うちの息子は相当おかしい(3)


「それにしても、結婚してからどうするつもりなのかしらね。カミラさんに公爵夫人はやらせない、なんて豪語してましたけど」


パンパンと打ち上がっていた花火も今はもう静まり返っている。けれど寝室の扉が開くのはもう少し先だろう。なにせあの馬鹿息子コーリーが待ちに待った初夜なのだから。


かつて、純粋な親心から、私と夫はコーリーに提案したことがあったのだ。


「もし君がカミラさんと結婚したいならば、我々がカミラさんに高位貴族と同等の教育を提供しよう。そして、公爵家に嫁げるように、どこかの伯爵か侯爵家の養女にして貰えるよう頼もう」


と。

しかし、提案した父母の前で、コーリーは憤然と言い放ったのだ。


「カミラにをさせるのは才能の無駄遣いで、人類にとっても大いなる損失だ!」


そう高らかに叫んで私たちを睨みつけたコーリーに、私たちは説得を諦めた。コーリーにその気がないのならば、私たちに出来ることはない。それと同時に、私たちはコーリーではなく次男に爵位を譲ることを決め、当主教育を始めたのだ。


まぁ確かに、コーリーの言うことにも一理ある。

公爵夫人は暇そうに見えても、無駄に忙しくて拘束時間が多い。魔法研究などという創造的な仕事をする時間は無くなってしまうだろう。


コーリーすらも敬服する能力を有するカミラさんには、公爵夫人なんていうのは役不足かもしれない。私のような凡人でも務まるお役目なのだから。


「廃嫡できれば話は早かったのだがなぁ」

「コーリーなら平気でしょうしね。でも難しいでしょう」

「あぁ、難しい。理由がないからな」


うんうんと唸りながら、夫はこめかみを揉んでいる。私たちはこの件について考えると頭が痛くて仕方がないのだ。


「男爵令嬢と勝手に結婚した、というのは普通なら放逐してもおかしくないレベルの不祥事だが、なにぶん相手はあのカミラさんだからなぁ」

「王国の奇跡とまで言われた才女ですもの。むしろ良くやったと言われてしまいますわ」


ついでに、身分を笠に着て迫ってきた女泣かせの遊び人達を悉く再起に陥れた、難攻不落の美少女として名高い。そしてその男達に泣かされた娘を持つ高位貴族達からも絶大な支持を集めている。本人にとってはおそらくどうでも良い日常風景の一つだったようで、気にしていないようだが。


「きっと『自分と結婚するために公爵家の継承権を放棄する』なんて、あの真っ当すぎる価値観を持つカミラさんが認めないだろう」

「私達は全然構わないのにねぇ。でも、それならどうするのかしら。私たちとしては、次男が継いでくれた方が安心ですけれど」


鬼才や麒麟児、もしくは異端児や魔物の子と称されるコーリーと比べて、次男はそつがなく、本当にまともな子だ。とんでもない兄を持つせいで苦労人だが、おかげで若いのに老成した落ち着きがある。大変優秀で、学年は違うものの王太子殿下の覚えもめでたく、右腕として頼りにされている。現宰相の息子は社交的で外交に長けており、ほとんどを国内に留まる宰相よりも外務大臣職を希望しているらしい。そのため次期宰相候補として、最近では次男の名が上がることが多い。若輩者のため今はまだ甘いところも多いが、思慮深いあの子ならば、将来宰相となっても国をつつがなく運営できるだろう。


「次男はまぁ、普通に優秀で普通に有能だからな。私と同じく、公爵におさまる程度の器の凡才だ。宰相となったとしても、国にとって有益な人材だろう。全てがちょうど良いと思うよ」


夫の言葉は聞きようによってはまるで次男を卑下しているようだが、彼は本心から次男を褒め讃えているのだ。私には分かる。そして心から同意する。為政者として国民を守り導き、国を富ませることにかけては、確実にコーリーより次男の方が優っている。

万が一にもコーリーが為政者側になってしまったら、大陸を統一するか国を滅亡させるかの二択になりそうで恐ろしい。そして多分後者の確率のほうが高い。


私は心の底から、あの子を為政側に立たせたくない。




「このまま研究に明け暮れてくれれば良いんですけれど」

「色々と動いているようだが、私にもさっぱり掴めんし全く読めん。何を考えているんだろうなぁ、アイツは」


呆れたように苦笑しながら首を振る夫に、私も肩をすくめて首を傾げる。


「わかりませんわ……とんでもないことをしでかさなければ、なんでも良いですわ」

「何を考えているのだと空恐ろしく思わなくもないが、コーリーはカミラさんの心を手に入れたいんだから、きっと悲惨なことにはならないさ」


私を励まし、そして自分にも言い聞かせるように言う夫に、私はへにゃりと眉を下げて嘆く。


「予想外のことになる可能性は高いですけれど」

「コーリーが想定の範囲内におさまったことなんか、これまでにあったか?」

「ありませんわね」


それもそうだ。

あの子は常に私の予想を超えているのだから。

心配したところで無駄かもしれない。

どうせ自分でなんとかするのだろうし、これからはカミラさんまでついているのだから。


「まぁ、息子が貴族令嬢に対する拉致監禁強姦洗脳とかの重犯罪で逮捕される未来はこれでおそらく無くなったのだ。万々歳だろう」

「そうですね」


夫の軽口に思わず吹き出して、私は穏やかな目でコーリーの寝室を見つめる。カミラさんが地下牢や拷問室ではなく、コーリーの寝室に居てくれて良かった。コーリーのせいで喜びの基準がおかしくなっている私は、心底そう思った。


「これまで軽犯罪レベルのやらかしは多数ありますが、まぁカミラさんがなんとかしてくれましたし」

「カミラさん様様だな……本当に……。至らぬ親で申し訳ないが今後もカミラさんに期待しよう」


自分の子供と同じ年齢の娘さんに丸投げする情けない親で申し訳ない。だがこの二十年近く努力してきたが、あの子の手綱を握ることは出来なかったのだ。


「うちの馬鹿息子をよろしくお願いします……」


私たちは揃って、息子に抱き潰されているであろう哀れな少女に手を合わせた。

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