1章 第1話
公立上川高校に入学してから早数日の休み時間。
クラスではすでに仲のいいグループが複数でき、みな和気あいあいと過ごしている。
ほとんどが同じ中学からの付き合いでできているグループのため、早々にグループができることに違和感はない。
むしろ違和感があるとするなら、一人で時間をつぶしている
入学して以来挨拶はするがそれ以外の会話がほぼなく、そのためクラスでは一人でいる時間の方が多い。
そしてだいたい時間をつぶすときは音楽を聴いているため、わざわざ用のない人は話しかけては来ない。
そのような状況だが、はっきり言って人と深く関わりたくない俺としては願ったり叶ったりだ。
しかし今日はその時間をつぶすための手段がない。いつも聞いている音楽プレイヤーを忘れてしまったため、頬杖を付き勝手に入ってくるクラスの話題を聞くほかなかった。
『今日の放課後暇?』
『この配信見たかよ』
『さっきの授業でさ……』
会話は尽きることなく耳に入ってくる、様々な話題で盛り上がっているためどんどんと声量も大きくなっていく。
そのため一番大きなグループがクラス全体に響き渡るような声を出すのは自然の事で、その話題に引っ張られてしまうのも自然なことだ。
『ねえねえ、どの部活はいるの?』
この声を皮切りにクラス全体が部活の話題に変わっていく。
今週から始まる部活勧誘週間ため、この話題が出るのは不思議なことではなかった。
野球や軽音など王道系の部活、弓道や科学部など少しマニアックな部活、そして新しく部活を作る。
そんな三者三様の意見が飛び交っている。
その意見の中他所ではあまり聞かないものがある。
新しく部活を作るなど他の高校が聞いたら驚くようなことだが、この学校では別に珍しいものでもない。
生徒の自主性を重んじる校風のため、何か新しく始めたい気持ちとそれを行うメンバーさえいれば新しい部活を作るのは簡単なのだ。
そのためこの学校では全国と比べても部活の数が断トツで多いわけだ。
この自由過ぎる学校だが規則はしっかりしており、破れば相応の罰を受けることになる。
なので生徒はこの規則と罰を受け入れた上で部活を作ることになる。
この部活の話題により、俺もどの部活に入ろうかと考える……。
と、そんなことは一切なかった。
すでに部活を決めているわけではない、事前に目を通した部活に入りたいと思うものはなかったからだ。
しいて言うのであれば俺は帰宅部になるつもりだ。
この部活マンモス校に置いて部活に入らないだなんて者、はっきり言って俺くらいであろう。それくらいここに入る生徒は部活目的が多い。
小中学校の時は俺も部活に入っていたが、今では入る動機も活力も無くなってしまっている。
俺はこの学校で悠々自適に一人で過ごす。
そう考えているのだが。
その時次の授業を知らせるチャイムが鳴り響く、先ほどまで話していた生徒たちはみな自分の席に戻り授業の道具を出す。
チャイムは始まりと終わりを告げるもの、つまりこれをあと5回聞くと昼休みとなる訳だ。
昼休みは本来であれば嬉しい時間帯のはずだ、しかし今の俺にとってはただの悩みの時間になっている。
それが近づいているとわからせられるこの音を聞くのはとても憂鬱なものだ。
チャイムが鳴り終わると同時に教室に入って来る先生、それを合図にクラスには号令が響いた。
午前中の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
まだ始まったばかりなのか授業は中学のおさらいだけで終わった。
