2章 その1

「うん特に不備もないね、美月さんありがとう」

 放課後の今、部室では美月が神室先輩に入部届を渡していた。

 先輩事態美月はもう来ないと思っていたらしい、だから来た時に大変驚いていたけど、それ以上に全身を使って喜んでいた。

「改めて天野美月、今後ともよろしくお願いします!」

 元気よく頭を下げる美月に対し、それを拍手による歓迎で迎え入れた。

「びっくりしたよ、ねえねえどうして入ってくれる気になったの?」

「一晩考えて、やっぱり二人といたいなと思ったんです」

「そっか、改めて入ってくれてありがとう!」

 美月が入ってくれたのが相当嬉しいのか、ぎゅっとぬいぐるみを抱えて照れているみたいだ。

 そんな可愛らしいやり取りの最中に俺はというと、横眼で見ながらゲームをしていた。

 最初は一緒の輪で聞いていたさ、でも話が盛り上がっていくうちにテンション合わなくなってしまって。

「それじゃまずはミーティングでもしよっか、海翔くんも待たせてごめんね」

「いえ、全然まってないですよ」

「そうですよ、海翔はどうせ輪に入れなくて拗ねてただけなんですから」

 おい、そんなことを軽々しく言うな。本当の事だからって言っていい事があるよな。

「そうなの?」

「そんなわけないじゃないですか」

 と今の俺が出来る満面の笑みを先輩に向け、その後ろにいる美月には瞳の奥底から睨んだ。

 その美月は俺と目を合わせようとしてないが……。

 取り敢えず今座っている椅子を美月の横に持ってくる。そのタイミングで先輩が手を合わせ話し始めた。

「それじゃあ、ミーティングを始めます」

「よろしくお願いします」

「では最初に、このゲーム部の目標を発表したいと思います」

 そう言った先輩は後ろにあるホワイトボードで何かを書き始めた。

 身長的にボードの半分も使ってないのがほほえましく思える。

「ちょっと背伸びしてる先輩かわいい」

 美月も同じ感想を抱いているみたいだ。とりあえず口は拭いておけ。

「と言うことでこれです」

 バンっとボードを叩いたのでそちらに目線を合わせると。

「全国大会優勝?」

「そう!これが目標となります」

 自信満々に胸を張る先輩、しかし目標を聞いた俺と美月は同じ疑問が頭をよぎったと思う。

 それを確認するかのように顔を合わせた、やっぱりと言ったところか美月も同じことを考えているみたいだ。

「あの、神室先輩」

「どうしたの美月さん」

「全国優勝って、私たちでできますかね」

 先輩のような実力者が集まっているのならいけるかもしれないが、初心者である俺と美月がいてその目標は無理じゃないか。

「二人が言いたいことはわかるよ、それでもね」

 先輩は俺と美月の目をしっかりと見つめてから続きを口にする。

「これが私のやりたいことだからさ」

 胸に手を当て堂々と語った。

 俺はその姿がまぶしくて、また重ねてしまった。

 できると言ったわけではない、俺達を安心させる言葉でもないのに。それでも自然と大丈夫だと思ってしまった。

 だが美月は今の言葉で納得した感じではなく、疑問を口にする。

「どうして優勝がやりたいことなんですか?」

 普通に考えるなら部活でその目標は当たり前だけど、先輩は部ではなく自分の目標として言っていた。

 先輩は部員を集めようとしなかった、だから美月の疑問も不思議ではない。

「うーん、簡単に言えばおにい……兄が見た景色だから」

「今、お兄ちゃんって」

「美月それ以上はやめておけ」

「コホン、兄は初心者だった三人で優勝した。だから私たちも勝てる可能性があると思う」

 自信満々にそういうが初心者で優勝したってことは、それだけの才能と努力があったはずだ。

 つまり俺達も同じようになればと言った話か……。

「無理では?」

「私もそう思う」

 まあ普通であればそう思うよな。

「うーんやっぱり?」

「先輩がそれ言っちゃいます?」

 困った顔で頬を掻きながら答えた。しかしその後に話した言葉は心丈夫だと感じた。

「私自身兄達の様な才能と努力は普通の人にはないと思ってるよ。それでもさ私は目指せる機会があるのなら目指したいの、こうして一緒に居たいって言ってくれた後輩がいるんだからね」

