3.人間として
「サリア、戻りました。エイネです」
僕は小さな声で、馬車の荷台へと呼びかける。
すると布――一部裂けているが――の向こう側から、にゅっとサリアが顔を出した。
「おお! 待ってたぞ。困ったことは無かったか?」
「はい」
彼女の手を借りつつ、荷台に乗り込む。
ここは町はずれの林。
馬車に乗ってあの森の小道を去った僕たちは、人目につかないよう、この木陰に馬車を停めた。
――町で食事をするのは良いが、その前にサリアの服装をどうにかする必要がある。
ちぐはぐでボロボロな服では、悪目立ちしてしまうからだ。
そのことに気付いた僕は、ひとまずサリアを残して町の中へ。
村を出る時に持たされた「準備金」が少しあったから、それで服を購入し、いま帰って来たというわけだ。
「着方とか、大丈夫ですか」
「ああ。わかるぞ」
僕はサリアに服を渡し、いったん荷台の外に出る。
「ん、むむ……。……よし! 着れた!」
ややあって、彼女が文字通り飛び出して来た。
ひらりと、真新しい服の裾が揺れる。
白い生地に、黒いリボンの付いたシンプルな長袖の襟付きワンピース。
それが、僕がサリアに渡した服だった。
……どうか僕のセンスが頓珍漢でないことを願う。
「着心地はどうですか?」
「悪くない。気に入ったぞ!」
サリアはその場でくるくると回って見せた。
よかった、喜んでもらえたみたいだ。
僕は心の底から嬉しくなる。
これで見た目の問題は解決。
あとは……。
「サリア。ひとつお願いがあります。町で行動する時は、できるだけ目立たないようにしてください」
「ん? もちろんだ。目立っていては狩りもしにくかろう」
「そ、そういうことではなくて!」
慌てて訂正、弁解をする。
町に入る前に、認識をしっかり共有しておかなければならない。
「いいですか。人を殺してはいけません。物を奪うのも駄目です。動物も、町中にいるものは殺さないでください」
「なぜだ?」
「こういうことをすると、捕まってしまうからです」
「アタシは捕まったりなんかしないぞ」
「そうかもしれません。でも僕はあなたみたいに運動が得意ではありませんから、きっと捕まります。そうしたら、一緒にはいられなくなりますよ」
「ならばアタシがオマエを守る」
「駄目です」
「む……。じゃあ、仕方がない。オマエの言う通り、狩りはやめよう」
問答の末、サリアは渋々ながら頷いてくれた。
こちらの道理を押し付けるのは申し訳なかったが、町に行くというのであれば納得してもらうほかない。
「だがどうやって生きる? 狩りをしなくては生きられない」
「働きましょう。働いて、お金を貰えば、それで生活ができます」
「ふむ」
「こいういう町なら、だいたい日雇いの仕事がありますし、気に入ってもらえればそのまま働き続けることもできます。もしくは、荷運びとか用心棒とか、自分で職を掲げるのも手です」
「んー。うん。わかった。オマエのためなら、人間に紛れて働けるぞ。任せておけ」
「ありがとうございます。一緒に頑張りましょう」
僕は平静を装って、サリアと握手をする。
本当は今すぐにでも彼女と離れたいけれど、ここまで来たからには、僕にできるだけのことはするべきだ。
せめて彼女のために――いや、なんていうのは、全部言い訳か。
ああ、嫌だな。
どうして彼女と会ってしまったんだろう。
どうにもならないことを後悔しながら、僕はサリアと共に町へと歩き出した。
***
思った通り、仕事はすぐに見つかった。
配達屋の荷物整理の仕事だ。
内容は単純、回収され集められてくる荷物を、指示通りに運ぶだけ。
給料は1人あたり銀貨2枚とのことだった。
「おう、飛び入りのガキ共! 次はこれ運べ!」
「はい!」
「お安いごようだ」
「ここんとこ大雨やら地震やらで業務が滞ってるんだ。キビキビ働いて、貢献してくれよ!」
雇い主に言われるがまま、僕たちはせっせと動く。
僕は村で畑仕事をよくしていたし、サリアは言わずもがなの身体能力だ。
難なく、とまでは行かずとも、滞りなく作業をすることができた。
昼前から働き始め、正午、夕方、夜になっても仕事は続く。
ようやく最後の荷物を運び終える頃には、大勢いた町の人々も皆家に帰り、通りには人っ子ひとりいなくなっていた。
「はあ、はあ……」
「疲れたか、エイネ。水が必要か。そこの川から汲んでくるか」
「だ、大丈夫です……」
疲れ果てた僕とは対照的に、サリアはぴんぴんしている。
パッと見は普通の少女なのにこの体力、さすがジグジギザリアーの娘といったところだろうか。
僕はつい彼女をまじまじと見つめそうになるのを堪え、視線と思考を逸らす。
この仕事の報酬で、銀貨4枚が手に入ることになる。
乗って来た馬車、というか馬も売ったから、所持金はそれなりになるはずだ。
今後のことを考えると、お金があるに越したことはない。
毎日の食事代が稼げればまずは良し、できることなら貯蓄もしていきたいところである。
「ご苦労。2人分の給金だ」
場を離れていた雇い主が帰って来て、僕たちに硬貨を手渡した。
が。
「ありがとうございま、す……?」
渡されたそれを見、僕は思わず言葉を詰まらせる。
そして僕が何か言うより早く、サリアがぐいと前に出た。
「おいオマエ。嘘を吐いたな」
敵意を隠さない彼女の物言いに、雇い主は顔をしかめる。
「何の話だ?」
「オマエは最初、仕事をしたら銀色のを2枚くれると言った。アタシたち両方に2枚ずつくれると言った。だがオマエは今、銀色のを1枚だけ渡した。オマエ、だましたな」
「いや? 俺は初めから、2人合わせて銀貨2枚と言ったはずだぜ?」
ふん、と鼻で笑いながら答える雇い主。
やられた。
明らかに何の後ろ盾も無い子ども2人が、いいように利用されないわけがなかったのだ。
「…………」
「ッ、待ってくださいサリア!」
ただならぬ形相で掴みかかろうとするサリアを、僕は反射的に制止する。
今ここで彼女に暴力沙汰を起こさせるわけにはいかない。
「どうも、ありがとうございました。僕たちはこれで」
「エイネ……」
「行きましょう、サリア」
僕はサリアの手を引き、場を去る。
緊張で心臓が痛い。
どうか何事もなく、明日も、明後日も、その次も……1日でも多く生きられますように。
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