2章 その3
西園寺晴翔。
元上川高校ゲーム部の副部長で司令塔だった男、無名だったこの部を優勝まで導いた実績を持つ。
高いゲームIQに加え、人が次に取る行動を完璧に読み最善策を立てる。
さながら詰将棋を解くかのような感覚だとインタビューで語ったらしく。
周りからは未来が見えているとさえ言われていたと。
これが神室先輩から事前に聞いていた情報だった。
そして現在部室では、いつものミーティングの配置に加えて晴翔が先輩の横に座っている状況だった。
腕や足を組み、風格すら漂わせながら、俺達の目をしっかりと見ながら話し始めた。
「お前たちの話は千輪から聞いた。俺の出した課題をクリアしたらしいな」
その言葉に先に反応したのは俺達ではなく先輩だった。自慢するように胸を張りながら。
「ふふん、すごいでしょう」
「なんで千輪が誇らしげなんだ」
自分の事のように話す先輩を一瞥することなくバッサリと切り捨てた。
だが先輩もそれを気にした様子はなく、胸を張り続けている。
こう見ると先輩が妹なのだとよくわかるな、なんだか妹に振り回される兄を見ている気分になる。
晴翔は切り替えるように咳ばらいをしてから改めて俺達に聞いてくる。
「とりあえず、よくあの課題を一週間でクリアできたな」
これはあれか、本当にできたのかと言いたげな目だな。
確かに普通にやればあんなの一週間で終わるはずがない、実際俺自身まだ課題をクリアしたとは思っていないのだから。
俺の考えとは裏腹に、晴翔の質問に対しいつものテンションより低い態度で美月が答える。
「それは千輪先輩にたくさん教えてもらえましたので」
「だからと言うべきか、千輪の指導はわかりにくかっただろう」
「なんてこと言うんですか! そんな事なかったよね」
晴翔の回答に対しダンっと立ち上がりながら即座に反論をし、こちらに同意を求めてきた先輩。
だがしかし。
「そう、ですね……」
神室先輩全肯定な美月が目をそらし歯切れの悪い回答をしてしまう。
この反応に関しては俺も同じだった。
教えてもらって悪いとは思ってるが、晴翔の言う通り先輩の指導はわかりにくいものが多かった。
と言うか半分くらい感覚で話していた部分あったし。
「この兄妹は感覚派だからな、まだ千輪はマシだが」
親指で刺しながら指摘されると、なにも言えなくなった先輩が縮こまってしまった。
晴翔の表情からその苦労の一端を垣間見ることができるが、あの感じより凄いのって会話になるのか?
「でっでも二人とも毎日凄い頑張ってたから早くできるようになったんだよ」
これだけは伝えたかったと言わんばかりに、何とか言葉をひねり出した先輩。
その言葉に晴翔は椅子に深く座り直し返しの言葉を出す。
「その努力は素直に評価できる」
「でしょう」
またもや先輩が自慢げに語るが、晴翔はそれを無視し、俺と美月に鋭い目を向け。
「だが、それだけで勝てる大会ではない」
現実を突きつける一言に、それまで緩かった雰囲気が一気に締まったのを実感した。
それは全員が実感していることだ、だからこそ先輩は晴翔を呼ぶことを決めただろうし。
今の俺達が大会で勝てるようになるため必要なこと。
俺が一番聞きたかったことを晴翔に聞く。
「一体何が足りないと思う」
晴翔に対する恐怖心はぬぐい切れてないが、それでも率直に聞いた。
「単純に技術力が足りないな」
俺の質問に当たり前にと言うように言葉にする。
だがそんなのなんて最初から理解しているんだ。
「それは理解してる、それ以外に教えろと言うことだ」
「ちょっと海翔! 敬語使いなよ」
基礎をやればやる程に技術力が足りないことを理解していた。
そして技術なんて一朝一夕で身に着くものではないことくらい、痛いほど身に染みてる。
だからそれ以外にも知りたいんだ。
そんな俺の返答に対し、晴翔は組んでいた腕を顎に当て、より一層鋭い目つきになり。
「随分な口の利き方だな」