 先程と同じように笑った先輩に俺も美月も、これ以上何も言うことは無かった。

『……優勝するか』

 先輩の目標なら、俺はただ叶えるだけだ。

 でなければここに入った意味がないからな。

 その後部室では俺と美月の軽い歓迎会と言う名のゲームを完全下校時間まで行った。


 土日を挟んだ月曜日、放課後となりまた美月と俺は部室に来た。

 今度はすんなりと開き、またボードを使用している先輩がいた。

「今度は椅子使って書いてるな」

「必死に書いてる姿かわいいなぁ」

「あれ二人とももう来たんだ」

 俺たちの会話に気づいた先輩がこちらへ振り返る。

 頭を軽く下げながら挨拶をし中へと入る。

「神室先輩今日もミーティングですか?」

「うんそうだよ、あとちょっと待ってね」

 美月と先輩が会話している間に俺は椅子の準備をする。

 ゲーム机から椅子を運びホワイトボードの前に二脚置く。

 見たところゲームの事を書いているのか。

 先輩が書き終わった文字には基礎と書かれており、その下に私の考えですと注意書きのように書いてある。

「ありがとうね」

「これくらい別にいいよ」

「もう、感謝はちゃんと受け取んなきゃだめだよ」

「俺と美月の仲だろ」

「美月さんの言うとうりだよ海翔君、厚意は無下にしちゃだめ」

「それはすみませんでした」

「なんで神室先輩の話しは素直に聞くのさ!」

 とまあこんな風に時間を潰していると先輩が書き終わったのか、椅子を座りなおして俺達の方を向いた。

「お待たせ、それじゃあ始めよっか」

「「お願いします」」

 先輩は最初に金曜日のおさらいをするように改めてこの部の目標を話した。

「部の目標である大会の優勝ですが、改めて今の私たちには不可能です」

 わかってはいるが改めて先輩の口から不可能と聞くといかに無謀な目標なのかを実感する。

 先輩はともかく初心者である俺と美月をどうにかしない限り勝つことなんて無理だろうな。

「そこで二人に聞くけど、優勝するためにしなきゃいけない事って何だと思う?」

 先輩からの質問に対し一瞬キョトンとしたが、直ぐに手を顎に当て考えた。

 足りないものはたくさんあるが優勝を目指すのならできるだけ短い期間で強くなる方法を考えなければな。

「はい!」

「はい美月さん」

「徹底的に基礎をやる」

「半分正解だけど、違うかな」

「それなら格上と戦うですか」

「うーんできたらそれもいいけど、ある程度の実力がなきゃ厳しいかな」

 どちらもあっているが求めるものは違う感じだった。

 その後も俺と美月は二三個ほど意見を出したが、どれも違うみたいだった。

 必死に頭を回し考えるがこれ以上何も出てくることなく、先輩が時間切れを告げる。

「出した意見はどれも間違いじゃないと思うけど、たぶんこれが一番早く私たちを強くできると思うの」

「それっていったい」

「コーチを呼ぶこと、かな」

「コーチって、つまり外部の講師を呼ぶ感じですか?」

「そうだね」

 確かにできる人から直接教われるのなら短期間でうまくなる可能性がある。

 しかしそれは俺たちの努力やセンス、それにコーチの実力に左右されるものだ。

「コーチのあてはあるんですか」

「もちろんだよ、私の知人なんだけど、もう話もしてあるんだ」

 先輩の知人か、それなら信頼はできるかもな。

 だがこうもうまい話に無条件で乗れるほど現実は甘いものじゃない、それを教えてくれたのが次に話す先輩の内容だった。

「それで話した結果、初心者二人に教えることは無いから最低限基礎ができるようになってから呼べ。って言われました」

 さっきはドヤッとして言っていたのが一気に逆転してうなだれてしまった。

「つまり私たちに基礎が身につかなかったら」

「永遠に来てくれないってことだな」

 だから先輩はさっき美月の回答に対して半分正解と言ってたのか。

「それで今日から二人には基礎を身に着けてもらいます」

 パッと顔を上げながら立ち上がり、こぶしを握って強気に言った。

 そこで後ろのホワイトボードが意味を成す訳か。

