7.爆破、逃避行

 サリアがあの生き物だったということは、頭では理解しても感覚的な部分ではまだ呑み込み切れない。

 何せ彼女が、謎の生き物から少女へ成長したということになるのだ。


 しかしサリアは自分のことを、元はジグジギザリアーの「牙」だと説明していた。

 言われてみれば、あの生き物は牙っぽい感じもあったから、そう考えると妥当かもしれない。


「さあ、言うと良いぞ。アタシはしっかり聞いているからな!」


 いそいそと耳をこちらに向け、サリアは言う。

 少し屈み、手を添えたポーズがあまりにも可愛い。


 改まって口にするのは、ちょっと恥ずかしい気もしたが、応えないわけにはいかないだろう。


「……た、助けて、ください……サリア」


 僕がそう言い終えるが早いか、彼女は僕を高い高いの要領で持ち上げた。


「よし、任せろ! アタシは今に、とても良い考えを思い付くぞ!」


 そのままくるくると回り、かと思えばすとんと下ろす。

 僕の心臓は、いろんな意味で暴れ狂うように拍動していた。


「む、む、む……」


 サリアは腕組みをして、さっそく思考にふけり始める。


 目を閉じ、口をへの字に曲げ、眉間に皺を寄せた表情は、彼女にしては珍しい。

 思わず僕はまじまじと見つめてしまう。


「ん! ひらめいたぞ、名案だ!」


 ややあって、サリアは目を開けた。

 自信と希望に満ちた目だ。


 彼女は拳を突き上げ、高らかに宣言した。


「サイダンを壊す!! そして逃げる!!」


「な……るほど!」


 とても彼女らしい、勢いのある作戦だ。


 こう聞いた感じでは現実味が少し足りないように思えるのが欠点だが……いや、いったん咀嚼しよう。


 僕はサリアの眩い視線を受けながら、事を整理して考える。


 今、僕は司祭や憲兵たちから追われる立場だ。

 逃亡には大勢の追手を振り切る策が必要不可欠。


 策は大まかに2種類ある。

 1つは単純に、逃走の速度を上げる方法。

 もう1つは陽動や目くらましを行う方法。


 と、ここでサリアの提案した「祭壇破壊」を検討すると……。


「……あれ、意外といけそう……?」


「そうだろう、そうだろう! いけそうだろう!」


「はい。儀式は祭壇で行われるので、破壊行為により、まず儀式の遅延を狙えます。それから、神殿に被害があったとなれば、僕を追うための憲兵もいくらかそちらに回されるでしょう。指揮の混乱も狙えます」


 人道より儀式の取り決めを優先する司祭たちだ。

 他の場所で儀式を行うよりも、祭壇を直す方向に舵を切ろうとするだろう。


 素直に修理が行われるにしても、意見が割れて揉めるにしても、ある程度は僕たちから注意が逸れる。

 隙ができるのだ。


「加えて、彼らは僕が自分から神殿に来るとは思っていません。逃げ出したわけですからね。つまり今、彼らの人手は捜索に割かれていて、恐らく神殿は手薄になっています。忍び込んで工作をするにはうってつけの状況です!」


「うん? うん。まあ、そうだぞ。そういうことだ。オマエをイケニエにする場所は、壊してしまえばいいからな」


「サリア、ありがとうございます! あなたのおかげで、何とかなりそうです」


「そうか、そうか。何とかなるな! オマエのためだ、オマエが嬉しいならアタシも嬉しいぞ」


 心の底から勇気が沸き立ってくる。

 やってやるぞ、という気持ちが司祭たちへの恐怖を上回る。


 これまで我慢していた反動もあるだろう。

 けれども、大部分は間違いなくサリアの存在によるものだ。


 強くて、可愛くて、凶暴で、優しいサリア。

 彼女が全てを知ってなお、僕と一緒にいてくれる。

 それでどうして、何を恐れることがあろうか。


「まずは道具を揃えましょうか。向こうの町に、そういう店があったはずです。憲兵たちが来ないうちに行きましょう、サリア」


「ああ! 行こう!」


 僕たちは揃って走り出す。

 体を洗うように吹き抜けて行く強風が、とても心地よかった。



***



 その日の夜明け前。


 手はず通りに事を進めた僕たちは、件の祭壇の前までやって来た。


 幸いにも予想は外れず、神殿には見張りが数人いた程度で、サリアのおかげで難なく侵入できた。


 むしろ大変だったのは、神殿に辿り着くまでの道のりだ。

 町中を血眼になって巡回している憲兵たちから隠れて移動するのには、凄く神経をすり減らした。


 が、ここまで来ればあと少し。

 僕の手ひとつで、状況を一変させられる。


「気を付けるんだぞ、エイネ」


「はい」


 用意した来たものを祭壇の上に置き、僕はマッチの火を点ける。

 ぼんやりとした光が、闇の中に浮かび上がった。


 しかし眺めている暇は無い。

 僕はその火を、然るべき場所へ落とした。


 ぽたり、と「それ」にぶつかった火は、僅かに間を置き、燃え移る。

 その光景が、しかと僕たちの目に見えた。


「よし! 逃げるぞエイネ!」


「お願いします、サリア」


 サリアは僕をひょいと抱え、行きに伸した見張りたちを外へ放り投げながら、神殿から脱出する。


 足を止めないまま、暗闇に紛れて憲兵たちの目を盗み、町を越え、林を過ぎ、小高い丘の頂上にまで一気に駆け抜けた。


 この丘はサリア曰く「安全な場所」とのこと。

 根拠はよくわからないが、山で生きて来た勘なのだろう。


「下ろすぞ」


「はい」


 ひと息ついて、僕たちは既に遠くなった神殿に目を向ける。


 と同時に、どん、と小さくも重い音が聞こえた。


 出所はわかっている。

 神殿の、祭壇だ。


 僕たちが祭壇を破壊するために仕掛けたのは、沢山の爆薬。


 僅かずつだが貯めていたお金を全て使い、起爆剤と共に買ったのだ。

 神殿自体を壊すには全く足りないが、祭壇とその周辺を滅茶苦茶にするには十分な量が準備できた。


 導火線にはサリアに教えてもらった、よく燃える蔦状の植物を使った。

 逃げる時間を考慮して長めに用意したから、途中で誰かに消されないかと心配だったが、上手くいったみたいでひと安心だ。


「成功だな! やったな!」


「はい!」


 僕とサリアは笑い合う。

 清々しい気分だった。


「なあ、エイネ」


「何ですか?」


「オマエがアタシを好きだと言って、アタシはすごく嬉しかったぞ。アタシの良いところを、たくさん言ってくれたな。あんなに褒められたのは初めてだ」


「え、えへへ……。あれはその、まあ、ちょっと溢れてしまいまして……」


「あれからな、アタシは強くなった。オマエに好きと言われて、今までよりずっと、強くなったんだ。そんな感じがする」


「強く……?」


「ああ。さっきたくさん走ったがな、全然疲れてないぞ。そのくらいだ。オマエがアタシのことを好きなんだと思うとな、いくらでも力が出て来る」


「僕も……僕もです。今までは逃げていたけれど、あなたに好いてもらっていることをちゃんと受け止めたら……凄く、素敵な気分になれました」


「ふふ、オソロイだ」


「お揃いですね」


 僕たちはまた顔を見合わせて、笑った。

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