第12話 初めての友達
「カミラ、機嫌がいいね」
「あら、コーリー」
カミラは次第に打ち解けて、僕のことも呼び捨てで呼んでくれるようになった。カミラに気安く名前を呼ばれるたび、まるで精神空間で光魔法を使った時のように、僕の胸の中にパッと光の玉が跳ねる。ピカピカと跳ね回り、あちらこちらに衝突しながら僕の思考を明るくしていくのだ。
「何かいい事でもあったの?」
「ふふ、別に。実家から手紙が来ただけよ。誕生日のお祝いを送ってくれたらしいわ」
それだけ、と言いながらも、カミラの目は嬉しそうに緩んでいるし、頬も綻んでいる。
「そうか、よかったね!」
僕は感情を読み取ることはもともと得意だ。けれど、僕はカミラに関しては、その原因まで理解できるようになっていた。
カミラは誕生日が来ることも、それを祝ってもらうことも好きで、嬉しいのだ。
つまり僕がカミラをお祝いしたら……きっと、もっともっと喜んでくれるに違いない!
「誕生日のパーティーはするのかい?どこを貸し切る?ぜひお祝いに行くよ!」
「あははは!しないわよ、するわけないでしょ!」
「え?なんで?」
けれど僕がウキウキと提案したら、カミラは大爆笑しながら否定した。
「普通そんなパーティーしないの!田舎じゃどっか貸し切ってパーティー開くなんて結婚式の時くらいよ」
「へぇ、そうなのか」
カミラが呆れた顔で笑っている。
カミラはよく僕に「呆れたわ」と言うし、表情にも出す。けれど僕はそれが嫌ではない。
嫌悪や苛立ちや畏怖ではなく、彼女のそれは純粋な「呆れ」だけだから。
「じゃあカミラ達は何するの?」
「まぁ、家によって違うと思うけど、我が家の場合はねー」
「うん」
僕は真面目にカミラの話を聞く。
カミラはどれほど呆れても、僕を見捨てないし見放さない。僕が尋ねれば、きちんと説明してくれるのだ。彼女の声や瞳は、いつも嘲弄や侮蔑ではなく、穏やかな優しさを孕んでいる。
「ふふ、私たちはね、家で誕生日会をするの。王都のお金持ちの人からしたらびっくりするくらいお粗末なものだけれど、とっても楽しいのよ。……まぁ、学園にいる間は、私が王都にいるから無理だけどね」
今年は誕生日会が出来ない、と言った時、少しだけカミラが寂しそうだったから、僕は勇んで手を挙げた。
「あ、じゃあ僕がしてあげるよ!君の誕生日会!」
「ええっ!?……あははっ、ありがとう」
カミラは驚いて目を丸くしたあと、嬉しそうに破顔した。けれどカミラは、少し考えを巡らせた後、さっきと同じ顔で苦笑して首を振った。
「ふふっ、でも遠慮しておくわ。コーリーに任せたら大変なことになりそうだもの。とんでもない規模とか、とんでもないお金がかかってるとか」
「そんなぁ。僕も気をつけるのに」
「コーリーの基準で気をつけていても、私には目ん玉が飛び出るようなことになりかねないから、ありがたいけど遠慮しておくわ」
せっかく張り切ったのに、と僕は肩を落とす。この一瞬で、借りる会場から手配する料理やスイーツ、あらゆる方面に思考をめぐらせたのに。
「無念だ……」
「ふふ、仕方ないわねぇ」
明らかに落ち込んだ僕を見て、カミラは困ったように呟いてから、ニコッと悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、どこかのケーキ屋さんでケーキセットでも奢ってちょうだい。それなら私でもお返しできるから」
「わ!もちろんだよ!やったぁ!」
「私じゃ返せないようなものにしないでね?」
「……うん、わかったよ」