それはまるで俺の命でも取るのかと思ってしまうものだった。
獲物を狙うような迫力に気圧され、目を逸らすことすらできず、鼓動が重く全身を響かせている。
部室全体の空気が重く、上手く呼吸することもできない、言葉を出そうにも喉に詰まって出すことができない。
何も、できない……。
そんな状態の俺の頭を横から伸ばされた手が掴み、勢いよく下げられた。
「すみません! うちの海翔の言葉遣いが悪くて」
重い空気を晴らすような震え混じりの声が部室に響いた。
横を見ると俺の頭を掴み同じくらい深く頭を下げて謝罪をしている美月の顔があった。
「美月、頼むから離してくれないか」
それを振りほどこうともがくが、どうやってもほどくことができなかった。
「だったら先に謝りなさい」
「わかったから、だから手を離してくれ」
俺の言葉を聞いた美月が力を緩めたので手を振り払い顔を上げる。
そんな俺を見ていた晴翔の目つきは戻っていた。
と言うより若干の軽蔑が込められている気がする。
「その、すみませんでした」
身なりを整えて謝罪をしたことで美月は納得した顔をしていた。
「海翔君もこういってるし、許してあげて」
こんな俺をフォローするように先輩も言葉を投げかけた。
「安心しろ、そこまで怒ってるわけではない」
あの顔しておいて怒ってないは無理があるだろ。
ただこれ以上言ってまた美月に怒られたくないから、このことは言わないが。
真面目な雰囲気が崩れてしまったが、晴翔が話を戻すと言い放つのと同時に雰囲気も戻す。
「技術が足りないお前たちだが、それ以上に足りないものがある。なんだかわかるか」
晴翔は視線をまず美月に向けた、たぶん一人一人に聞いていくのだろう。
技術以上に足りないもの。考え始めると同時にやっていてずっと思っていたことが浮かぶ。
これだろうと答えを出し、美月の方へ視線をやる。
美月は上を向いて少し考えるが途端に申し訳ない顔をして口を開いた。
「すみません基礎とかの技術系しか出てこないです」
美月の回答に晴翔はただ頷き視線を俺に移した。
「俺は統率だと思う」
予め考えておいた回答をそのまま口にした。
何回か三人でやってきて思ったのが、神室先輩に引っ張ってもらう言うより連れまわされる感覚が強かった。
最初こそ違和感はなかったが、基礎をやり大会の行動を理解できるようになってからはそう思うことが多かった。
俺の回答に対しても晴翔はただ頷くだけで最後に残った先輩へ視線を動かす。
先輩は自信があるようで、したり顔で答える。
「それは行動する意志かな」
晴翔はその回答にも同じように頷いた。
出そろった三つの回答、どれも正しいはずだ。あとはその中に求める答えがあったかが問題だな。
晴翔は三人の意見を聞き、まるでどう答えるかを知っていたかのように直ぐに話し始めた。
「どれも正しい答えだが、まず天野の意見は個人で頑張ってもらうしかないな」
「そうですよね」
美月はそう言われると予想していたみたいだが、後頭部を手で押さえ頬を赤らめていた。
そして晴翔は先輩、俺の順番に見つめた後話し出す。
「残りの二人、言ってしまうとお前たちの回答を足したのが答えになる」
晴翔の言ったのがどういうことなのか、直ぐに理解することができなかった。
見ると美月は俺と同じ感じだったが、先輩は何処か割り切れない顔をしていた。
三人の顔色を見た晴翔がもともと用意していたであろう答えを口にした。
「つまりはチーム全体を引っ張り勝利に導く者、IGLが必要だ」
その回答に俺ははっとし、先輩はそっかと言った、それぞれ納得の表情をした。
「IGL?」
だがその言葉を聞いたことのない美月だけは当然のように聞き返す。
「
俺の例えをすぐさま理解し、『なる程』と気持ちが晴れたような声で囁いた。
しかし直ぐに新たな疑問が浮かんだのか晴翔に向かい聞く。
「でもそれって神室先輩がやってることじゃないんですか?」
