ポンコツ令息は聖夜を特別視している(2)
さて、やっときた聖夜休暇である。
この期間、授業はもちろんお休みで、図書館も研究室も閉鎖される。
勉強も配属された研究室もはちゃめちゃに楽しいが、なにぶんイロイロな理由でここでの学園生活は疲れが溜まる一方である。一刻も早く田舎に逃げ帰りたい。
そう思って私は朝イチに寮の自室から飛び出し、女子寮から駅馬車乗り場に向けて駆け出そうとした、のだが。
「やぁカミラ!」
「ぎゃあ!?」
寮から出た瞬間に艶のある美声に名を呼ばれて飛び上がった。
「ココココーリー様、何してらっしゃるんですか!?」
「カミラはきっと始発の駅馬車に乗ると思ってね!声をかけようと思って待ってたんだ」
「この寒い中……!?」
ニコニコ笑ってらっしゃるが、この真冬に何を仰っているのか。思わず絶句して、まじまじと目の前の美少年を見つめる。頬も鼻の頭も赤くなっていて、それなりの時間を待っていたと思われた。はぁ、と大きなため息が漏れる。
「なんでそんな馬鹿なことを……風邪ひいたらどうするんですか」
「だって君が、何時に出るか教えてくれないから」
「それは……」
なんとも言えず気まずくて、拗ねたように言うコーリーから目を逸らす。失敗だった。外で待たせるくらいなら言っておけば良かった。
「えっと、何か御用でしたか?」
「用?」
にこやかな表情を作りながら、私はいつでも逃げ出せるよう周囲に気を配る。コーリーから目を離さずに警戒しつつ問い掛ければ、目の前の美形が不思議そうに首を傾げた。
「いや、だから、お見送りしようかなと」
「え?」
「いってらっしゃいと言いたかったんだよ」
「……え?」
それだけ?
キョトンとして見上げると、コーリーも同じようなキョトン顔でこちらを見てくる。
二人でまじまじと見つめ合ってしまった。
「え、行っていいんですか?」
「え!?止めたら王都に居てくれるの!?」
「いや嫌ですけど」
「……でしょぉ?」
一瞬目を輝かせた後で、コーリーは残念そうに呟いて肩を落とした。
「そりゃ寂しいけど、まぁ実家に帰るのを邪魔するほど物分かりが悪くないつもりだよ?僕ももう十三歳だからね」
「コーリー様……」
絶対阻止、少なくとも邪魔されると思っていたから、少し感動してしまった。なんだわりといい奴じゃないか、と思わず感謝を述べそうになり、……ふと我に返った。
「……いや、普通に考えたら当たり前では?」
「僕にとっては類い稀なる忍耐を強いられる大いなる決断なのだけれど!?感謝してくれてもいいんだよ!?」
「何でですか」
どういう理屈だ。なぜ私が感謝をしないといけないのだ。雰囲気に流されかけたが、ハッと気が付いてよかった。コーリーは何か喚いているけれど知らない。
「あっ、なんなら帰省取りやめて公爵家で楽しく聖夜祭期間を遊び暮らしてくれても全然構わないんだからね!?」
「アーアーアーアー聞こえないですねー」
「カミラァ……」
私は耳を塞いで発声練習だ。何も聞こえません。なんで婚約者でもない男子の家に泊まりにいかなきゃいけないのか。外聞が悪すぎるので聞かなかったことにさせて頂く。
「友達なのにつれない……」
「知りません」
勝手なことばかり言っているが、お泊まりの誘いを受けていたと言うだけで女子は評判が下がるのだぞ?分かってるのかこのポンコツめ。
「じゃ、行ってきますので、また休暇明けに」
これ以上余計なことを言われる前にと、片手をあげてご挨拶する。そして未練がましい眼差しを無視してくるりと背を向け、私は早足で門に向かった。しかし、あからさまにそっけない私の態度を気にした様子もなく、コーリーは朗らかに言った。
「いってらっしゃいカミラ、良い聖夜休暇を!……
妙な言葉が聞こえた気がしたが、胸のざわつきを振り切って、私は駆け抜けた。聞き返したら負けだと思ったので。
だがまぁ、残念ながら、嫌な予感というのは当たるものである。
旧友たちと田舎町にある数少ないカフェでお茶会をしていると、興奮した様子の二人組がカフェに入るや否や叫んだのだ。
「男爵様のお屋敷に天使様が降臨された!」
「聖夜の奇跡だ!」
「…………は?」
とてつもなく嫌な予感に、旧交を温めていた昔馴染みの友達とその場で別れ、私は全速力で家に飛んで帰った。
帰る道すがらも、やけに領民の様子が華やぎ、興奮している。たどり着いた私の実家である男爵邸の周りには遠巻きに人々が集まり、何人かはかぶりつきで屋敷の中を覗き込んでいた。脳の中で鳴り響く警報音に急かされて、私は足を動かす速度を更に速めた。
「はっ、はっ、はっ、はぁああああ!?」
息を切らしながら玄関に飛び込み、やけに騒ついている食堂に駆け込めば。
「なんでッ、あなたがッ、ここにッッッ!?」
まるで天からの遣いのごとき穢れない美貌。
聖夜に相応しい、この世の美しいものを凝らせたかのような絶世の美少年。
「やぁカミラ!奇遇だね!」
「奇遇だね、じゃありませんよ!?」
こんなところにいるはずのない、某公爵家の嫡男様がいらっしゃった。
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