1章 その2

 恐怖心にかられた少女を何とか落ち着けることができ、今はお互い椅子に座って向き合っている。

 よほど怖かったのか明るくなった教室で顔を見るといまだに涙を浮かべており、さらには私物と思われるぬいぐるみを抱きかかえている状態だ。

「何とか落ち着いてくれてよかったです」

「ほんとに、びっくりした」

 叫びすぎてか声が少し枯れてしまっているみたいだ。

「とりあえず、君が悪い人じゃないってことは、わかったよ」

「理解してもらえてよかったです」

「でも!あんなこと二度とやったらだめだからね!」

「肝に銘じておきます」

 椅子に座っているのになぜか床で正座をさせられているのかと錯覚してしまう。

 それ程までにこの少女が、いや、先輩と言った方が正しいな。

 この学校では他の学校ではよくあるような色によって学年がわかれているわけではない。

 制服の胸元辺りに学年とクラスを示すピンがつけられており、それで判断することになる。

 それを踏まえこの先輩のピンには俺より一学年上を示すⅡが刻まれている。

 よってこの状況は悪いことをした後輩が先輩に怒られている状態となるわけだ。

 そしてこの先輩なのだが……。

「先ほども言った通り、暗い教室の中で急に背後に人がいたらそれはおば、不審者だと思うでしょう」

 懐かしいと思える程、後輩を叱ることに慣れている。

 懐かしいと言うよりかはトラウマとして記憶に残っているが。

 だからなのだろうな、こんなに小さくてか弱そうな先輩でも大きく見えてしまうのは。

「きちんと話を聞いていますか、ええと……」

 考えるように天井に目線を移す先輩。

 そういえば自己紹介をまだしていなかったような、したような。

「一年の打田海翔と言います」

 とりあえずは頭を下げながら自己紹介をした。

「親切にどうも、打田君」

「ありがとうございます、ええと」

 と、今度は俺が先輩の名前を知らずに困惑してしまう。そんな俺の見てすぐさま先輩の口が開く。

「あっ!ごめん自己紹介してなかったね、私は二年の神室千輪かむろちわっていうの。よろしくね」

 もう恐怖心がなくなったのかその瞳には涙はなく、椅子から立ち上がってこちらへ手を差し出している。

 髪は美月より短いショートヘア、光に反射してキラキラとしている柔らかそうなゴマ色。

 そしてこの先輩の一番の特徴だと思われるのが低身長であること。

 170後半の俺と比べるとその差は30センチ以上はあるだろう。

 しかし、そんな先輩を前にした俺は、何故だか小さいと言う印象を抱くことができなかった。

 美月と同じようなこちらを真っ直ぐととらえ、離さずどんどん吸い込まれてしまいそうな瞳。

 それと相当な自信があるのだろうと思える立ち姿。

 そんな先輩の手を、俺は直ぐに取ることはできなかった。

「あれ、握手嫌い?」

 直ぐに手を取らない俺に先輩は首を傾げ困惑する。

「いえ、そういうわけでは」

 すぐさま訂正するが、時すでに遅く。

「いいよ気にしないで、今時握手なんてしないもんね」

 そうして手を引っ込めてしまい、再びぬいぐるみを抱え椅子に座った。

「とりあえず、打田君は今幼馴染から逃げているんでしょ。それなら下校時間になるまでここにいるといいよ」

「え、いいんですか」

 先ほどの空気を切り替えるようにして言った言葉は、予想外で魅力的な提案だった。

「うんいいよ、後輩である君が困っているのなら先輩である私が助けるのは当たり前だろう」