「確かに今は千輪がやっているみたいだが、はっきり言って向いてないから二人のどちらかにしてほしい」
晴翔はなかなか辛辣なことを言った気がするが、先輩もそれを理解していたのか反論をしなかった。
と言うか反論できずに顔を背けていた。
俺達のどっちかが指揮をとらなければいけないのか。
……であるなら。
「美月がやってみたらどうだ」
「どうして私なの!」
いきなりの事で驚きを見せた美月、しかしこれにはちゃんとした理由がある。
「何故そう思う」
「美月は実際中学の時に部を率いていたから向いてると思う」
不十分に思える理由だが、実際美月が率いていた時の吹部は結構まとまっていた。
しかしそんな俺の考えなどわかるはずもなく、美月は反論を口にする。
「そんな、あれは海翔が」
「俺は何もしてないだろう」
だがすべてを言い切る前に言葉を挟み中断させた。
「またそんな事いって!」
「まあ天野落ち着け、どっちがやるべきかはお前達のプレイを見て決めることにする」
「……わかりました」
晴翔の提案により感情的になろうとしていた美月は落ち着きを取り戻す。
美月は俺の事を過大評価し過ぎている、プレイで決めるのなら晴翔も美月を選ぶだろう。
「それじゃあさっそく準備しようか」
俺たちのやり取り中蚊帳の外だった先輩が意気揚々と言い、準備を始めた。
「ほら美月も準備するぞ」
「わかってるよ」
まだ気持ちを切り替えられていない美月を引っ張り俺達も準備を進める。
「五戦ほどいつものようにやってみろ」
いつもの準備を終えた頃に晴翔からの指示が来た。
俺たちはそれに一言返事をしてから、ゲーム内の戦場に参加した。
今回の試合は今までと比べてもかなり生存を重視した立ち回りを行った。
結果としては、五戦中チャンピオンが二回、最終円まで生き残ったのが一回、後の二回はそれぞれ安全地帯に入れなかったのと初動の戦いにより終わってしまった。
総合的に見たら悪い結果ではないと思う、移動中は美月が場所を決めて行動し敵は先輩が対処する。
俺は出来る範囲で二人のサポートを行う。
この役割分担は自然に決まったことだけど、なかなかいいものだ。
それぞれデバイスを外し、目を合わせて今回のことを話した。
「いやぁ、結構良かったんじゃない」
「私も思いました! 自分では無理だと思ってましたけど、これなら出来そうです!」
「だから言っただろ、美月ならいけるって」
今回の結果に二人も好印象を持ってるみたいだ。
まだまだ足りないところは多いが、この感じで高めていけばもしかしたら――。
「甘えたことを言うな」
それまで話すことなく俺たちのプレイ中を見ていた晴翔がまるで堰を切ったように、それまでの俺達の雰囲気を一刀両断した。
今になって発言したと思えば、いったい何を言ってやがる。
あんな発言に対し、美月は恐る恐る後ろにいる晴翔へ向けて口を開く。
「えっと、戦績は悪くなかったとは思うんですけど」
美月の発言に俺と、先輩も同じことを思っていたと思う。
晴翔の言うことは確かに理解出来る、これで喜んでいたら大会では勝てないことくらい俺でも分かるから。
それでも今回の戦いは今後のいい指標にはなったはずだ。
「美月さんの言う通り戦績自体は良かったからこの調子でいけばいいじゃ……」
「千輪、お前が甘えたことを言ってどうするんだ」
フォローに入った先輩に対し、晴翔は先程より一層憤りを感じる声音で返した。
そうなる程に俺達の雰囲気に対し業を煮やしているのか。
だとしてもこれ以上に二人が言われるのは見たくない。
俺は先輩と美月を庇うようにして晴翔の前に出た。
「何がダメだったんだ」
ついでにだが、俺もこの腹の虫を収めたかった。
俺の恨めしい発言を汲み取ったのか、晴翔は一瞬目を伏せた後、いっそう鋭い目に変えて見つめてくる。
「口の聞き方を反省したのではなかったのか」
「すみませんね、聞いてたら忘れてましたよ」