終わり際先生が次から教科書の内容をやるから予習しておくようにと言っていたが、果たしてどれ程の生徒がそれを守るのか。
とにかくクラスは待ちに待った昼休みとなり、ある者たちは昼ご飯を持ち合って集まり、ある者は号令が終わるのと同時に走って購買へと向かった。
昼休み以上に楽しい声が響く中、俺は今朝買ったパンと飲み物を手に逃げるようにしてクラスから出ようとする。
幸いドアは開けてくれたのでありがたくそこから出る。
廊下へ出ると他のクラスの生徒も多くおり俺はその中へ紛れ込もうとした、そんな瞬間だった。
「海翔!」
そう意気揚々と俺の名前を呼ぶ声が背後から聞こえる。
この学校において俺の名前を呼ぶのが誰かなんて決まっている。
俺は確かにクラスでは一人でいることが多いが、ひとたびこうしてクラスを出ると必ず絡んでくるのがいる。
「聞こえてるなら無視しないでよ」
今こうして俺の顔を覗き込む、幼馴染の
俺の事を覗き込むその瞳は見る人を吸い込みどこまでもその魅力に落ちてしまう程綺麗な黒。
艶やかな茶色い髪は1つに結われており動くたびに元気に揺れている。
身長は平均よりやや小さいがすらっとした足とスタイルの良さから隣に立ってから小さいことを実感する。
そんな美月を表すとするなら天真爛漫。この一言に限る。
今まであってきた人の中でこの言葉が似あうのを美月以外に見たことがない。
幼いころから家が近くで親同士も仲がいい、そのため俺たちが仲良くなるのは自然なことで。
こうして同じ中学のやつがいない高校へ一緒に通うほどには腐れ縁となっている。
美月は誰からでも愛されるような奴だ、それが真逆と言っていい俺に昼休みのたび会いに来ている。
「何の用だ」
要件なんて言わなくても知っている。逆にこれ以外の要件を俺は知らないほどに。
「そんなの決まってるでしょ、吹奏楽やろう」
「断る」
そういってからその場から逃げるように歩き出した。
「そういわないでさ、小中もやってたんだから高校でもやろうよ」
「何回も言うがやる気がないんだ」
少しずつ歩くスピードを上げていき美月との距離を話していく。
「またそういって、それなら……」
その言葉を聞き、少しずつだったスピードを一気に上げ。
「いいと言うまで誘ってやる!」
怒られないスピードで逃げ始める。
美月もそんな俺を逃がさないよう追いかけてくる。
これが入学した次の日から始まった俺と美月の習慣だった。
そもそもこの学校には吹奏楽部が存在しない。
理由は単純で、周りの高校が吹奏楽の強豪校になっているからだ。
なので吹奏楽がやりたいのなら他の高校へ行くし、この学校に来て音楽をやるのなら軽音部が最適なわけだ。
なのにも関わらずわざわざこの学校に来てまで吹奏楽をやりたいと言ってくる美月が最近の悩みと言うわけだ。
「何回も言うがなんでこの学校に入ったんだ」
「だから海翔がここに決めたからだって」
冗談に聞こえるようなこれを何回も聞いた。
それが冗談で言ってるわけではないことくらい知っている。
それでも俺は美月と音楽をやる資格がない。
だからこうして毎日逃げているわけだ。
何とか美月を振り切り急いで昼食を済ませる、悠長に食べていては直ぐに見つかってしまうから。
「海翔みーつけたっ!」
捕まえようとする美月の腕を躱し、また逃げる。
「いい加減に諦めてよ!」
「そっちが諦めてくれ」
逃げて隠れて食べて見つかり逃げる。
そんなことをずっとやっているせいで同学年から噂をされるんだよな。
もしかしてクラスの人が話しかけないのはこれのせいか?
