ポンコツ令息は聖夜を特別視している(1)
「ねぇカミラ!今年の聖夜の予定は決まってる!?」
「半年後の予定なんて決まってるわけなくないですか?私別に王族とかお偉いさんじゃなくてただの一般人なんで」
入学して一ヶ月。
このコーリーという少年が相当のポンコツだと気づいて、だいぶ扱いが雑になってきた私は読んでいる本から目を離さず告げた。
「じゃ、じゃあ」
「まぁ毎年恒例の家族パーティーだと思いますけどね」
「え……ええっ!?」
うるさっ!ものすごく大きな声で「ええっ!?」て言ったな、このご令息。人は少ないけど、ここ図書館だぞ。
「図書館ではお静かに」
「う、ごめ……だ、だけど、そんな……」
どんな顔してるか見なくても分かる。ショックと顔に書いているんだ。この美少年は考えていることが全部顔に出るので、本当に公爵家の嫡男なのか私は激しく疑っている。
「うちは家族全員、嫁いだ姉たちも聖夜には揃ってお祝いするんです。姉たちはお昼間は実家である我が家、夜は嫁ぎ先の家でパーティーしてますね」
「へ、へぇ……仲が良いんだね……」
「まぁ、どことも家族ぐるみで仲良いですね、しょっちゅう合同パーティーしてますし。王都に来ちゃった私の参加率が一番低いくらいなんで、聖夜休暇の時は早めに帰って皆とキャッキャする予定です」
「そ、っかぁ……」
ものすごく落ち込んだ声で返されて、流石の私もそろそろ無視できなくなってきた。公爵家のご令息を泣かせたなんて外聞が悪すぎる。
「なんでコーリー様そんなにテンション下がってるんですか」
はぁ、と諦めの吐息をついて私は顔を上げた。
幼さの残る天使の顔は、明らかに憂いに沈んでいる。画家が見たらさぞかしインスピレーションを刺激されることだろう。
「友達と過ごす聖夜のパーティーってやつを、今年はついに出来るかもと思っていたから……」
「え、友達って私ですか?」
思わず動揺して聞き返したら、目の前の天使が不可解そうにコテンと首を傾げた。
「他に誰がいるんだ?」
「えぇ……」
そんな純粋な目で聞かないで欲しい。
「コーリー様、友達いないんですか?」
「君が僕の友達だろう?」
「……えぇ……?いや、友達?……でも良いですけど……」
どこから突っ込んでいいか分からないけど、うっかり否定したら号泣しそうだったから、私はひとまず頷いた。普通公爵家の子供は男爵家のガキなんて使いっ走りか鉄砲玉か、良くてもせいぜい取り巻きくらいに思っていそうなものなのだが。
「身分差がありすぎて、友達と言われても素直には頷けませんね」
「そういう遠慮深いところも好きだけど、これまで僕が友達だと心から思ったのは君だけだよカミラ!どうか胸を張って僕の友達だと口にしてくれ!」
「……ありがとうございます」
身分差は気にしないというのも、これはこれでとても厄介だ。
そして私以外に友達だと思ったことはない発言をかましましたね?周りがギョッとした顔でこちらを見てましたよ?色んな意味で大丈夫なのか公爵家。この人あっちこっちで無意識に喧嘩売ってません?