それに対して挑発するような言葉で返す。しかし皮肉にもそれは俺が今出せる精一杯の言葉だった。
冷や汗をかき、一瞬でも気を緩めれば後ずさりしてしまいそうになるのを必死にこらえている。
どんどんと溢れる底知れぬ圧、最初は蛇だと思ったが、まるで獅子よう。この圧力を前には一言の挑発しか出来なかった。
さてどう返して来るか……。
この挑発にのるか、それとも冷静に返されるか。どちらにしろ矛先を二人から外せるなら充分だな。
何が来ても良いように身構える、だが予想外にも晴翔はそれ以上言葉を出すことはなかった。
変わりに返ってきたのは晴翔自身、俺が戦慄してしまうほどの圧と共にやってくる。
そうして晴翔はただ俺の前に立つ。たったそれだけのこと、それなのに、それなのに。
何でここまで体が萎縮するんだ。
情けない話、この時の俺は怖気付いてしまっていた、今すぐにでもここから逃げてしまいたいと。
俺が、完全にこの男に屈した瞬間だった。
「海翔!」
「打田くん!」
突如後ろから名前を呼ばれ我に返る。
後ろを振り向くと、先輩は心配そうに手を胸に当て、美月は俺の裾を掴んでいた。
「二人とも……」
それと同時に晴翔からの圧力が弱まったのを実感した。
見ると晴翔はすでに椅子に戻っており、圧もほとんど感じない。
「情けないものだな」
その代わりに、くだらないと言う感情が込められた言葉が返ってきた。
本当に情けない話だが、俺はこれ以上の発言をすることができなかった。
そんな俺の後ろから先輩が出てくる、晴翔の目の前で立ち止まると、徐に口を開いた。
「晴翔さん、いくら何でもいじめすぎだよ」
ここからでは表情を読み取ることができなかったが、その背中から、その声から怒りを感じ取ることができた。
晴翔は腕を組み、目を閉じてからただ呟く。
「わかった、これ以上は言わん」
それを聞き満足したのか先輩は俺たちの方へ振り返って話す。
「ごめんね二人とも、今日はここであがってもいいよ」
「でっでも」
先輩の提案に美月は反対しようとしたが、表情から察したのか、それ以上言葉にすることは無かった。
俺は美月に手伝ってもらいつつ帰る準備をする。
ここまでしてもらう必要などない、だが今の俺はこれに甘えるようにして準備を終えた。
扉を開け挨拶をするために残った二人へ向けて挨拶をする。
「それじゃあ、お先に失礼します」
そうして出ようとした瞬間に、晴翔が発言をした。
「コーチはしてやる、だから明日も来い。
それは直ぐに俺を指した言葉だと理解した。
帰り道、美月と並んで歩いていた。
だがいつもと違い会話はほとんどなく凪いだような空間が流れている。
なんでこうなったか、原因なんて簡単だ。あの晴翔の言葉以降、俺は心ここに在らずとなっているから。
何故晴翔はあんなことを言ったんだ、なんで半端者と思ったのか。
なんで……。
「ねえ海翔」
俺の思考を中断するように、それまで静かだった美月が名前を呼んだ。
「……なんだ」
「いやね、最後になんか言われてたけどさ」
虚ろのな目で美月を見ると、後ろに手を組みながら俺の方を見ることなく、空を見上げながら話していた。
「私はそうとは思わないからね」
それはフォローする言葉じゃなく、本心から思っている言葉だと理解した。
「ありがとうな」
それを理解したうえで、受け入れることなど俺にはできなかった。
美月は見ることなく俺の言葉だけで理解したのか、ギリギリ聞こえる声で。
「そっか」
ただそれだけを口にした。
その後お互いに話すことなく分かれ道に着き。
「それじゃあ海翔、また明日」
「おう、あしたな」
美月は俺から離れるとそのまま振り返ることなく、帰路の闇に消えていった。
そうして一人となった今、俺は心に浮かぶ顔を見ながらただ一言呟く。
「なんで、気づいたんだ……」
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