 先ほどより自信満々に話す先輩、予想外の提案だがこの機会を逃すわけにもいかないな。

「ではお言葉に甘えて」

「ほんとに!、いや、うんそうしなよ」

 先ほどから所々本音を漏らしている様がまるで目を輝かせる犬のようだった。

「それで、ここって何の部活なんですか」

「ここの部活?うーん、打田君eスポーツは知ってる?」

「はい、一応知ってます」

 ここ数年で人気になっており、テレビやクラスの話題でよく耳にする。

「ふふ、ここはねそんなeスポーツをやる部活、人呼んでゲーム部だよ」

 堂々とそう語る先輩に対し、俺は1つの疑問が浮かび上がった。

「eスポーツ部ではないんですか?」

「うん、何か最初はゲームをやりたいで集まったからね」

 ああ、eスポーツは関係ないのか。

「なる程、この部は先輩が作ったんですか?」

「いや、ここは私のおにい、兄が作った部活だよ」

「お兄さんが?」

「うん、六年前に作ってね」

 六年前と言うとeスポーツ関連の話題を聞き始めたくらいだな、確かニュースでも見た気がする。

「そしてなんといっても、この部活は大会の優勝経験があるんだよ!」

 腰に手を当て、一番の自慢だと言わんばかりに話す。

「結構な実績ですね、となると部員も多いんですか?」

 そんな質問をしたがよくよく考えればこの部室があるのは最上階の奥の方だった。

 基本的に大きい部活程下の階にある、つまり最上階の奥の方となると。

「恥ずかしながら、今は私だけなんだ」

 少し後ろめたい感じで答えてくれた。

 そうなると先程言っていたこの部の優勝経験とは、おそらく先輩のお兄さんの時のことなのだろう。

「この階にある部活は基本的に過去の実績だけで成り立ってるからね、うちも例外じゃないの」

「増やそうとは思わないんですか」

 過去の実績と言っても優勝経験があるのだ、それを大々的に宣言すれば人も集まると思うが。

「うん、増やすことは、しなかったかな」

 今まであっていた目線を外しそう話した。

 どんな理由があるのか、それを聞くのは野暮なことだろう。

 俺と先輩との間に少しの静寂が流れる、そしてその空気を良しとしなかった先輩がまた話し出す。

「ちょっと暗くなっちゃったね、気分転換にゲームでもしようか」

 またしても直ぐに切り替えようとする先輩、パソコンの方に体を向け先ほどまでやっていたゲームを再開する。

「打田君はこのゲームやったことある?」

「少しだけなら」

 俺の返答に先ほどチャンピオンを取った時と同じような嬉しい感情を顔に出す。

「そうなの!それじゃあやってみよう!」

 そうして先ほどまで握っていたコントローラーを俺に渡してくる。

 期待に満ち嬉しい感情の表情をする先輩からの手。

「俺、そこまでうまくないですよ」

 しかしそんな手をまた直ぐに掴めなかった。

 何事に置いても基本的に長続きしないため、このゲームも文字通りに少ししかやっていない。

 更には先ほどの先輩のプレイの後にやるのは気が引けるし。

 何より俺の奥底に眠る大きな罪悪感がその手を取るのを許さなかった。

「そんなの関係ないよ、楽しくやれたらそれでいいんだからさ」

「でもそれって勝てたらの話ですよね」

 先輩の純粋な厚意を無下にしている自覚はある、それでも……。

「大丈夫、私が横で教えてあげるから」

 そういって俺にコントローラーを押し付け、パソコンの前の椅子に座らせられてしまった。

 この意志が強い感じ、どことなく美月に似ている気がし、俺はこの先輩にも勝てる気がしないと思ってしまう。

 

