うちの息子は相当おかしい(2)

コーリーにとって、カミラさんは特別な存在だ。


初めての友達というだけではない。

自分と対等で、そして自分を恐れも疎みもしないカミラさんは、コーリーにとって目新しく、そして眩しい存在だった。


幼い頃から天才で、周りから遠巻きにされてきたコーリーは、同じ立ち位置で会話ができる存在に飢えていた。

学園生活に大した期待を抱かず入学したコーリーにとって、カミラさんとの出会いはさぞや衝撃的だったことだろう。

己の思考速度について来られる稀有な存在であり、対等に切磋琢磨が出来る仲間。そんなものが得られるとは思ってもみなかったに違いない。しかも、カミラさんは分野によってはコーリーより勝る。


コーリーは知ってしまったのだ。自分よりも優れた存在に負けるということの快感を。


きっと、だからあんなにも執着したのだろう。


最初は幼い子供のような、友達としての独占欲だったかもしれない。けれど次第に、その感情は色を帯び、激しく相手を恋い、その全てを欲しいと願うようになってしまった。

今のコーリーは、どんな手を使っても、カミラさんを生涯の手放したくないと強く決意しているのだ。


だから申し訳ないけれど、もうカミラさんには諦めて頂くしかない。

カミラさん自身にすら止められないのならば、コーリーにもカミラさんにも能力で劣る私たちには、できることなどないのだ。


「カミラさんがコーリーを見捨てないでくれて良かった」

「本当ですわね」


幸いにも憎からず想ってくれているようだ。全力で支援するのでこのままコーリーの妻、そして魔の子とまで呼ばれたあの子の制御装置として、よろしくお願い申し上げたい。


カミラさんが真っ当な良識と道徳心と倫理観を持つ方でよかった。コーリーは下手をすれば躊躇いもなく国を壊せてしまう子だから。


「それにしても、結婚を同意してくれたのが奇跡ですわ。カミラさんが絶対了承しないと息を巻いていた、と侍女頭から聞いて私は心臓が止まりそうでしたのに」

「ある意味ではコーリーの努力の成果だろうな。アイツ、男娼館だけでなく、ミラー伯爵夫人やテラー侯爵夫人、ムーア男爵夫人のところにもに行っていたからなぁ」

「えっ、そんなところに!?」


名前を挙げられたのは、老いも若きも種族もとりどりの男達を囲って、酒池肉林の限りを尽くし、退廃的かつ享楽的に過ごしていることで有名な女性達である。

性文化の発信地であるが性病の巣窟としても名高く、医師達や研究者達が時々調査に向かっているらしい。


「びょ、病気などは貰ってきていないでしょうね!?そんなことになったら、カミラさんに合わせる顔がありませんわ!」

「コーリーの花嫁生贄にしようとしている時点で、だいぶ合わせる顔はないが、まぁそこは大丈夫だろう」


さりげなく酷いことを言いながらも、夫は疲れたような笑いを浮かべて天を仰いだ。


「なにせアイツ、以外と性行為をしたら死ぬ呪いを自分にかけていたからな」

「は?」

「誰かに襲われたら大変だからとふざけたことを言って、家を出る前に玄関でかけていたんだ」


死ぬような呪いを?自分に?

さすがに意味が理解できず、私はぽかんと口を開けてしまった。動揺する私を憐れむように見て、夫は肩を落としてため息を吐いた。


「執務室にいたんだが、突如として悍ましい気配を感じて、慌てて飛び出したんだ。そうしたら玄関で、アイツが自分の股間に向けて毒々しい魔力を注ぎ込んでいたから……もう、ね。腰が抜けたよ」

「えええ!?」


そんな馬鹿な!?

死ぬ呪いを、気軽に玄関で!?

コートに防水魔法でもかけるように!?

誰かを巻き込んだらどうするつもりなのか!!


絶句してしまい、言葉が出ない。


「だから、死んでないってことは純潔を保って帰ってきたんだろうさ」

「なんていう極端な子なの!」

「今更だがな」


呻いて頭を抱える私を、夫は諦観に似た優しい目で見守っている。夫は現場を見たのだから、きっとその後呪いの痕跡が消えるように、せっせともしてくれたのだろう。使用人が誰も恐慌状態になっていないということは、夫が後始末をしたからだ。大臣にして公爵ともあろう人が、なんて苦労人なのだろうか。


「コーリーは、例の快楽至上主義者なご婦人方の元でも、おそらくは講義を受けたり、彼女達の愛人達との営みを見学して学習してきただけだろう。なにせあの子は見ただけで大抵のことは習得できるからな」

「……はぁ。天才を変なところで発揮していそうで嫌ですわ」


妙な信頼を示す夫に複雑な心境で同意する。


「健全とは言い難いが犯罪ではないから良しとしよう」

「はぁ……」


息子の閨事情など知りたくなかった。

本当に、あの子の母親になってからため息が止まらない。

毎日大騒動で気の休まる暇がないのだ。

おかげで退屈とは無縁だけれども。

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