 書かれているのは俺たちが身につけなければいけない基礎の内容だったと。

 先輩はカバンの中から棒を取り出すとそれでボードを指し始めた。

「ここに書かれている基礎はね、私も実際に教えてもらったことなの」

「神室先輩その注意書きは何ですか?」

「ん?これはあくまで一個人の意見のため全員の考えじゃないよってことだよ」

『随分と配慮された内容だな』

「だから二人もこれができたからってネットとかで話しちゃだめだよ」

『ああ、ネットに配慮してたのか』

「そして気になる基礎の内容がこれだよ」

 1・エイム力

 2・敵の位置を知る

 3・味方の位置を知る

 4・マップの理解

 5・キャラクター理解

「それじゃあ一つ一つ話していくね」

 バシッと音を立てながら指差し棒を一番の所に当てた。

「まずはエイム力、基本中の基本だね」

「確か敵に照準を合わせることでしたっけ?」

「うん、それであってるよ」

 あっていたことに美月は安堵の声を漏らした、この土日で美月と夜通しゲーム用語やなんやらを見たりしたからな。その成果が出てよかった。

「それでこのエイム力なんだけど、ぶっちゃけこれだけを上げていけば勝てるようにはなります」

「え?そうなんですか?」

 目を丸くした美月が声を大に聞き返した。

「立ち回りが良くない人でも、エイム力で解決できたりするんだよ」

 美月からの質問をあらかじめ予想していたかのように返答する。

 そんな返答を貰った美月は納得のいってない様子に見えた。

「それ、なんかなぁって思うかも」

「美月の言いたいことも理解できるが、最終的にエイム力が必要なのがこのゲームなんだ」

「まあそれが面白いところでもあるけどね」

「そうなんだ」

 俺と先輩の言葉に心からではないが納得した言葉をあげる。

「それじゃあ次は二つ目と三つ目を話そうかな」

 気持ちを切り替えるようにさっきよりも強めにボードを叩く先輩、そのせいでちょっとボードが揺れてしまった。

「敵の位置を知るはわかるんですけど、味方の位置を知ることも基礎なんですか?」

「実はそうなんだよね、じゃあまずは敵の位置から」

 そこまで言った先輩は持っていた棒をビシッと俺の方へと向けた。

 いきなりの行動に少し動揺してしまうが直ぐに平静を装い対応する。

「それじゃあ海翔君、敵の位置を知るとは何でしょう」

 その通りだが、大雑把すぎる質問な気もする。

「敵の位置を知ることで次の行動につなげられる、ですかね」

 とりあえずこれまで見てきた動画から俺自身が感じたことをそのまま答えた。

「うん、私もそう思うな」

 どうやらあっていたらしく、ニコッと笑顔で返す。

「どんな状況になっても敵の位置さえわかればどこに行けばいいとか考えられるし、冷静な判断もできるよね」

「でも敵の位置って完全に把握何てできないですよね」

「確かに美月さんの言う通りではある、それじゃあどうするか海翔君わかりやすく答えてみて」

「わかりやすくですか」

 またもや無茶ぶりの様な気もするが。とりあえず考えよう。

 腕を組みながら過去に見た動画の内容を思い出す。

 どこかのタイミングそんな話を聞いたことがあるけど、どこだったか。

 恐らく十秒にも満たない時間考え、たどり着いた答えを話す。

「完全に位置がわからなくてもいい、だいたいどこにいるかを考えるんだ」

「そんなのでいいの?」

 まあそう思うのは当たり前だよな。

「簡単な例えだが、美月が提出物を先生に渡すときどこにいると考える?」

「それは職員室にいると思うけど」

「じゃあ職員室のどこの席かはわかっていくか?」

「わからない状態で行く……そっか!」

 どうやらこれで理解してくれたらしく俺の口から安堵の声が出た。

 俺の回答に先輩も満足いった感じの表情だ。

「確かに細かい位置がわからなくても、だいたいの位置がわかれば行動できるね」

「そういうことなの、ありがとうね海翔君」

 先輩の仕草にドキッとするが何とか顔に出ないようにこらえる。

 そんな俺を差し置いて話は次の話題へと移る。

「それじゃあ次に美月さんが疑問に思っていた味方の位置だね」

「味方の位置なら意識しなくてもわかりそうな気がするんですけど」

「それが意識しないとわからなかったりするんだよね。そこで海翔君!またお願いできる?」

「なんで自分なんですか?」

「美月さんの事理解してそうだから」

「俺が味方の位置の重要性をわかっていないとは思わないんですか?」

「大丈夫!海翔君ならいける」

 何故か先輩が自信満々な表情をしているが、俺は何処で先輩からここまでの信頼を得たんだろう。

 心当たりが一切ないのでこれ以上考えるのをやめて美月にわかりやすい答えを考えるとしよう。

 だがこれに関してはなかなかいい答えが浮かばない、そもそも俺ですら詳しくはわからないほどなのだからそれを説明なんてできるわけもなく。

 必死に考えていると先輩からの助け船がやって来た。

「海翔君も大変そうだからヒントね、このゲームは三人で行動するものだよ」

 三人で行動、三人……。

 そこまで考えて思い当たる動画を思い出した、プロとかのプレイではない動画を。

 そういうことかもな、なら後は美月にわかりやすく説明すれば。

 わかってから約十秒、考えが纏まった俺は顔を上げて美月に話し始める。

「美月、このゲームにおいて三人と一人どっちが強いと思う?」

「それは三人でしょ」

「そうだよな、じゃあどうすれば三人で行動できると思う?」

「それが味方の位置?でもそれってわかることじゃないの?」

 まあそう思うよな、味方なんて意識しなくてもそこにいるだろうって思うよな。

「それじゃあ話を変えよう。美月はアンサンブルをやるときはお互いわかるものって思ってやるか?」

「そんなのやる訳ないじゃん」

「それじゃあどうする」

「どうって、お互いに呼吸を合わせて視線を合わせてやるよ」

「それと一緒だよ」

 俺の言葉に美月は最初何言ってんだコイツの顔をしたが、言葉を咀嚼し始めたのか顎に手を当て考え始める。

 アンサンブルは指揮者がいない、始めるタイミングもテンポ維持も全て自分たちでやらなければいけない。

 だからこそ息を合わせるためにお互いを確認するし、呼吸を合わせる。

 それをしないとただ同じ曲を奏でるだけのソロになってしまうから。

 それを理解できない美月ではない。

「つまりは意識しないで自己中心的に行動すると絶対に合うことは無い?」

「そういうことだ、俺たちは初心者でまだ弱い、だからこそ味方の位置を意識して知り、一緒に行動することが大事なんだ」

 神室先輩のいる前で吹奏楽の話題を出すのは気が咎めてしまう。

 それでもこれが一番わかりやすいと思ってしまったのだ。

 実際に美月の顔を見るとなる程と言った感じで気持ちが晴れているようだった。

「海翔君私の事は気にしなくて大丈夫だよ」

 俺の心配を組んだのか優しく声をかけてくれた。

 どうやら俺の杞憂だったみたいだな。

 その後残り二つの基礎内容をやっと神室先輩が話してくれた。

 流石の俺もまだゲームが詳しいわけじゃないからな、説明要求されなくてよかったよ。

「よし海翔!コーチを呼ぶためにも基礎を身に着けよう!」

 全部の話を聞いてやる気が満ち溢れたのか、おーっと言った感じでこぶしを高く上げた。

 これに乗っかるのはキャラじゃないが、やるべきことはやるとするか。

「それじゃあ二人とも、この一週間で認められるレベルまでがんばろう!」

 美月に乗っかるように腕を掲げた先輩。

 だが俺達は先輩の言葉に石のように固まってしまった。

『今一週間って言ったのか?聞き間違えか?』

「先輩今、一週間って……」

「うん!じゃないと間に合わないからね」

 満面の笑みで言った先輩、まるでできるのが当たり前と言うようだった。

 俺達と先輩間の温度差が激しいのを感じた、美月と顔を合わせこれからやるであろう基礎練がどれ程過酷になるのかを想像し。

 それを軽く凌駕する内容が告げられたのだった。

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