふん、こいつが半端じゃなくなればな」
慣れたとは言えど、やっぱり腹立つな。そして先輩は今日も変わらず可愛らしい。
色々言っている先輩を腕組みをしながら聞き流している晴翔、その様子を見ながら荷物を置き会話に加わる。
「それはそうとなんの話をしてたんですか?」
「うん、来週の連休についてね」
「まあ当然部活はありますよね」
「当たり前だ、お前たちには一日も休みなんてとってる暇がないんだからな」
言い方に棘がある気が……。この男はいちいち突っ掛かっってこないとダメな性分でもあるのか?
「ごめんね晴翔さんの口が悪くて。細かい内容は美月さんが来たときに話すけど、なんとね!」
先輩の言葉を遮り勢いよく部室のドアが開く、俺と先輩は驚きながらドアの方へ視線を移す。
「おはようございます!」
そこには手を上げながら朝から元気のいい挨拶をした美月が立っていた。
「おう美月、朝から元気だな」
「おはよう美月さん、元気な挨拶だね」
「おう天野、朝から声が元気だな」
「ごめん、皆が言う程元気だった?」
無言で首を縦に振る俺たち、美月はマジかと言った表情をしながら中に入った。
「先輩か海翔くらいしか反応しないと思ってたので、西園寺さんも反応したのはびっくりしました」
「俺が学生の頃も天野みたいに元気な奴がいたからな、それで反応した」
「西園寺さんって思ったより反応くれますよね」
「ああ、よく言われる」
一切表情を変えずに言うから本気なのか冗談なのかがわかりにくい、美月も戸惑った表情をしてるし。
俺たちの横を抜け美月が荷物を置いたことを確認し、俺は椅子を二人分用意する。
先輩方も準備をしてホワイトボードの前に集まり、いつものミーティングの体勢になった。
「それじゃあ皆集まったことだし、ちょっと早いけどミーティングしようか」
「お願いします」
「お願いしまーす!」
「それじゃあ、早速だけど二人に報告があります!」
椅子から立ち上がって両手を合わせながら、何やら嬉しそうな表情をして話し始めた。
「それってさっき先輩方が話してたことですか?」
「そう!まさにそれだよ」
ビシッと棒で俺を指しながらしたり顔で答える先輩。
「それじゃあ発表の方を晴翔さん、お願いします」
そしていきなり晴翔に全てを任せた。
「はぁ、そうなんでお前たちは自分で発表をしないんだ」
額を抑えながら難儀する晴翔。これにはさすがに同情するな。
顔を上げた晴翔は俺と美月の顔を見た後に口を開ける。
「来週にある連休、そのうちの一日を使って
晴翔の話した言葉を理解するのに数秒
「えっ聖法ってあの聖法ですか?!」
百点満点と言わざる負えない驚きの反応をする美月。まあその反応も理解できる。
聖法と聞いて誰もが考えるのは、由緒正しい学校だろう。
長い歴史を持ちこれからの国を担う人材を多く輩出してきた学校。そこにゲーム部と言いう俗世と言っていい部活があると誰が思う。
「でも聖法ってゲーム部あるんですね」
「実は聖法って皆が思ってるより自由度があるんだよね」
「そうなんですか?」
「うん、それに聖法のゲーム部は優勝経験も何度だってあるし。今年なんて私と同学年ですでにプロ入り確定って言われてる人もいるんだよ」
先輩と同学年でって、いったいどんな実力者なんだよ。
「でもよくそんな人がいる高校からカスタム呼ばれましたね」
そのレベルの学校が開くカスタムなんて絶対レベルが高いだろう、それによく俺たちが参加できるな。
「それはね、晴翔さんが組んでくれたの」
横にいる晴翔へ視線を移す先輩。その目には『説明よろしく』と言った意味が込められているような気がし、晴翔もそれを汲み取ったのか一息置いて口を開いた。
「知り合いがいたからな、無理矢理入れてもらったんだ」
俺たちレベルを入れてもらえるなんて、絶対知り合いで済ませていい間柄じゃないだろ。
何事もないように淡々と語った晴翔に対し、若干引き気味になっていると横にいる美月がこちらに近づき、耳元へ顔を寄せた。
「ねえ、海翔」
「どうした」
「晴翔さんって何者なんだろうね」
囁くように語り掛け、ふと思ったのであろう疑問を投げかけられる。
こうしてる辺り、本人には聞かれたくない内容なのだろうな、目の前でやることではないけど。
幸い俺たちを無視して先輩と話しているみたいだから問題ないか。
「さあな、大学生としか先輩からは聞いてないから」
「そうだよね、でもこんなに影響力も実力もある人がプロにならないでただの大学生やってるのがちょっと」
美月の言いたいこともわかる、昔のプレイを見たことがあるが、なんで今プロにいないのだろうかと思うほどだった。
「まあプロなんてなろうと思ってなれるものじゃないだろう。俺たちが考えたって仕方ないことだ」