「操作は一通り大丈夫かな?」

 先輩は俺が座っていた椅子を隣に持ってきてそこに座り指導してくれる。

「ボタン配置だけ教えていただければ」

「それはね」

 そういって俺がコントローラを持った状態のまま教えてくれようと体を密着させて来る。

 指をさしながらあれこれ教えてくれる先輩、その教え方に小学校の部活を思いだし懐かしさを感じた。

「どう、わかったかな」

「はい、大丈夫です」

 期待の目をこちらに向けかわいらしい笑顔で聞いてくる。そこに俺の中で初めて父性と言うものを感じ取ってしまったかもしれない。

 先輩は体をどけると操作感を確かめ見てといい、画面に映る訓練場の場所を指さした。

「少し銃とか撃ってみてさ、そうしたら早速マッチに潜ろうね」

 ひとつひとつの行動に笑顔が付いてくる先輩、だからいつまでたっても頭からあいつが離れていかない。

 反芻される言葉を残しつつ横で指示してくれる話を聞き操作をする。

 少しやっていたのもあるが先輩の教え方がわかりやすく滞りなく操作を進める。

「うん!一通り大丈夫みたいだね、それじゃあいざ実践へ!」

 わくわくと期待の籠った声で開戦の合図をする。

 マッチの待機時間はあまりなく、スムーズに始まった。

 キャラの選択画面が俺のやっていた時とは変わっており、選んだキャラがどこにいるか迷ってしまったが先輩がそれに気づいたのか指をさしてくれる。

「ありがとうございます」

「増えるとわからなくなるよねぇ」

 にこやかに共感してくる先輩、それに乗せられ俺も思ったことを口にする。

「配置が換わると尚更です」

「わかる!私もこれに代わってから場所覚えるの苦労したよ」

 たははと言う笑い声が似合いそうな感じで言葉を零していた。

 その後画面が切り替わりこのマッチに集まった者たちが1つの飛行船に集まり、眼下に広がる戦場へ降りるカウントダウンとなる。

 今回この飛行船から降りるのは俺ではなく同じチームになった顔も名前も知らない野良プレイヤーだ。

 マップもやはり俺の知らない場所が多い、だからどこに降りようが気にしていないのだが、横では先輩がどこに降りるのだろうと呟きながら体を揺らしている。

 そしてカウントダウンが終了する、それと同時に俺たちを含めた複数のチームが一斉に飛び出した。

「即降りか、しかも激戦区。降りたらすぐに戦いになるよ」

 先ほどまで揺れていた先輩が嘘のように真面目な雰囲気を出し始める。

「了解です」

 直ぐに状況を把握した先輩からその後起きるであろう事象を予測して教えてくれた。

「たぶんここなら敵はいないと思うから、……うんここがいいかも」

 横で教える先輩の先ほどのにこやかな顔とは違う頼りたいと思えるそんな顔、それを横目でみて戦場に降りる。

 先輩のアドバイスの通り近くに敵は居らず、初動で戦えるほどの物資があった。

「よし、これでなら戦えるね」

 先輩の掛け声の後漁っていた建物から出て味方と合流……。

「まずいっ!」

 その声を聴いた直ぐ後、どこからともなく撃たれあっという間に画面が赤色に染まってしまう。

 そして悪あがきにも這いつくばって仲間の方へ向かうがその仲間も倒されチームは全滅。

 つまり……。

「ごめん、もっと私が回り見てたらよかったね」

 両手を合わせ俺の方に向けて謝罪をする先輩。俺は先輩が気負う必要などないと言わんばかりのフォローを入れる。

「あぁ、気にしないでください。久しぶりにやったらこうなりますよ」

「うぅ」

 頭を抱え大きく見えた先輩は何処へやらと言う程小さくなる。まるで自分の事のように凹み出した。

 まあこうなることを予想はしていた、なので先輩程悔しい感情はない。

 ここは潔く辞めて先輩に渡すとするかな。

「……やっぱり俺には」

 コントローラーを渡そうと先輩に目線を移す。

 パンッ!

