僕の女神について語ろう
第10話 女神との出逢い
僕はあの日、女神に出会ったのだ。
「はぁ、退屈だ。学園なんて行ってどうしろと言うんだ……」
うんざりとため息を吐きながら、僕は入学式に向かっていた。
「どこもかしこも人が多いし、僕が迷っているのに誰も声をかけてくれない。声をかけようとすれば逃げられる。もう入学式なんか出ずに帰りたい」
どいつもこいつも、何を考えているのか分からない目をして僕を見ていて気味が悪い。いや、僕のことを「何を考えているのかわからない、気味の悪いやつだ」と思って見ているのか。
「はぁ……どうせ会話の通じない奴ばかりだし、もう家に帰って研究したい……」
朝までいた自分の研究室が早くも懐かしくて、僕は涙目だった。周りは僕と目が合わないようにしているくせに、チラチラと観察してきて気持ち悪い。動物園の檻の中に紛れ込んだような気分だ。
「それにしても、入学式の会場……講堂はどこだ……なんで見つからないんだ……」
人がたくさんいるから分かると言われたが、どこもかしこも人がたくさんだ。会場に辿り着けなかったから参列できなかったと言っても、家族以外は絶対信じてくれない。また公爵家のコーリーが妙なことを言っていると思われるだけだ。くっ、僕が出来ないことは何もない天才であるばかりに。
人の冷たさに絶望しかけた、その時だった。
「あの、すみません」
「え?」
僕に声をかけてくれた者がいたのだ。
「入学生の方ですか?」
涼やかな声に振り返れば、そこにいたのは冬の日差しのように透き通った金髪と、冬晴れの朝のような碧眼の少女だった。
「そ、うだが」
「もしよろしければご一緒しても?私、あちらの講堂で合ってるのか心配で」
救世主の出現に、僕は生まれて初めて、心から神に感謝した。
「!あ、あぁ、是非一緒に行こう!そうかあっちかあれかあそこか、小さくて分かりにくいな!」
「ほほっ、私は大きすぎて分かりませんでしたわ、さすが国立王都学園ですねぇ」
「はっはっは!そうだな!」
理知的な笑みを浮かべて話す彼女は、僕に対して至極ニュートラルで、他の者たちのように怪物を見る目をしていない。それだけでも僕の胸は大層弾んだ。なにせ僕は物心つく前から突出して尋常ならざる傑物だったので、生まれてこのかた、こんな
僕は
至極簡単な話しかしていないのにちっとも理解しない人間ばかりだし、理解しようともしない者も多い。そして彼らはみんな僕を「公爵家の奇天烈天才児が、また何か意味のわからないことを騒いでいるぞ」と陰で笑うのだ。
そして僕が苛立つとつい膨大な魔力を抑えきれず、チラチラと漏れてしまう。魔力が漏れてしまうと、当てられてしまう脆弱な人間がほとんどだ。そして言うのだ。
「公爵家の癇癪玉が、またどこかを吹き飛ばすぞ」
と。
家の外で家や土地を吹き飛ばしたことなんて一度もないのに、だ。
彼らは怯えながら、同時に僕を馬鹿にしている。
まったく腹立たしい。
……いかん、また魔力が漏れかけた。
入学式で魔力中毒による意識不明者を続出させてしまったら、さすがにまずいだろう。みんな今日を楽しみにしてきているらしいからな。
「あ、お二人とも、受付……で、すか、ね」
「そうです。新入生です」
「は、はい、どうぞこちらへ」
受付の女性は僕らが連れ立って現れたことに驚き、そしてあからさまに動揺した。そしてどちらから声をかけるべきか迷った後で、僕の方を向いた。
「あ、あの……コーリーさ、んはこちらにどうぞ」
学内では生徒に対して職員はさん付けが基本だ。けれど公爵家の僕に対して緊張したのか、顔色まで悪い。
座席表が渡されちらりと目を落とす。分かっていた通り、前から二番目だ。
そう、驚くべきことに、僕は、入学試験でどこかの誰かに
これは生まれて初めてのことだった。
僕を負かした相手に会うことだけは、今日の唯一の楽しみと言えた。
密かにワクワクしていると、受付の職員は、チラチラとなぜか僕を気にしながら、横に立つ彼女に、二枚の紙を渡した。
「カミラさん、あなたには……こちらを。今日の進行表です。あなたの出番は七番目です。先にお伝えした通り、今日は王太子殿下も入学生として参列されておりますので、ご来賓の方々に高位貴族の方が多数おられます。代表挨拶は首席入学者というのが習いですのでカミラさんにお願いすることになっておりますが、どうかくれぐれも、失礼のないように重々注意して……」
「なんだって!?君が入学生代表なのかい!?」
「ひっ」
僕は驚いて、思わず食いついてしまった。職員が蒼白になって後退っているが、僕は全然気にならなかった。心底どうでもいい。そんなことより、彼女だ!
「そうか!君か!」
僕は脳内に天使のファンファーレが聞こえた気がした。
これはまさに、運命の出会いだ!
弾けるような笑顔を見せ、浮かれ切った声で叫ぶ。
「僕を負かした首席入学者とは一体どこの誰だと思っていたら、君だったのか!」
最高じゃないか!
本心から僕はそう思った。
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