「むう、それもそうだけどさ」
俺の回答に納得がいってないようでうなってしまった。だがこれに関しては仕方がないだろう。
「二人とも、続き行っていいかな」
「あっ、先輩すみませんでした」
「ううん、全然大丈夫だよ。それじゃあ晴翔さん続きよろしく」
「先輩が話すわけではないんですね」
恐らく今日先輩は説明をすることはないんだろうな。
「そこでカスタムに参加するにあたってお前たちが少しでも噛みつくことができるレベルまで引き上げたい」
「因みに今のレベルで参加したらどうなりますか?」
「なんかいたなって思われるかどうかも怪しいレベルだな」
「つまりは俺たちってよりか、晴翔が来るって思われてそうだな」
晴翔を参加させるために道端の石ころを入れるとは、よほど慕われているのだろう。
だが……。
「それってなんだか……」
「むかつく、よね」
俺と美月の心を代弁する先輩。その目には負けず嫌いな人特有の熱量が込められていた。
「だから私たちはカスタムまでに一回でも噛みつける実力を付けなきゃいけないの」
怒りに満ちた声の裏に、どこか楽しみにしている子供の様な感情を感じることができる。
「でもカスタムって来週ですよね、それまでに間に合うんですか」
不安な声で聞いた美月、その意見はもっともな疑問だった。
道端の石ころがたったの一週間で躓くようなデカい石になれるわけがない。
圧倒的に時間が足りないのだ。
美月の疑問に二人は直ぐに答えることは無く、苦い顔をしていた。
「実はそこが問題でね」
「はっきり言って時間が足りなすぎる」
「開催までに毎日下校時間までやるとか」
「馬鹿者、それですら足りないと言うんだ」
「できれば朝から晩までできる合宿がいいんだけどね」
「その合宿できる場所がなくて困っている」
なるほど、ここで朝の話し合いに繋がるのか。あの悩ましい表情は合宿場所に困っていたと。
できるのであれば学校で合宿をしたいところだが、ゲーム部の様な小さな部活は泊まることが許されていないため、外で探さねければならなくなる。
皆頭を抱えるように悩み始めた、ゲームができる環境で学生でも連日泊まることができる場所なんて思い浮かぶ筈もなく……。
「あの」
その中で唯一頭を悩ませなかった美月が、雰囲気を壊す様に手を上げた。
「あっ!」
それにより俺の中でも一つだけ思い当たる場所がでてきた。
「もしかしてあそこか」
「うん、あそこしかないかなって」
「ねえ! それってどこなの!」
文字通り身を乗り出す勢いで聞きに来た先輩。晴翔も驚きを隠しきれていないのか目を見開いていた。
「ええっと、私の親が別荘を持ってるので、そこならいけるかと」
「べっ別荘!?」
「ゴホッ!」
二人が先ほどの美月以上に盛大な反応を見せてくれた。晴翔なんて驚きすぎてむせてしまっているし。
その反応を見た美月は、少しだけ後ろ暗い表情を見せていた。
今まで美月の親が別荘を持っている話題をすると、俺を含め皆同じ反応を見せていた。
そして俺以外の全てが、それまでの美月との関り方や見る目を変えてしまったのだ。
急に友達面をしたり、関係を切られたりなど、一時的に問題となるほどに。
それもあり、この話題を話すことは禁止にしてきた。
「美月大丈夫だったのか」
先輩たちには聞こえない声で語り掛ける。すると美月は瞬きをしてから俺を一瞥して口を開く。
「うん、だって私も先輩と同じ気持ちだもん」
先輩と同じ負けたくないと言う想いのその目に、俺は何も言えなくなった。
「弱いだけでは終わらせたくない、全てを賭けてでも勝ちたいよね」
その言葉に込められた意味を理解はできた、しかし受け入れることはできず、寧ろ嫌悪感が心の奥底から湧きあがってしまった。
美月の目を見ていられなくなった俺は顔をそらし、何事もなかったかの様な表情をした。
そして前を見ると二人とも何とか理解できたのか、先輩は再び美月に向かって口を開く。
「えっと、美月さん、本当に別荘をつかわせていただけるですかの?」
「先輩、語尾変なことになってますよ」
「だって打田君! これが平常でいられるわけないよ。だって別荘だよ! 存在してるかすら怪しいあれだよ」
「先輩、別荘はUMAの類じゃないですよ」
「それくらいわかってるよ!」
「おい半端者、お前は知っていたんだな」
「そりゃ幼馴染ですから」
「それも、そうだな」
だめだ、二人とも正常な判断ができてないなこれ。
美月を見ると、どうしたものかと言った困り顔をしていた。
「こんな反応されたのは初めてだよ」
「ここまで大げさなのも考え物だな」
さてどうするべきか、腕を組んで考え、そうして目に入った時計はとっくに開始の九時を過ぎていた。
「先輩方いったん休憩挟みましょう、俺何か飲み物買ってきますよ」
