第14話 いわゆる普通の家族
カミラは家族の話をよくしていた。
「一番上の姉のところに、三人目が生まれたの」
「へぇ、カミラはもう叔母さんなんだね」
「随分前から叔母さんよ?一番上の子は四歳でね、『カミラおばちゃんは可愛いから、おばちゃんじゃなくておねえちゃんよ!』て言ってくれるの。可愛いわー、私にお金があったらなんでも買ってあげちゃいそう」
「そうなんだぁ」
蕩けるような顔で姪っ子について語るカミラは可愛かった。けれどカミラに見惚れていた僕は、続く言葉にコテンと首を傾げた。
「だからお金がなくてよかったーていつも思うの」
「そうなんだ?」
その価値観はよく分からない。
「だってなんでも買ってあげるなんて、教育に良くないでしょう?」
「そうなの?僕は何か欲しいと思ったことがないからなぁ」
カミラの言っている意味がよくわからなくて、僕はさらに深く首を傾げた。欲しいものは全て手に入る方が良いに決まっているのでは?と思ったのだ。手に入るのならば手に入れれば良いのに、と。だがカミラは、そんな世間知らずで愚かな僕の発言も笑わず、納得したように頷いた。
「なんでも持っているものねぇ。公爵家くらいになれば、それが正しい在り方なんじゃない?公爵様が十年チマチマお小遣いをためて高級釣竿を買ってたりしたら、領民が嘆くかも」
「そうかなあ?よくわからないや」
「分からなくていいわ、あなたは
そうあっさりと割り切って、カミラはケラケラと明るく笑う。卑下でも卑屈でもなく、謙遜でも自虐でもなく、単なる事実として。
「でも男爵家は従兄弟が継ぐことになってるし、姪っ子たちは将来平民になる可能性も高いから、あまり物が手に入るのが当たり前にならない方がいいのよ」
「カミラは先のことまでよく考えてるんだね」
僕が感心して言うと、カミラは当然のように頷く。
「そりゃそうよ。愛する家族には幸せな未来を歩いて欲しいもの」
気負いもなく言い切って、清々しく笑うカミラに、僕は少し複雑な心境で口を開いた。
「……君は家族を愛しているんだね、カミラ」
「まぁ愛されてるしね」
「あはは、すごいね!言い切るんだ!」
気持ちいいほどの断言に、僕は思わず吹き出して笑い出してしまった。けれどカミラは僕のそんな対応に、不思議そうな顔で首を傾げる。
「え?普通のことじゃない?」
「うーん、なるほど。幸せな家庭に生まれた子はそう言うのだね」
僕は驚きと感心、そして少しの胸の軋みとともに呟いた。
「……僕には、その感覚はよく分からないや」
最近、カミラと話していると胸が軋むことが多い。
この感情は何を指すのかと書物を漁ってみたが、的確なものは見つけられなかった。羨望、憧憬、嫉妬、悲嘆、憎悪、憤怒、……どれも言葉が尖すぎている。僕の胸に渦巻くこれは、もっと淡くふんわりとしていて、そしてしっとりと湿ったモノだ。
「どうしたの、コーリー。胸なんか押さえて」
「うーん、なんだかざわざわしてね」
「あら風邪?早めに休んだ方が良いわよ」
「うーん」
そんな言葉を言われたのは初めてだ。僕は昔から魔力過多で風邪なんか引かない子だったから。……そう思うと、またぎしっと軋む。
「魔力は生命力だからね、僕は風邪なんか滅多に引かないよ。これまでも引いたことはほぼないから」
昔一度、魔鴉集団を壊滅させた時に、はしゃぎすぎて魔力切れを起こした状態で湖に落ちた時以来だ。あの時も親たちは頭を抱えていただけだ。もちろん親たちが即座に魔力を移植してくれたから、ありがたいことにすぐに回復したんだけれども。でも心配の言葉なんてあっただろうか。覚えていないだけかな?……あぁ、また胸が軋む。
「あら、そんなこと分からないじゃない。風邪は万病のもとよ?」
「……そうなの?」
当然のように言うカミラにまた胸が軋む。僕の知らないことをカミラはたくさん知っている。他の無知で無能な人間が言った台詞なら間違っているのだろうと流せるが、カミラに言われると心配になる。もしかして僕は風邪を引いたのだろうか?
「まぁ王都なら良いお薬と医師がたくさんいるから平気なのかもしれないけど、田舎じゃ風邪を拗らせて死ぬなんてよくある話よ。風邪はひき始めが肝心なの」
不安そうな僕を慰めつつ無茶をするなと嗜めるように、カミラは優しく続けた。
「私も寝なさい休みなさい!って言われると、いつも『まだ遊びたいのに』ってぐずっていたから、気持ちはわかるけどねぇ。でもちっちゃい子供じゃないんだから、聞き分けて今日は寝てなさいな」
「うん、わかったよ。……そっかぁ」
カミラにもその方針は適用されていたのか。
カミラだって、僕と同じように人間とは思えないような魔力量を持つ、規格外の存在なのに。
魔力が多いから平気だろうと、幼い頃からあらゆる自由を許されていた僕とは大違いだ。
カミラの話を聞く中で、だんだんと分かってきた。あれは信用という名の無関心、もしくは放置だったのだろう。触らぬ神に祟りなし、とばかりに、僕は距離を置かれて生きてきたのに。
ざわり、ざわりと胸が騒めき、心臓がぎしぎしと軋む。
「ねぇ、カミラ。君は……」
珍しく僕は言い淀んだ。
「コーリー?」
「あ、いや、なんでもないよ」
「なんでもないって顔じゃないでしょう。どうしたのよ」
心配そうに顔を曇らせるカミラから目を逸らし、僕は暫く唸っていた。
「うーん、何というか、不適切なことを聞こうとしている気がする」
「あら!そんな発想が生まれたの!?常人にとっては当然の発想だけれど、あなたにとっては滂沱の涙を流して感激すべき進歩ね」
「あはは」
「で、なに?」
流されてくれないカミラに、僕は諦めて口を開いた。
「うーん……カミラってさぁ、『魔物の子』って言われたことないの?」
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