兎に角今は逃げることに専念しなければ、このパンを時間内に食べきることができなくなってしまう。
そうして食べ終えるころには昼休みも終わりの時間となり、追いかけっこが終了する。
「いい、放課後は絶対に逃げないでよね」
去り際に放課後もまたやる宣言をされてしまい、今日もまた安寧の放課後は訪れない。
「どうして俺なんだろうな」
そう言葉を零してしまうほどにやるせない気持ちとなってしまうのもいつもの事だった。
一つまた一つと放課後に近づくチャイムは鳴り響いていく。聞くたびに授業の内容は頭から零れ落ち、今回はどうやって逃げようかと作戦を考える。
そうして気づけば最後のチャイムが鳴り、その日の授業が全て終わる。
クラスメイトはやっと授業が終わった高揚感とこれから始まる放課後により浮足立っていた。
こっちとしては、これから始まる追いかけっこの第二弾を考えると到底同じ気持ちにはなれそうにない。
ホームルームで軽く担任の先生が話し、それを終えると皆足早に教室から出ていった。
ある者は部活見学、ある者はすでに入っている部活へ。
そんな中俺もこの流れに身を任せ教室を飛び出す、この中でなら逃げられると一ミリも思わずに。
「かいとくん。どこに行こうとしてるの?」
案の定すでに待ち伏せされていた美月に見つかってしまった。
「どこにって、もちろん帰るつもりだが」
もちろんこれは嘘だ。前に一度美月を校内で振り切った後家に帰ったのだが、その後インターホンを連打され合鍵で侵入されたことがある。
その時は恐怖を感じてしまったが、泣きそうな顔の美月を見て勝手に帰るのだけはしないように決めている。
「そうなったらまた入っていくから」
合鍵をちらつかせ、むすっとした表情で答える。
「また泣かれでもしたら困るからやらないよ」
「なっ!泣いてないから!」
事実を言われ動揺したみたいだな、そうしてできた隙は見逃すわけもなく。
「じゃあな、もし捕まえられたら話くらい聞いてやる」
その場から立ち去り、また人ごみに隠れて逃げ出した。
「海翔ずるっ!待ちなさいよ!」
こうして本日二回目の追いかけっこの火ぶたを切った。
放課後の追いかけっことなると逃げるのに使う場所が昼休みよりも多くなる。
ある日は本校舎とは離れている部室棟をを使い逃げ、またある日は広い敷地面積を持つ外を使って逃げた。
前者は使っていない教室などに隠れることはできるが、それは開いていたらの話でほとんど運頼みになってしまう。
後者は広い敷地を利用してやり過ごすことはできるが、その分体力が持っていかれてしまう。
いくら持久力が他の人よりあるからと言っても相手から逃げることを考えながらだと、体力はそう長く続かなかった。
それらを加味したうえで今回逃げる場所だが、それはもう決めている。
本校舎の上の階、主に文化部などが使っている階層だ。
授業中先生の話など聞かずに考えた場所。
こちらも基本的には開いている教室頼みの運ゲーだが、やはり開いている教室に逃げ込めるのはかなりの優位性がある。
更に部活階層は部室棟よりも範囲が狭いため、多少見つかりやすいリスクはあるものの体力を温存できる。
体力さえあれば美月から逃げる作戦はいくらでも思いつくことができるからな。
……と、そんな意気込みで選んだわけで、実際どうなるかなんてやってみなければわからないわけだ。
「クソ、どこも開いてねえじゃん」
思ったより開いている教室って見つからないものだな。
「やっぱりここか海翔!」
「まだ捕まるかよ」
当初の作戦とは違うが複数ある階段を使い、いまだ捕まることなく何とか美月から逃げ続けている。
何度か俺の行動を読んでの先回りをされてしまったが、それもなんとか回避してるわけだ。
「どこに行ったのよ」
「行ったか」
こうやって振り切るたびに息を整えているが。これ階段を上り下りする分外よりも体力を使うかもしれない。
早急に開いている教室を探さなければばててしまう。
「まだ、一番上は確認してなかったな」
しかし一番上は逃げ場が少ない、もし空き教室を見つけられなかった場合、捕まるリスクが相当高くなってしまう。
「それでも、やってみる価値はあるかもな」
もし見つからなければまた作戦を立てればいい話だ。
そうして一番上の階へと足を踏み入れる。
ここは部員の少ない小さな部活が主に使っている階なためか、静かで足音もよく聞こえる。
「いち早く見つけなければ」
そうして自分の判断能力が低下していたことなんて気づかないほど疲れてしまっていた俺は一つミスをしてしまった。