「まぁ聖夜のパーティーは、他のお友達としてください。私は家族パーティーがありますので」
そう言って私は読書に戻る。これ以上この話を続ける気はない。
「……僕にはカミラしか友達はいないのに……」
繰り返すな。王太子殿下とか騎士団長や宰相の息子とか、交流のある人たち色々いるでしょう。まぁこの辺は、あまりにもお偉い家のお坊ちゃん達すぎて友達とパーティーなんて出来る暇人はいないだろうけれど。一人は王子様だしな。そもそもコーリー自身も公爵家の嫡男なんだからパーティーとかありそうなものだけれど。
「…………」
言いたいことは山ほどあるが、なんとか堪えて口をつぐむ。余計なことを言うのはやめておく方が良い。これまでほんの一ヶ月でも、藪をつついて蛇を出しまくった過去から、私は学んだのだ。
「……カミラが相手してくれない」
「…………」
こいつの公認のオトモダチなんて、色んな意味で厳しい。できれば遠慮したい。でももう無理な気がしてはいる。
なにせ、なぜか男爵家の五女なんかに懐きまくっているこのポンコツ令息は、ものすごく厄介なボンボンなのだ。
「男爵家の五女が公爵家のご令息にくっついているのはおかしくない?」
と、至極真っ当な理由で騒ついている周囲の空気を読んだ私は、何度もそっと距離を置こうとした。
しかしその度に、
「なんで僕を避けるんだ!?」
「誰かに何か言われたのか!?」
「僕が守るから離れていかないでくれ!」
とか言って縋りついてくるのだ。人聞きが悪いからやめて欲しい。まるで私が虐めているみたいじゃないか。一応人目のない場所だったから、まだ妙な噂は立っていない、はずだが、時間の問題な気がして怯えている。
ちなみに、まだ誰にも何も言われていない。言いたそうな空気は察しているが、四六時中このポンコツがくっついているのだから、言えるはずがない。目を離したら居なくなるとでも思っているのか、トイレの中にもついてこようとするから、せめて外で待てと言っているレベルだ。本当にヤバイ助けて欲しい。
「……はぁ、なんですか」
もはや大人しくオトモダチになった方が安全なんだろうなと、私は半分以上諦めながら顔を上げた。
「物の本によると、学校帰りに寄り道してカフェでケーキを半分こするというのが、最近の友達の定番らしいじゃないか!あと、一つのグラスからジュースを半分こするらしいな!今日の帰りはパンケーキを食べにカフェに行こう!」
「……ひとつのグラス?」
その友達って、ガールフレンドとかボーイフレンドってやつじゃない?多分このポンコツが想定しているものと、定義が違うと思う。だが。
「……なるほど、それは知りませんでした」
喜色満面に誘ってきたコーリーの話に突っ込みたい心境を必死に抑え、私はまじめくさった顔で相槌を打った。藪蛇禁止だ。
「はははっ!さては君も友達がいなかったタイプだな!」
「……ははは」
普通に失礼な発言だ。しかし正直に「地元には男女問わず何人も友人が居ますよ」とか言ったら泣かれるだろうから、大人しく同意しておこう。
「なにぶん王都に出てきたばかりですので」
「心配ない!僕も初めての友達だからな、一緒に色々学んでいこうじゃないか!」
「……ありがとうございます」
断るとこのお坊ちゃんは毎日ずっと誘ってくる。それはもう嫌というほど身に沁みた。
「周りの目が気になるので、個室でお願いしますね」
「もちろんだよ!僕の行きつけの店だから、奥の広間を用意してくれると思うよ!」
「……広さは不要です、普通の五、六人が定員くらいの個室がベストかと」
ランチも毎日コイツと食べているからもはや今更だが、最後の抵抗とばかりに人目を避けようとすれば、当然のようにパーティールームを案内されそうになって顔が引き攣る。コイツ本当にお坊ちゃんだな。怖い。
「そうか、なるほどな!カミラは田舎から出てきたから広いところが苦手なんだな」
「はい、そういうことでよろしくお願いします」
諦めの境地で適当に頷けば、コーリーはウキウキと私の前の椅子に座り、今日注文する予定の大人気のファビュラスパンケーキとスペシャルジュースとやらについて語り始めた。私は再度本に目を落とし、生返事をしながら聞き流す。
パンケーキの上には七色のクリームと宝石のような砂糖の欠片で彩られているらしい。それはとても楽しみだ。趣味嗜好に使える小遣いは少ないのでタダ飯万歳である。
一方ジュースは、普通の三倍のサイズで様々なフルーツが飾られ、ストローは二本が絡み合い官能的で芸術と言って差し支えない様相を呈しているらしい。地獄だな。それをコイツと二人で飲むのか。
「楽しみだな、カミラ!」
「……とてもおいしそうだと思います」
人目につかないことだけを祈ろう。
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