 その前に、横から皮膚をたたく音が響いた。

「ごめん!私が弱気になっても仕方がないよね」

 気合を入れたのか、頬を赤くした先輩が試合を始める前より熱のこもった眼をしていた。

「次、行こうよ!」

「あ、はい」

 渡そうとしていたのだが、先輩のやる気に気圧されこちらの気持ちが負けてしまった。

 そうして次のマッチに行く。

 だが気圧されてやる気持ちで勝てるほど、このゲームは優しいものではない。

「今回は初動で戦う必要がないからね、収縮していくリングに気を付けて」

「わかりました」

 先ほどとは違う状況でもその場にあった助言をしてくれるのは助かる。

 今回はゆっくり物資を漁りながら行動すればいい。

 ……そんな余裕は初心者にはただの慢心であり、格好の的だった。

『あそこにいるのって』

「打田君!前に!」

 先輩の声と共に目の前から銃弾が飛んでくる。

 飛んできたのを理解し逃げる場所を考え行動に移す。

 それだけの行動は、俺がやられるには充分すぎる時間だった。

 その後すぐに部隊は壊滅、今回も銃を打てずに終わってしまった。

「今のは仕方がないね、大丈夫!次はいけるよ」

 そう励ましてくれる先輩に乗せられていく次の試合。

 銃を撃つことなくリングダメージで負け。

 次の試合、初動でやられ負け。

 次の試合、移動中に撃たれて負け。

 そうして何度負けたかわからないまま、ふと視界の端に入る時計はゲームを始めてから1時間経過していることを教えてくれた。

「大丈夫だよ!」

 何回も負けた中でも先輩は変わらずに励ましてくれている。

 しかし俺の耳に入る先輩の声はまた気を遣わせるような励ましだと感じてしまった。

 ……駄目だ、この思考は。

 励ましを素直に受け取ることのできなくなってしまった俯いた感覚を切り捨てこの場を去るべきだな。流石に美月も帰っただろうし。

「先輩俺もうそろ」

 その諦めの言葉を言い終わる前に勢いよく立ち上がった先輩に詰め寄られる。

「打田君、大丈夫だよ!やればやる程強くなっていってるからさ」

 体がのけぞってしまう程近づき励ます先輩。

「ですけど、やっぱ俺には」

 そういいながら手に持つコントローラーを机に置こうと腕をゆっくりと伸ばす。

「ならさ、後3回やらない?時間的にもだけどさ」

 その時コントローラーを握っている俺の手に先輩が手を重ねた、と言うより止めた。

「絶対に勝てるから」

 そして真っ直ぐとこちらを見る瞳にはどこから湧いてくるのか、俺がいまだに知らない心が見える。

 自信とか決意などではない。そうなるとわかるようなはっきりとしたもの。

 確定的にそう起こると、そうして見せると言う強い意志。

 そんな先輩の意志に、俺は再び美月の影を見た。

『俺の心は実に単純だな』

「……先輩の言葉、信じますよ」

 置こうとしていたコントローラーを体にひきつけ、もう一度この戦場へ降り立つ準備をする。

 先輩の意志は、捨てたはずのこの心を呼び起こすのには十分すぎるものだった。

「今日教えたことを思い出してみてね」

「はい」

 試合が始まるまでのわずかな時間、これで最後のように今日の総括をしてくれる。

「打田君はたぶんだけど視野が広いと思う、あとは反応できれば勝てるよ」

「わかりました」

 先輩の話に耳を傾け返事はしているが、俺の思考の大半は精神を統一するために集中していた。

 目を閉じ手に握る物へ神経を繋ぐ、それがまるで最初から体の一部だと錯覚してしまうほどに。

 体のように自由の利かないこの無機物を、俺の体と同化させる。

 まさかこんなところで部活をしていた時と同じような集中するなんて思いもよらなかった。

 それだけ今の俺はこのゲームに勝ちたいのか。

 あるいは……。

「打田君、始まったよ」

 久しぶりにやったのと、コントローラーを握り慣れていないから同じとまではいかないけど。

「了解です」

『今、ここで勝つにはこれで充分だろう』

 目を開き眼下に広がる戦場を見ると、まるでそこに俺自身がいるとすら思え、たった5秒のカウントダウンすら長く感じてしまう。

 そうして長く感じた5秒があっという間に過ぎて、俺たちを含めた複数の部隊が飛び立った。


 序盤は運がよくさらには味方にも救われて何とか切り抜けることができた。

 相変わらず敵をキルすることはできていないが、それでも横にいる先輩は思った以上に驚いており。

「初めて初動切り抜けられたじゃん!これは実質チャンピオンと言ってもいい」

 もはや親ばかみたいに喜んでいた。

 中盤での移動の最中、円まで遠く長距離移動をしなければいけなかった。

 しかしここも味方の誘導のおかげで必要最低限の戦闘で切り抜けることができた。

 それにより物資も体力も潤沢になり、これから始まる初めての最終盤に余裕をもって挑める。

「このプレイヤーすごく強いね」

 そう横で呟く先輩。俺の目ではもちろん、先輩の目から見てもこの先導してくれるプレイヤーは強いみたいだ。

「名前非表示だから、わからないのが残念だな」

 横目で飄々ひょうひょうと話している先輩を見ていたが、その目は笑っていなかった。

 そうして迎えることができた最終戦。

 残るはたったの3部隊。

 いや、あと3部隊もだな。

 先に動けば負ける、初心者の俺ですらわかるこの緊張感。

 それは最初に見た先輩の画面と同じ状態に近いのかもしれない。

 そんな先輩は落ち着かない様子でぬいぐるみがつぶれるくらいに抱きしめてただ見守ってくれている。

 この場面に入る前、先輩から貰った言葉がある。

「最終盤面、私は何も言わないで見守ることにするよ」

 そこにどういう意図があったのか今の俺では考えることはできなかったが。

「それでも、勝つって信じてるから」

 先輩の意志は受け取ることができた。