奥の方は基本的に逃げ場が少ないため行かないようにしていたのだが、気づけば奥まで来てしまった。
更に階段から足音も聞こえてくる、それが美月のものじゃなければよかったのだが、十中八九美月だろう。
今鉢合わせてしまえば逃げきる体力などないため恐らく捕まってしまう。
残された道は開いている教室をこの場で見つけるほか考えられない。
上って来る足音から逃げつつ、静かに鍵がかかっていない教室を確認していく。
開いていないドアに当たるたび焦りそうにもなるがそれを抑え込む。
足音的に確認できてもあと二つが限界だろう。
後ろを確認しながら万が一見つからなかった時の逃走ルートを考えつつ一つ目のドアに手をかける。
『ここも外れか』
無情にも鍵を閉められており残り一か所に託すしかなくなる。
あとはどこの教室を選ぶか……。
この時のこれが初めてだった。
一切の確証はないが、なぜかここならいけるという感覚。
感と言ってしまえば簡単だが、これは何かに導かれるような、そんなおとぎ話のようものだと思う。
ドアの前に立ち悠長に手をかける。見つかってしまう焦りなどは一切ない。
そうして自然に開いたのではと感じるほどスムーズだった。
「海翔!いるんでしょう!」
と、そこで階段から美月の声が聞こえ我に返る。
ひとまずこの開けたドアに入らなければと思い、静かにそして素早く中に入りドアを閉めた。
「海翔!」
ドアを閉めたのと同時に美月も上がってきたのだろう、同じ階から俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
ドアに張り付いたまま美月が通り過ぎるのを待つ。
「おかしいな、ここにいると思ってたんだけど、感覚おかしくなった?」
『俺を探すのに特化した感覚とか、なんだよそれ』
少ししてもう別の場所にいると考えたのか階段を下りていく音が聞こえる。
「何とか逃げ切れたな」
そうやって今回の追いかけっこは終わったからと安堵したためか、狭くなっていた視野が広がる。
この教室は無人だと思っていた、開けた扉からは光など出てこなかったのだから。
見るとこの教室は遮光性のいいカーテンをつけているためか外からの光はなく、だからと言って部屋の電気をつけているわけでもない。
だがこの教室に暗いと言う印象を抱くことは無かった。
見ると滑らかに色が変わっていき聞いた話では数千万色の光を放つと言う箱。
その隣には大きなモニターが置いてある。
それらの放つ光によりそんな印象は抱かない。
画面に映し出されていたのは俺も少しはやったことがあるFPSだった。
見たところ最終盤の戦いをしているようだった。
一目でわかる程うまいプレーにこの試合の行く末だけ見ようと眺める。
状況としては辛そうに見える場面、もしかしたら負けてしまうと思ったが、それは直ぐに覆されることになる。
攻めの起点を作り瞬く間に相手を蹂躙する。
一人、また一人と倒し、あっという間に最後を倒し終え画面には勝利を告げるチャンピオンの文字がでかでかと映し出された。
そのプレイはまるで勝つのが当たり前だと考えるような人がするものだ。
そう思い椅子の後ろからプレイヤーを覗く。
「っ!」
驚き思わず声を出しそうになってしまう。
モニターの光に照らされあのようなプレイをしていたのは小さな少女だった。
しかもその少女は勝つことができたのが嬉しかったのかこぶしを力強く握っていた。
そしてそんな彼女の横顔は嬉しさをまだ抑えきれておらず、それを笑顔に変えて喜んでいた。
そんな顔を見たからなのか……。
『かいと、すごい!』
不意に昔の事を思い出してしまったのは。
思い出と共に息を飲みこみ教室から出ようとする、だがそんな意志を無視して俺の体はその場から動こうとはしなかった。
そうなる程この少女の笑顔を見たいと思ってしまったのか。
そうして動けずにただ目を奪われていると、不意に少女がヘッドホンを外した。
そして椅子を回転させこちらへ振り返る。
当たらないように避けることはできたが、少女と目を合わせるのを避けることはできなかった。
恐らく今の俺は下側から照らされている状態にあると思う。
そして少女からすればいきなり後ろに立たれていたことになるわけで。
「っ!!」
目を丸くし声が一瞬詰まったその口から、まるで事件でも起きたかのような悲鳴を聞くことになるのは自然なことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます