第15話 離さないと決めた日


 魔物の子。

 その言葉に、カミラは顔色を変えた。


「はぁ!?魔物の子なんて、言われたことあるわけな……ちょっと待って、あなたは言われてたの?」

「うん」


 真顔のカミラが、厳しい声で僕に問いただす。僕も敢えて隠すことではないと思っていたから、普通に頷いた。だが。


「はぁぁあああ!?」


 カミラは激怒した。そして僕の肩をガシッと掴むと、僕越しに誰かを睨みつけるかのように激しい目で問いを重ねた。


「誰に!?」

「みんなに」

「みんな!?みんなって誰よ!」

「父母弟祖父母叔父叔母その他親戚」

「ほんとうにみんなじゃない!」


 適当に誤魔化そうとしても誤魔化されてくれるカミラではない。僕は大抵どうでもいいと忘れてしまうけれど、これは言われすぎて覚えているのだ。僕が極力素直に、覚えていることを話し終わると、カミラは真っ赤になって激昂した。


「四歳や五歳の子供にそんなこと言うなんて、しんっじらんない!」

「……んはっ、あはははっ」

「ちょっと!何笑ってるのよ!」


 怒ってくれているカミラには申し訳ないが、僕はどうしても笑えて仕方なかった。


「うん、でも僕はその言葉を……褒め言葉だと思っていたんだ」

「は?魔物の子、を?」

「人間離れした能力を持つ子のことだと聞いていたから」


 幼い頃に、おそらくは父母の嘆きの中で、もしくは親類からの畏怖を込めた陰口として呟かれたであろうその言葉を、無垢な僕はマナーの家庭教師に尋ねたのだ。唯一僕にモノを教えられる偉人の称されていた彼は、一瞬だけ言葉を無くし、けれどすぐに微笑みと共に答えた。


「それは、コーリー様が人並み外れて、あまりにも優れたお力をお持ちだと言う意味ですよ」


 と。

 今なら分かる。あれは嘘ではないけれど、優しい衣を着せられていたのだ。


「あまりにも僕が凄すぎたから、彼らはそう口にしてしまったんだろうね。実際、畏怖を込めた賞賛の意図も含んでいたんだと思うよ」

「そりゃそうよ、だけど魔物のように災厄を振り撒くってニュアンスも当然含むでしょうが。子供に直接言う言葉じゃないわ!」


 優れた能力に見合わないほど、とてもの家庭で育ったカミラには受け入れ難い感覚なのかもしれない。けれど僕には、彼らの言葉を否定できないのだ。だって。


「うーん、でもまぁ、僕はたしかに公爵家にとって災厄みたいなものだったしね」


 そうあっさり口にしたら、カミラは凄まじい形相で僕を睨みつけた。


「コーリー!」

「っ、な、なに?カミラ。そんな怖い顔して」


 怒鳴るでもなく、ただただ強い口調で、僕の意識を引き寄せると、カミラは真剣な顔で僕を見つめた。そしてまるで言い聞かせるように、静かに言葉を続けた。


「あなたの行動はたしかに災厄級だけれど、あなた自身が災厄であるわけではないわ。そこを勘違いしてはだめよ。じゃないと道を踏み外すわよ」

「……カミラ」


 僕は呆然としながら、まじまじと目の前の整った顔を凝視した。カミラの言葉がじわじわと脳に染み渡る。


「あなたがもう少し後先考えて行動できるようになれば、歴史上最大の発明や改革をして、神の使者とか地上に降りた天使と言われることも不可能ではないわ。でも!」


 淡々とした、でも温かさに満ちた声が、自分でも気づかないうちに僕の中で凝っていた自己への不信や嫌悪を、緩やかに溶かしていく。

 そしてカミラは、僕の変化に気がついたのか、柔らかな表情になって、僕の鼻先にツンと人差し指を突きつけた。


「場合によってはそれこそ天変地異級のアホらしい事態になって、とんでもない悪名を轟かし後世に名を残すことになりかねないから気をつけなさい!」

「……でも、どうしたら良いのかわからないんだよ」

「はぁ。しょうがないひとねぇ」


 つん、と鼻をつついて、優しい指が離れていく。カミラはまるで母親のような顔で、柔らかく僕を見つめた。


「じゃあ、まぁ、何かをする前には必ず、私に相談しなさい」


 仕方ないわね、ともう一度ゆるやかなため息を吐きながら、カミラは苦笑とともに肩をすくめる。くしゃりと愛らしく表情を崩しながら。


「卒業するまでにあなたに常識は無理でも最低限の判断基準を叩き込んであげるわ」

「卒業まで?」

「そうよ、あと数年で私から独り立ちできるように、ちゃんと頑張るのよ」

「……うん、わかった」


 カミラは僕の手を離す前提で、優しく僕を諭した。その言葉に、僕は堅く決意したのだ。


「その時までに、ちゃんと整えるよ」


 うん決めた。

 卒業までに、カミラとずっと一緒にいられるように、環境を整えてみせる。

 僕はカミラから独り立ちなんてしたくない。

 永遠に離れたくないんだから。


「これからもよろしくね、カミラ」

「ええ、よろしくね。コーリー」


 楽しげに笑うカミラを見ながら、僕は頭の中で凄まじい数の可能性を考え、検討し、ベストの方法を弾き出す。

 カミラを僕の伴侶にするために、最高で最善の道を。


「……あ、死んでからのことも考えないと」


 思索の途中でふと思いついて、僕は慌てて脳の片隅にメモをした。


 来世でも一緒にいられるように輪廻転生魔法も研究しておかなければ。

 は禁忌だから、バレないように気をつけなくてはいけない。


 特にカミラには知られてはならない。

 きっと本気で怒られてしまうだろうからね。

 カミラはルールは守らなきゃいけない、って言うタイプの、とってもの良い子だからさ。






ーーーあとがきーーー


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!明日からは番外編開始です。

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