第9話 そして私は幸せに暮らしましたとさ?



「で、なんでこうなったの?」


公爵家ほどではないが、なかなかに豪勢なお家の庭で侍女に傅かれて紅茶を飲みながら、私は目の前でニコニコ無邪気に笑う美貌の男に問いかけた。


「なんでとは?」

「なんでアナタは魔法師団の団長になってるの?公爵家を継ぐんじゃなかったっけ?」


二年前に卒業したコーリーは、案の定在学中に魔法師団にスカウトされ、そのまま入団した。そしてあっという間に頭角を表し、そろそろ引退したがっていたという前団長の退団とともに、史上最年少の団長に就任したのだ。そんな馬鹿な。


「魔法師団は実力主義だから仕方ないよね。この国に僕より力のある人がいなかったんだもの。家は弟が継ぐから問題無いよ」


にっこり笑うコーリーは昔と同じ無邪気な顔で、たいそう胡散臭い。そんな単純な話な訳があるか。国を揺るがす驚愕人事だったんだぞ。


「最初から狙ってたくせに」

「そりゃねー、君に公爵夫人なんか出来るわけないからさ、こっちも必死だよ。喜んで?良い感じに余ってた伯爵位を貰ったから、男爵令嬢と結婚しても問題ないよ」

「はぁ……まさかこうなるとは」


初夜に散々追い詰められ、感極まってついうっかり言ってしまった台詞で言質を取られた。ついでになにやら寝台周りに結界を張られていたせいで、自動的に契約が成立してしまった。つまり、初夜を迎えた時点で婚姻契約を結ぶ……結婚することが決まってしまったのだ。


「永遠に離れたくない、なんて熱烈なプロポーズしてくれたくせに」

「チッ、あれは一時の気の迷いよ。ベッドの上の言葉を間に受けるなんて」

「言った言葉は口の中には戻らない、諦めたまえ」

「ぐぐぐ」


分かっている。戻らないから焦ったのだ。結婚することになってしまったから困ったのだ。しがない男爵家の五女が公爵家の嫡男と結婚なんてありえないから。


「はぁ……睦言を本気にするなよって、普通は男の方が言うもんでしょう」

「一般的な男たちのことなんか知らないね。僕は僕でしかないし、今の君は僕のカミラだ」

「何言ってんだか」


これは大変なことになってしまったと顔を青ざめさせ、能天気に喜んでいるコーリーを泣きながら詰ったのも記憶に新しい。

しかし、全ての状況は私の想定を上回り、想定していた問題は一つも起こらなかった。代わりに違う面でとても大変だったけれど。


「それに、君だって悪くないでしょ?僕の妻として研究資金を背負って大手を振って研究所入り出来たんだから」

「んーーー、それもなんだかなぁ」


コーリーのお金で思う存分研究できるというのは、コーリーと対等でありたかった私には微妙だ。でもそう言うと「手に入れた環境も自分の実力だよ」と、昔私が告げた言葉を応用されて返されそうなので口をつぐんでいる。

納得いかないまま現在に至っている私とは違い、コーリーは作り上げた現状に大変満足そうだ。


「目指すは、魔法師団団長の妻にして真の権力者であり、団長補佐官であり、ついでに研究所所長!素晴らしい経歴じゃないか、君に相応しいよ」

「やめてよ」


その言い方じゃ夫の威光を背負って好き勝手やる悪女みたいじゃない。


「どうせなら実力で団長になりたかったわ」

「団長は前線に出てナンボだからね。バリバリ戦場で現場仕事があるから、それだけは認められない」

「過保護。アナタより私の方が魔法がうまいのに」


巧拙だけなら負けていないのに、と恨めしく見上げれば、やけに優しい目のコーリーが困ったように苦笑していた。


「でも君の方が優しいからね。人殺しが苦手な君が就くべき仕事じゃないよ」

「……はぁ」


宥めるように頭を撫でられて、私はため息を吐く。本当にコーリーは私に甘くて、優しすぎる。こんな甘やかしを受け続けたら、駄目になってしまいそうだ。とてもじゃないけどもう、一人で生きていける気はしない。


「アナタに騙し討ちされ続けた人生ね、私」

「嫌かい?」


あてこするように言っても、コーリーはにこやかに余裕ある笑みを浮かべて首を傾げるだけだ。やけに大人な対応をされて、己の振る舞いの子供っぽさに、私は不貞腐れてますます頬を膨らませるしかない。


「……まったくもう」


初夜に情けない童貞のはずのコーリーに散々翻弄され泣かされた身としては、過去の平民女の夜這い事件もコイツの仕業なんじゃないかと踏んでいる。

でも証拠はない。どこからコーリーの計画で、どこまでコーリーの仕業なのか、私にはまだ分かっていない。


だから、まぁ、私の負けだ。


「まぁ、コーリーになら負けても仕方ないわね」


自分より強くて賢くて優れた人間にのは、実は快感だと教えてくれたのはコーリーなのだ。


「わりと幸せだから、許してあげるわ」


負け惜しみのように吐き捨てて、ひょいと立ち上がって油断している夫の唇を奪う。


「か、かみら!?」


珍しい私からのキスに、あからさま「動揺して椅子から滑り落ちたコーリーに、私は人差し指を突きつけて、宣戦布告のように言い放った。


「その代わり、一生離れてあげないんだからね!」


初夜のベッドの上で願った、その通りに。

私はこの可愛い旦那様を、永遠に拘束してやると決めたのだ。

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