第8話 初夜の呪いとやらはどうしたいんだいと言いたい初夜
私は今夜、コーリーの初夜不能……いや、初夜失敗の呪いを解かなければならない。
下手にいろいろ考えて構えるよりも、普通にしていた方が良い気がする。コーリーは私といる時はしごく自然体だから、一人でいる時みたいに元気に立ち上がってくれるだろう。多分。
「いや、私も本読んで知識は蓄えたけど、実践経験はないからなぁ。ちゃんとできるのかかなり不安だわ」
なにせこれだけが条件ともいえる、破格のお給料をいただけるお仕事である。
失敗したら大変だ。コーリーの卒業までという制限時間もあるから、のんびり延長というわけにもいくまい。頑張れ私。処女だけど気合いでカバーよ!
一人で密かに己を鼓舞して緊張していると、ガチャリとドアが開いた。
「カミラ」
「……コーリー」
現れたのはもちろんコーリーだ。部屋の外を歩いてきたからか、私とは違ってきちんとした厚みのある羽織りも被っている。
「とうとう初夜だ」
「そ、うね」
感極まったように呟くコーリーに、私は緊張に乾いた声で相槌を返す。
「ふふ、緊張してるの?」
「そ、りゃそうよ。初めてだもの。あなたはしてないって言うの?」
「うーん、してるけど……それより高揚と興奮が強くて、自制するので精一杯って感じかな」
「自制?…………え?」
軽やかな足取りでこちらにやってきたコーリーの言葉に首を傾げ、チラリと視線を落とした私は絶句し、その後で叫んだ。
「アンタ、初夜不能の呪いとやらはどうしたのよ!?」
「だから言っただろう?」
「ぁ……」
火傷しそうな熱い眼差しに蕩ける笑みで、グッと私に近づいてきてコーリーは、私を力強く抱き寄せた。
「カミラなら大丈夫だと思うって」
この大嘘つき。
そう詰ろうと思ったのも束の間、私の罵倒は熱くて荒々しい口づけに吸い込まれた。
「んっ、……離してよ!」
息継ぎの合間に、必死でドンッと胸を叩いて押しやり、私は必死にコーリーを睨みつけた。
「こんなの詐欺よ!馬鹿じゃないの!?」
「馬鹿だよ」
けれど私の罵倒に対して、コーリーは堂々と言い切って、切なげに目を細める。そしてグッと私を抱き寄せて耳元で囁いた。胸の底に渦巻く炎を抑え込むように、熱い声で、激しい求愛の言葉を。
「僕は君が好きなんだ」
ひゅっ、と息を呑む。流石にこの状況で、この愛の言葉を流すことなんて出来やしない。
無言になる私に、コーリーは見栄も外聞もなく、ただ純粋な好意だけを語り、切々と訴えた。
「カミラにくびったけで、散々アプローチしたのに袖にされまくって、諦めて他の女と試そうにも息子はピクリともしない。もうこりゃ何もかも投げ打ってカミラを手に入れるしかないなって思って、死ぬほどしょうもない契約を結んで君を体だけでも手に入れようとしてるんだ。これが恋に溺れた大馬鹿者の末路だよ」
「……コーリー」
聞かなかったことにしたいのに、嬉しくて悲しくて、貰った言葉をしっかり覚えておきたくて、私の頭の中はぐちゃぐちゃだ。ちっとも思考が定まらない。沈着冷静な私はどこに行ったのだろう。
「でも、むりよ。無理なのよ」
泣き出しそうな声で私は拒否した。身分の違いはひっくり返せない。どれだけ愛があったって、愛のもとに結婚したって、絶対うまくいかない。私はコーリーには完璧な幸せを掴んで欲しいのだ。私じゃそれはあげられない。
「分かってよ、無理なの」
「無理じゃない」
しかし弱々しい私の言葉を、コーリーは力強く否定して、そしてにっこりと笑った。
「今夜のうちに、絶対に結婚するって言わせてみせるからね」
「やっ、絶対言わないんだから!」
「意地っ張りだなぁ……ま、そんなところも好きなんだけれど」
地団駄を踏む駄々っ子のように叫んだ私に、コーリーは死ぬほど色気のある顔で余裕たっぷりに囁いた。
「僕が絶対に君を幸せにするから。……はやく諦めて、僕と結婚して」
そこから負けず嫌いな私は、とても頑張った。経験がないにも関わらず、かなり善戦したと言えるだろう。
けれど戦いは翌朝、いや翌昼まで続き、結局私は一瞬の油断で勝負に負けた。
「もうやだ!信じられない!」
「ふははっ、僕の勝ちだね」
「馬鹿コーリー!卑怯者め!」
「何とでも言うがいいさ、勝ちは勝ちだからね」
指一本動かせそうにない疲労の中で私はコーリーを罵った。しかし勝ち誇ったような顔で幸福そうに破顔するコーリーは気にする様子もなく私の頬に口付ける。
「可愛かったよ、僕の奥さん」
「うるさい!」
「熱烈なプロポーズありがとう」
「うるさいうるさいうるさーい!」
類似の発言でも可、なんて聞いていなかったのだから、私の意思が弱いせいじゃないんだからね!
ーーー作者よりーーー
⭐︎、フォローありがとうございます!
次で本編(カミラ視点)完結です。
その後はコーリー視点が続きます。
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