釘を刺してくるカミラに、僕は少しだけ残念な気持ちになりながらも頷く。たしかに僕が今思い描いていた「ケーキセットの奢り」は、カミラの財力と権力では出来ないことだった。もう少しお金や家の力がなくても出来るサプライズに変更しよう。
「僕の誕生日にも誕生日会してくれるの?」
「あなたの誕生日は公爵家の大々的なホンモノのパーティーがあるんでしょ?誕生日会なんてつまらないんじゃない?」
「いるよ!して欲しい!」
僕がワクワクしながら問いかけると、カミラは困った顔で首を傾げた。
「誕生日会、してあげたいけれど……私は寮に暮らしているから、飾りつけする会場も用意できないわ。うーん……教授にお願いして、研究室を飾りつけたりしても良いのかしら?」
懸命に考えてくれるカミラを見ていたら胸がドキドキしてきた。心の中で光がポコポコと跳ね回っている。
公爵家の長男と男爵家の五女という、全然違う土俵に立ちながらも、僕と対等であろうと、
「あはは!アッサー教授なら良いよって言ってくれそうだけれど、僕はカミラと二人がいいなぁ。教授うるさいし」
「あなた、相変わらず本当に失礼よ。だから教授もチクチク言いたくなるのよ?」
お小言を口にしながらも、カミラは僕の誕生日を祝う方法を考えてくれている。目の動きが思索に耽っている時と同じだから。
「僕がカミラをお祝いする時とおんなじが良いな!」
カミラが僕のために悩んでくれるのは嬉しいが、困らせるのは僕の本意ではない。僕は満面の笑みでカミラにおねだりした。
「
「……そうね。じゃあその時は、学校帰りにケーキ屋さん行きましょう。奢ってあげる」
「やった!」
両手を上げて、僕は幼児のようにはしゃぐ。大袈裟だとカミラは苦笑しているが、ちっとも大袈裟ではない。今すぐ身体中からぽんぽん光の魔力を発射したいくらい僕は大喜びなのだ。
誰かにお祝いの贈り物をして、誰かからお祝いの贈り物をもらう。
そんなことがこんなに愉快で心弾むものだとは、僕は知らなかった。これが対等な友達というものなのか、僕以外のみんなはこんな素敵な人間関係を持っていたのかと思うと、僕は体が震えてしまいそうだ。
僕は最初、カミラのことがとても気に入ったから、いろんなものをあげようとした。そうすれば人は喜ぶものだと、僕が貧弱な対人経験から学んでいたからだ。
普通の人では手に入らない物品、人脈、経験、知恵、武器。
僕は大体のものが与えられた。
王家に頼まれて付き添った王太子の魔物討伐の初陣では、己の力量を弁えず、敵の力量を計りかねて、うっかり死にかけた王太子。彼には、属性に合わせて攻撃力が十倍になる滅雷の剣をその場で錬成してやった。その時は真っ青な顔の王太子に、泣かんばかりに感謝された。
森の隠者と呼ばれる大魔法使いとのコネクションを熱望していた、人脈作りオタクの宰相の息子。彼には、大魔法使いが好きな春画本のシリーズと、彼に連絡が出来る
自分より強い相手との終わらぬ戦いを渇望していた騎士団長の脳筋息子。彼には、持たせた武器の所有者の能力を複製できる土人形の兵士を作ってやった。脳筋馬鹿は歓喜の絶叫をしあげながら、感涙していた。ちなみにこれを使った時は、真っ青になった王家の遣いと両親に詰め寄られたが、その土人形は脳筋息子にしか攻撃しないし、回数と時間の制限もあるから大丈夫だ。あれ以来、余計な詮索をされるのが面倒で、攻撃力のある魔法具は使っていない。
……まぁそんなことはどうでも良い。
とにかく、カミラにも何か望むモノを与えてやれば喜ぶと思ったのだ。
けれど、何か欲しいものはないかと尋ねた僕に、カミラは心底不快そうに言い放ったのだ。
「あなた、何様のつもりですか?」
と。
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