 だから先輩、そんな不安そうにしないでください。

 俺は……。

 ポーンポーン、と警報音が鳴り響き最後の収縮が始まる。

 俺たちの場所は悪くないにしろ、確実に勝てる場所でもない、誰かがやられてしまえば終わる。

 そうした緊張の中敵の部隊が動く。

 その前に今まで先導していた仲間が先陣を切った。

「えっ!」

 横から驚きの言葉が聞こえ、先輩もこの動きには予想外だったみたいだ。

 その動きにもう一人の味方が直ぐに合わせ、俺が出遅れてしまう。

 しかし、味方二人は俺や周りを気にした様子はなく次々と敵を蹂躙じゅうりんしていった。

 まるで勝つことが当たり前のように。

 それを見て直ぐに俺がいなくても勝てると思ってしまう。

『俗にいうキャリーだなこれは』

 そうして最後の一人を倒すのを見てコントローラーを下げようとし。

「まだだよ!」

 先輩の声によりまだこの戦いが終わっていない事に気が付く。

 画面に描かれている部隊数を確認すると2の数字。

 つまりどこかに逃げた奴がいる。

 味方もどこにいるか探しているが見つからない、先輩も探している様子が視界に入って来る。

「いったいどこにいるの?」

 そんな中周りが頑張って探している時に俺は、またあの感覚湧きあがった。

 確証がないのに敵の位置がわかる。

 いやそれに加えてだ。

 いつの間にか手に握るコントローラーが体と一体化していた。

 あたかも自分が振り返った動作をするように敵の場所へと視点を操作する。

「えっ!後ろ?」

 いきなり後ろを向いた俺に驚きの声をあげる先輩。

 だが俺はそこに絶対残りの敵がいると確信している。

 そうして敵の場所に振り返り銃のスコープを覗く。

 そこで最後の一人と目が合った。

「本当にいたっ!」

 先輩の声を合図に、お互いに発砲し合う。

『俺の勝ちだ』

 今までとは違った精密な射撃により、先に体力を削りきったのは俺の方だった。

 そして画面中央にでかでかと映し出されるチャンピオンの文字。

『終わったか』

 そこで俺は集中を解き、画面の中からゲーム部の教室へと意識を戻す。

 見返せばただキャリーして終わったが、まあ勝てただけ良しとしよう。

『まさか、3回のうちの1回目で勝てるとは思わなかったけど』

 来た味方に感謝しながつけていたイヤホンを外す。

 と同時だった。

「海翔くん!!」

「うぐっ」

 勢いよく突っ込んできた先輩の衝撃を受けるのは。

「勝った勝った!しかもラストキル!すごいよ海翔君!!」

 俺の事なのに、自分が勝った時より喜んでいるよ。

「先輩落ち着いてください」

「ごめん無理、だってすごい嬉しいんだもん」

 先ほどまでつぶされていたぬいぐるみが俺に差し替えて喜びを表現する。

 そうやって喜ぶ先輩の顔は今日見た中で一番の笑顔だった。

『俺が勝つとこんな笑顔を見せてくれるんだな』

 それならと。

 つぶされそうになりながらも、喜ぶ先輩をよそに俺は1つの決断をした。


 首当たりの痛みに耐えながら何とか先輩の興奮を抑えることができたが、その時にはもう下校時間となっていた。

「打田君、今日は良いもの見せてくれてありがとうね」

「こちらこそ匿ってくれてありがとうございました」

 途中自分が逃げている見であったことを忘れていたが、その後に来た美月からの連絡で思い出すことができた。

「明日の朝、覚悟しなさいよ」

 一瞬どうやって休もうか、本気で考えてしまったが。

 まあそうしたらどうなるかなど火を見るより明らかなのでしない。

 とにかく明日の事は明日の俺に任せるとし、今は使わせてもらった教室を先輩と二人で掃除している。

「よしこれくらいでいいよ」

 軽い掃き掃除をして終了、狭い教室だから直ぐに終わったしまった。

「私は鍵返さなきゃだから、打田君は先に帰っていいよ」

「わかりました」

 帰るためのカバンを持ち、教室から出ようと扉へ歩いていく。

 そうして扉の前に行ったところで立ち止まり。先輩の方へ体を向ける。

「先輩今日は本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げながら改めてお礼を言う。

「いいよ、何なら私の方が楽しませてもらったからね」

 帰り支度をしながら返答する先輩。

 そんな先輩の背中めがけて、振り返った本当の目的を話す。

「それで、先輩」

「ん?まだ何かある」

「俺をこの部に入れてもらえませんか?」

 俺の言葉を聞き先輩はグリンと音がなる程の勢いで顔をこちらへ向ける。

 そうこれが俺の決断。

「え、どうして」

 困惑した顔で話す先輩に対し、俺は少しばかりずるをする。

「だめですか」

 困ったかのような表情をし、相手に同情を与える行為。

「いやその、ちょっと驚いただけで、その」

 もじもじとしながらどうしようかと頭を抱える先輩。

 その間にも俺は、まるで捨てられている子犬ような気持で先輩を見ていた。

 はっきり言ってなんで先輩が部員を増やしたくないのか理由は知らない、それでも俺はこの部活に入りたいと思ってしまったのだ。

「う~、わかった、今日はもう遅いから明日入部届を思ってきて」

 根負けした先輩が渋々と言った感じで了承してくれた、だけど、再び背を見せる直前先輩が笑っていたかのような気がした。

「ありがとうございます」

「うん、それじゃあ明日」

「はい、それでは明日」

 頭を下げて挨拶し、その後ドアを出て近くの階段まで歩き足を止めた。

 壁に背中を預けた後心の中で先輩に本音を伝える。

『すみません、先輩』

 この薄汚い決意を聞き入れてくれた先輩に対する謝罪を。

 その後ゲーム部の方からドアが開く音がしたため、俺は帰路に就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る