そう言った後美月に向かって目くばせをする。瞬時に意図が伝わったのか手を合わせて口を開き。
「海翔の言う通りですよ、いったん休憩を挟んで考えをまとめた方がよさそうです。私も海翔と一緒に飲み物を買ってきますので」
「うーん、二人が言うならそうしようかな、晴翔さんもそれでいい?」
「あっああ、構わない」
「それじゃあ行ってきます。お二人は何がいいですか?」
「俺はココアで」
「私はコーヒーブラックで」
「わっわかりました。ほら海翔行こ」
考える二人を部室に置き、俺と美月は部室を出て顔を合わせてから歩き出す。
そして階段まで歩き、聞こえないだろうと言う確信をもって声を出す。
「逆だろ」
「ごめん、私も思った」
一言それだけの感想を言って俺たちは自販機へと足を進めた。
神室先輩、ブラック飲めるんだな。
「買ってきましたよ」
「おまたせしました」
十分ほど時間をかけて戻ってきた俺と美月は両手に四人分の飲み物を持って戻ってきた。
「おう、すまないな」
「ありがとうね二人とも」
二人とも美月の別荘の話を受け入れたのか、やや疲れ気味の顔で雰囲気を戻していた。
「みっともない姿を見せたな」
「なかなかのものが見れて俺は満足ですけどね」
「なんだって?」
「先輩は落ち着きましたか?」
「うん、結構びっくりしたけど大丈夫だよ。ありがとうね」
飲み物を受け取った先輩たちは缶を開け一口飲んだ。
俺と美月も椅子に座り、同じように缶を開けて一口飲む。
「それでどうです? 美月の親が持ってる別荘、検討してくれますか?」
「そんな、私たちの方がいいのって思ってるよ」
「天野さえ良ければだが、ぜひ使わせてもらえないか」
迫る勢いで美月に頼み込む先輩、真っ直ぐとまるで社会人の様な態度の晴翔。
その二人の態度は、これまで美月に迫ってきた奴らとは違う誠実さを感じ取れた。
「どうだ、美月」
横にいる美月の顔を見ると、先ほど変わらない意志を持った顔をしていた。
どうやら愚問だったみたいだな。
「はい、両親に相談してみて、絶対に使わせてもらえるようにします!」
その返答に、先輩は花が開いたような笑顔をし、晴翔も隠し切れない喜びが口元の笑みとなって表れていた。
初めて見る表情に嬉しくなったのか、美月は嬉々とした表情で俺に笑いかけてくる。
「良かったな、美月」
「うん!」
「よーし、合宿場所も目途が立ったし。今日の練習も頑張るぞ!」
おーっと高らかに声を上げる美月、それに呼応するように俺と晴翔も微笑を洩らした。
「それじゃあお前達、今日は徹底的にやるからな」
その台詞の後、先ほどの微笑は何処へ行ったのか、またもや獲物を狩るような形相で睨みつけてきた。
「覚悟しろよ、半端者」
主に俺のことを……。
それから下校時間になるまでの間、テンションが上がった晴翔の鬼の扱きにより、主に俺が随分と干されてしまった。
まあ先輩と美月も俺ほどではなかったにしろ、十分に干されてしまったが。
朝と比べてやつれてしまった俺と美月は、夜の帰り道を二人並んで歩いて帰っていた。
「いやあ、今日も一段とやばかったね」
「なんだか吹部にいた頃を思い出したよ」
「それちょっとわかるかも、あのしごきには近いものを感じたね」
ひりついた時期の吹部は顧問の先生の指導がいつもの二倍以上にきつく感じる。
俺は一度数合わせの形で指導を受けたことがあったが、あの空間には二度と居たくないと思ってしまった。
そのたった一回の記憶が今日フラッシュバックし、新たなトラウマへとなった。
「そういえば美月、良かったなおじさんたちから了承がもらえて」
「ねえ、しかも即既読からの即了承で笑っちゃったよ」
昼休憩のタイミングで連絡をしたところその反応をされ、相変わらずの行動力に驚愕してしまった。
「帰ったらもう一回パパに聞いてみるね、たぶん同じ反応されると思うけど」
「ああ、頼むよ」
少々微笑んだ後、先程のやつれた表情とは違って笑顔で上を向いた。
街頭に照らされてはっきりと見える美月の横顔は、えも言われぬものだった。
「ん? どうかした」
「いや、何でもないよ」
その横顔をもう少し堪能したかったが直ぐに見ていたことがばれてしまった。
程なくして分かれ道へと着き、長かった一日が終わりを迎えようとしていた。
「それじゃあ海翔、また明日ね」
「おう、気を付けて帰れよ」
一言だけ言葉を交わし美月は離れていく。その姿が見えなくなるまで俺はその背中を送り続けた。
さて俺も帰るとするか、また明日の朝も部活があるわけだし。
再び帰路に着こうと振り返るが、その時にぽろっと俺の口から心の声が漏れてしまった。
「眩しいな」
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