第13話 対等な友達という不思議
「……え?」
絶句した僕に、カミラは淡々と続けた。
「私は
「ご、ごめんよ……そんなつもりじゃなかったんだ……」
僕はしおしおと項垂れて、カミラに謝罪した。
「僕は、君に喜んで欲しかっただけなんだよ」
「子分が欲しいのではなく、友達が欲しいのならば、そのアプローチ方法は変えた方が良いと思いますよ」
呆れを隠そうともせず、カミラは僕をチラリと見て端的に僕のやり方は間違っていると告げた。そして話は終わったとばかりに教科書に目線を戻したのだ。
なんと驚くべきことに、
そりゃそうだろう。
「男爵家の五女が、公爵家の嫡男に何を……」
「あのコーリー様に対してなんてことを」
「あの人を怒らせたら、学校が吹き飛ぶのでは……」
そんな、彼らの心の声が聞こえてきた。うっかり口から漏れてしまったのだろうね、周りの連中が慌てて口を押さえていたよ。
彼らは僕が怒り出し、そして生徒諸共教室を破壊するのではないかと恐れていたのだろう。
だが、僕はもちろんそんな愚行は犯さなかった。
そもそも僕は腹を立ててなんかいなかったから、怒声の代わりに弾んだ声で尋ねたのだ。
「わかった。じゃあ、どうすれば君と仲良くなれるのか、教えてくれるかい?」
「へ?」
そうくるとは思わなかったのだろう。僕が満面の笑みでカミラを見ると、彼女は意表をつかれたようで、普段の冷たさの抜けた、年相応の間抜けな表情を浮かべていた。
「え!?えっと……えー、あー、まぁ、お喋りとか?」
「わかった!」
「え゛っ」
首を傾げて答えを絞り出したカミラに、僕は元気よく首肯した。
カミラは明らかに「しまった、余計なことを言った」と言うような顔をしていたけれど、僕は構わず無邪気に宣言したのだ。
「じゃあこれから毎日、たくさんお喋りしよう!」
と。
今思い返しても、男爵家の娘が、公爵家の嫡男によくもまぁあんな口を聞いたものだと思う。
学園内では身分による差別は認めない、というのはもちろん綺麗事の建前で、実際の学園は、差別も区別もバリバリの場所だ。彼女がそれを超えられるのは、彼女自身が首席入学者、つまりは
カミラの考え方は僕にとって不思議だった。
友達とは対等なものだと、どちらかが優位に立っていたり、強者であるべきではないのだと、カミラは確信していた。
まるで幼児が読む絵本のような道徳感を貫く彼女を、最初は理解できなかった。世の中に平等なんてあり得ないのに、対等なんて不可能だと、そう思っていたのだ。
けれどカミラは、その後も決して態度を変えなかった。僕に一言頼めば、いや、ポロリと零せば何も頼まなくても解決するような些細な問題……研究室の合宿費だとか、新しい実験道具が欲しいだとか、参考書を買いたいだとか、流行りの店で話題のスイーツが食べたいだとか、そんなことも、全てカミラは自力で解決した。教授のお手伝いという名のアルバイトだとか、あらゆる学会発表で新人賞を取って賞金稼ぎをするだとか。そういう普通とはかけ離れた方法で、カミラは己のお小遣いを稼ぎ、
その
彼女の認識を、遥かに超えて。
「留学!?」
「ええ、アッサー教授の母国への留学の話が出ているの。学費だけじゃなくて生活費も研究費も全部出してもらえるんですって。良い話だと思わない?」
「へ、へぇ……それはそれは……」
「ま、家族と三年は離れ離れになっちゃうから、ちょっと躊躇うんだけどねぇ」
「へぇ〜」
カミラがそう言いつつも、若干乗り気であるのを察して、僕は慌てて王家に直通の紙烏を飛ばした。その夜には王家からも紙烏で返信が来て、『
よく分かったな。
カミラが行くなら僕も行こうかな、と今ちょうど思っていたところだ。
だがまぁ僕も、隣国の武器大好き戦闘最高、みたいな風潮は嫌いなのだ。カミラという叡智の塊みたいな人、彼の国には勿体無い。
だがカミラは特別扱いを嫌う人だ。彼女だけの待遇を改善するのは悪手だろう。
「さて、何が一番良いかなぁ。……そうだ」
僕は思いつきをいくつか紙にさらさらと書きつけた。それを烏にしてまた飛ばす。
「これでよし」
期限は明日と書いておいたから、今夜王宮は眠らず働いてくれるだろう。そしてきっと明日には愉快な告知が行われると期待して、僕はそのまま眠りについた。
「ねぇコーリー!これ素敵だと思わない!?」
「ん?へぇ、若手研究者への研究費支援か」
「そう!生活費と研究費の支援ですって!」
はしゃぐカミラは、僕に「申請書」と書かれている一枚の紙切れを見せてくれた。
「しかも!学会発表が五回以上と、一定レベル以上の雑誌に筆頭著者の論文が三つ、……つまりある程度の業績があれば、って条件付きだけれど、学園内に個人の研究スペースを与えてくれて、個人に研究費も貰えるの!成果次第では増額もありよ!」
普通ならそのレベルに達する頃には「若手」ではなくなっているから、ほとんど不可能な条件だ。けれど、カミラは
「あー!燃えてきたわ!もうすぐもう一本論文が仕上がるから、それで条件を達成したら即申請するわ!」
どうやら王家は相当頑張ってくれたらしい。昨日の今日でここまで形をととのえて、実際に
ほとんど鋳型は僕が作ったから、あとは承認するだけだったと思うけどね。まぁでも、みんな寝ずにハンコ押してあちこちに書類を持って行って、せっせと紙切れを刷ったのだろう。仕事が遅い彼らにしては上出来である。
「すごいやカミラ、頑張って!」
目をキラキラとさせたカミラが、「まったくもう」と呟いて、いつものように呆れ顔で笑った。
「あなたもだらだらしていないで、さっさと論文書きなさいよ」
腰に手を当てて「めっ」と幼児を叱るような顔をするカミラに、僕は顔を緩ませて舌を出す。まるで庶民の家の、甘い姉に甘える弟のように。
「あはは、だってさぁ」
ぽりぽりと頬を掻きながら、僕は柔らかな時間に甘えて、目を細めて我儘を口にする。
「研究や発明は楽しいけど、書くの面倒なんだよねぇ」
「そういうところが研究者としてダメなのよねぇあなた」
もはや、あまりにも僕は飛び抜けすぎていて、諫めてくれる相手も、叱ってくれる相手も随分前からいなかった。だから、僕にはカミラの叱責やお小言がとても嬉しくて。
「あはは、ごめんってば」
怒られたくて、つい何度も同じことを繰り返していた。だから僕のことを、カミラはとんでもなくポンコツだと信じている。僕がポンコツだというのは確かに間違いでもないのだけれど、実際、そのうちの一部は僕のピュアな甘えであった。まぁ、そのことすら、カミラには見抜かれていたような気もするけれど。
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