1章 その3
翌日、カーテンから差し込む光に当てられ、俺は目覚ましよりも早くに目が覚めた。
時間を確認すると時計の針は6時を指し示している。
「今日は早めに出るとするか」
頭を掻きながら諦めた口調で言葉を零してしまう。目が覚めてしまったらなかなか二度寝ができないため、たとえ睡眠時間が足りなくても行動してしまう。
そういう時はだいたい授業中や部活の最中に眠くなっていた。
それで中学時代、いったい何度注意されたかわからないほど。
体のだるさを感じつつもベットから起き上がり。スマホを手に取って通知の確認をした。
「通知は特にないか」
昨日の放課後に貰った美月からの脅迫状、あれに対して一言許してくれと返事を送ったのだが、それ以降返ってきてない。
こういうときは何をしてくるかわからない、一度それで1週間は口を利かなかったことがある。
結局は美月が我慢できずに話しかけてくれたから良かったが、朝会うときは身構えておくとしよう。
とりあえず目を覚ますため、顔を洗おうと洗面所へ向かう。
向かう途中に昨日の事を考えながら。
帰り際、神室先輩に無理を言って部活に入れてもらった。
高校ではやらないと決めていたのに、あの時の俺はその意思を簡単に変えてしまった。
『まさか似ているって理由だけで行動するなんてな』
洗面所の鏡に映る自分へ何故あんな行動を取ったのかを聞きいてしまう。
鏡に映る俺の目の奥には沈めたはずの炎が微かに揺れているのが見える。
こんなのは無意味だと思い、消そうと振り払うが消えてはくれない、一度火が付いてしまったらまた俺が過ちを犯すまで消えてはくれない。
いや犯したとしても消えることは無いか、また深くに沈めて蓋をするだけだ。
その瞳に嫌悪感を覚え、見て見ぬふりをする形で顔を洗った。
何度洗おうが消えることは無く、水道代の無駄だと諦め一度睨みつけてからリビングへと向かう。
朝食を済ませるため、作り置きがあったはずの冷蔵庫を開ける。
そこには思った通りに作り置きがあった、ご丁寧なコメント付きで。
『残さずに食べてね♪』
明らかに俺の字ではないそのコメントを読んでから作り置きのシチューとパンを冷蔵庫から取り出す。
今この家には俺一人しか住んでいない、なのでこのコメントは両親のものではない。
両親に俺のわがままを聞き入れてもらい、条件付きで住まわせてもらっている。
中学の人達と同じ高校へ行くことを拒み、遠くへ行きたい俺の願いを叶えてくれた両親には感謝している。
色々と出された条件もどれも苦しいものはなかった。
ただの1つを除いてだが。
その1つと言うのが今温めているシチューを作ってくれた本人、美月を週末に迎え入れることだった。
きちんと条件を達成できるかを見定めるためらしいが、何故美月なのかは何度聞いても教えてくれなかった。
なので考えることを早々に諦め受け入れることにしたが。
「結局なんでなんだろう」
たまにこうして考える時があるけど。
そんなことを考えていると、チンっと朝食の温め終わる音が聞こえた。
できた料理をテーブルに並べ、普段は時間のある休日にしかかけない音楽をかける。
もう何度聞いたか分からない吹奏楽の曲。
俺が中学3年の時にコンクールでやった曲。
同時に俺の過ちを
リビング全体に流れる楽曲を聴き、まるで上流階級のような優雅な朝食をとる。
当の本人はと言うと、中学の頃のことを思い出して不快な気持ちになっているが。
それでも聞くのをやめない理由はある、逆になければ俺がそういう癖のある人間になってしまう。
そして直ぐにその理由が俺の耳へと届く。
「この曲、ここだけは好きなんだよな」
そう零し遠くに思いをはせながら聞くのはサックスのソロ。
優しくも力強く、芯のある音。美月のソロパート。
ここを聞くためだけに、俺は聞きたくもないこいつ等の演奏を聴いているのだ。
ソロパートを聴いたことにより気分が良くなり食が進む、1分にも満たないその時間、俺はそれで充分だった。
そうして気分の上がり下がりを繰り返し、食事が終わるころには曲も終わりを迎えた。
「準備でもするか」
食器をシンクに入れて水につけ、洗い物は帰ってから行うことにしよう。
寝室へと移動し、学校へ行く準備を始める。
今日授業で必要な物はすでにカバンに入れているため、そのほかに必要なものを準備していく。
音楽プレイヤーは昨日入れ忘れてしまい暇を持て余してしまったからな、忘れないよう先に入れておく。
その後バックの中身を確認してから制服へと着替える。
「と、その前に」
スマホを操作してとある動画を再生してから着替えを始めた。
昨日学校から帰って、寝るまでの間にかなりの数のeスポーツ動画を見ていた。
また今日の放課後から始まる部活の日々、自分で決めたことなのだから最低限の事はやっておきたい。
いわば基礎を始めるための準備と言ったところだ。
初心者で調べて出てきた動画やプロの解説、配信者たちの大会もみた。
片っ端から動画を見ていた時、まるで初めて音楽を始めたときのようなわくわく感を感じた。
そして今見ている動画は、高校生の大会の切り抜きだ。
どのチームにも神室先輩のような強さを持った人がいる、その人たちが行う試合は素人の俺が見るとプロと比べて遜色がないと思ってしまう。
見とれてしまうそんな試合、俺はついつい着替える手を止めてしまっていた。
そんな俺の意識を現実に引き戻したのは、ピンポーンと鳴った家のチャイムだった。
「……何時だと思っているんだ」
動画を止め時間を確認すると6時50分。
頭をかいていると二度目のチャイムが鳴る。その後にスマホからも開けてと連絡が来た。
「侵入される前に開けるか」
途中で止めていた着替えの手を動かし、ズボンとシャツを着て玄関にて待つ幼馴染を迎える。
「何時に来てるんだよ」
扉を開け目視する前に愚痴をぶつける。
「朝覚悟しなさいって言ってたでしょ」
自分は悪くないといった口調で言い返すのは、ジト目をした美月だった。
準備を終えた俺は、美月と共に学校へ向かって歩いていた。
「なんでこんなに早く来たんだよ」
「いや、海翔に逃げられる前に捕まえておきたかったから」
「どこにも逃げねえよ」
「なら、吹奏楽やろ!」
「それとこれとは別で」
俺の否定に頬を膨らませ、無言でにらみつけてくる。本人はそれを威嚇と思っているみたいだけど、実際はかわいいだけだ。
そんな感想は本人に言うわけもなく、無視したフリをして前を見て歩く。
美月も意味無いとわかってか早急にその顔をやめて前を向いた。
「でも吹奏楽に入らないならさ、海翔はどうするつもりなの」
その問いかけに俺は心で待ってましたと称賛をあげる。
実は昨日部活に入ることを決めてから、どのタイミングで美月に知らせようかと悩んでいたのだ。
だからこの話題は俺にとって早く出してほしかったものであり、それを朝の登校時間に出した美月には素直な称賛を渡すのだ。
「それなんだが、昨日入る部活決めたんだよ」
あらかじめ用意していた言葉を伝える。恐らく美月はなにそれと怒りを露わにすることだろう。
そうやって脳内シュミレートをしていたため、その後に美月がとった行動に俺は新たな一面を見ることができた。
「うそ」
今にも消えてしまいそうな声、しかしそんな声でも俺の耳には確かに届いた。
後ろからささやいたその声の主を見ると、驚きの顔と共にカバンを地面に落としそうになっていた。
「大丈夫か?」
この状態の美月を見て、真っ先に反論ではなく心配の声が出てしまった。
「だって、でも……え?」
俺の言ったことをいまだに理解できない様子で、今にでもショートしてしまうのではないかと思えてくる。
とりあえずは美月を落ち着かせようと声をかけるのだが、聞いている素振りがない。
何やら聞こえない声でぶつぶつと呟き始めたので、やれやれと思いつつ、美月へ近寄り両肩に手をのせる。
「いい加減目を覚ませよ」
体をゆすり意識を現実へ戻そうとした。
最初は身を任せ揺られているだけだったが、その後はっとした顔をしたので何とかこちら側へ戻すことに成功した。
「気分はどうだ?」
「肩を掴まれていい気分です」
「よし今日はもう帰れ」
そういって手を離すと冗談だと笑いながら言い俺の隣に来る。
「でも海翔、部活を決めたって本当なの?」
「本当だ」
いまだに疑っているのか、疑心に満ちた表情で俺の顔を覗いてくる美月。
そんな美月に俺は部活に入ることとなった出来事を簡単に説明した。
歩きながら説明をし、最後まで話し終えたところで、また美月が立ち止まってしまった。
またかと、頭を掻きながら美月に近づいていき、大丈夫かと声をかけながら顔を覗く。
するとそこには先ほどのようなショート寸前の理解できない顔ではなく、考え事をしている顔があった。
俺はこの顔を何度も見たことがある。何度もあるからこそわかる、美月はこの後絶対にろくなことを言わないことを。
そのため何かを話し出す前に前へ向き別の話題を美月に振ろうとする。
そして数歩歩いた時、いきなり俺の横を猛スピードで走りぬき、前に立ちふさがった。
「今度はなんだ」
今の一連の出来事ではなく、これまでの話題を含めてこの言葉を美月に伝えた。
すると当の本人は俺の意図など汲んでるとは思えない勢いで話しかける。
「私もそのゲーム部に連れてって」
「は?」
何を言い出すのかと思えば。
「連れてけって、お前ろくにゲームもしたことないだろ」
幼少期から今にかけて、美月の口からゲームの話題など聞いたこともなければ、やっているところもない、しいて言えば家族でやるパーティーゲームくらいだ。
だがゲーム部のやるゲームはもちろんそれではない、今まで音楽しかやってこなかった美月が何故ゲーム部に興味を持ったのか、理解することができなかった。
「いいから、今日の放課後行くの?」
「まあ、入部届も渡すからな」
「じゃあその時絶対に連れて行って」
強引に付いていこうと考えているようだが、俺は連れていく気などなかった。
しかし美月の目には譲らないとする確固たる意志を持った目をしていた。
「はぁ、わかったよ」
こうなってはてこでも動かないと知っているので、やむ無しに連れていくことを決める。
その後学校へ着くまでの間、美月からの質問攻めを食らうことになり、話したことは失敗だったかもと軽く後悔しながら適当に答えた。
入学してからというもの、俺には安息の昼休みと言うのが一度も訪れなかった。
美月に追い掛け回され、1年の間で軽く噂になる程に。
そんな生活を送っていたのだが、今日は違う。
入学して以来、俺は初めて昼休みの安息を手に入れることができたのだ。
「それでそのゲーム部がやるゲームってどういうの?」
隣にいる美月に捕まることによって。
数分ほど前、午前の最後の授業が終わり、今日も今日とて出待ちを覚悟してクラスを飛び出そうとしたのだが。
その前に同じクラスの人に珍しく話しかけられたのだ。
「打田君、別のクラスの子が呼んでるよ」
そう言われドアの方を見ると美月がそこに立っていた。
今までこんなことがなかったため、驚きながらも美月に近づいた。
「呼び出すなんて珍しいな」
内心何をしてくるのか身構えながら話を聞くと予想外の答えが返ってきた。
「海翔がやるゲームの事教えて」
そして現在、その誘いに乗った俺は、あまり人が寄り付かない屋上へ出る扉の前で、美月と昼食をとることにした。
「簡単に言えば、3人1組のチームで相手を倒していって最後の1チームになって優勝するゲームだ」
読んで字のごとく、本当に簡単に説明する。
「それって難しいの?」
あまり理解できていない美月に他にわかりやすいたとえを考える、どうしようかと言った感じで上を向いて考え1つのたとえを見つける。
「校内アンサンブルで一番になればいい」
自分で言って理解に苦しむ発言だと思う。そう肩を落としそうになるが。
「なる程ね!」
『どこがなる程なんだよ』
心の中でそう突っ込んでしまった。
今の俺はあからさまにバツが悪そうな表情だと思う。
「まあ、動画を見ればわかるだろう」
そういって俺はスマホを取り出し、今朝見ていた動画を美月に見せた。
「どれどれ」
そういって美月は俺に近づき、肩に寄せあう形で見始めた。
「離れろ」
「こっちの方が見やすいもん」
俺の気など知らないと言った感じで反論するので、これ以上言うのは諦めることにした。
「これってプロの動画?」
美月は少しの間静かに見た後、そう疑問を投げかけてきた。
「いや、俺たちと同じ高校生だ」
そう答えるとふーんと言いまた動画の方に視線を移した。
「どの分野でも、すごい人はいるもんだね」
美月の零したその言葉には、わずかながら諦めの感情が混じっていた。
ゲームと言う別の分野だとしても、美月はこの人たちの凄さや苦労を感覚で感じ取ったのだろう。
その域まで達することができなかった俺にとって、その言葉にどれ程の重さがあるのか、わかることができなかった。
その後動画が終わるまでの間俺たちは話すことなく、真剣に見ていた。
「とりあえずはこんな感じのゲームだな。わかったか?」
顔色を窺うように、そっと美月の顔を見ながらそう聞く。
「うん、なんとなくわかったかな」
そういった美月の顔には、何をしていたのだろうと言いたいのを我慢しているように見えた。
「もっとわかりやすい動画でも見るか」
そしてこれがどういうゲームなのかを説明いてくれる動画を見つけたのでそれを見せることに。
すると美月は、なる程と言った感じで直ぐに理解してくれた。
『最初からこれを見せればよかった』
先ほどの大会の切り抜きは何だったのかと思い、首に手を当てながら反省した。
「ねえ、さっきみたいな試合の動画、他にも見せてよ」
きらきらとした目でこちらを覗き、餌を待つ犬のような表情で動画をせがんできた。
その表情に愛らしさを感じつつ、今度はプロの試合を見せることにした。
「ねえ、海翔」
何本目かの動画を見ている時、それまでとは違った声音で話しかけてきた。
「どうした」
「朝にも聞いたけど、なんでゲーム部に入ろうと思ったの?」
「なんでか」
そんなの、美月に似ているところがあったから、何て言ったらどうかえしてくれるだろうな。
『そもそも言う気はないが』
顎に手を当て考えるフリをしながら、すでに考えついている回答を頭で反芻する。
「理由がいるか?」
こうして朝と同じく、答えになっていない回答でごまかす。
「いやね、海翔を部活に入れるなんてどんな人なのかなって」
にこやかな表情で語る美月、その裏に笑顔とは逆と言っていい感情があると感じる。そんな声音をしている。
「会ってみればわかるさ」
きっと神室先輩に会えば、そんな感情も逆にはならないだろう。
そして話の最中、唐突に昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に響いた。
「そろそろ戻るか」
「そうだね」
お互い立ち上がり付いた埃を払う。
「じゃあ、また放課後ね」
「おう、また」
高校初めての安寧の昼休みは終わりも平和的だった。
先に戻る美月を見送り俺も戻ろうとしスマホの電源を落とそうと画面を見ると次の動画に変わっていた。
内容は今一番強いをされている高校生のインタビュー動画だ。
「
ふと名前が目に留まったが、視界の端に映る時間が走らなければ間に合わない時間となっていたので、直ぐに電源を切り慌ててその場から立ち去った。
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