第9話 マジカルパワーの使い道(その後の場合)
遅刻回避の緊急事態ということで、わたしは急きょ『魔法少女ミルキー・ミルク』に変身した。
途端、バロンから「20歳過ぎてその格好は……キャバクラのお姉さんがお店でコスプレしているみたい」と痛烈な嫌味。
こいつは即刻アッパーカットの刑にしたから良いとして、それより問題なのはアテナさまの反応。
なにせ魔法の私的使用。アテナさまが不快感を示すことは容易に想像できてしまう。
「あ、あのう……アテナさま。これってマズかったですか?」
恐る恐る尋ねてみると「犯罪に手を染めるとかでなければ、そこまで堅苦しいことは言わないわよ」と大らかな答え。自分で訊いておいてなんだが、本当にそれで良いのか?
「その代わり、利用料金はちゃんと取るわよ」
「えっ?」
唖然とするわたしに、アテナさまが「当然じゃない」と微笑む。
「この変身は〝お仕事〟じゃなくて洋子ちゃんの私的利用。言ってしまえば〝バイト先のお店でお買い物をする〟ようなモノでしょう? ちゃんと必要経費は頂くわヨ」
そうニッコリと笑ったかと思うと、先ほど貰ったばかりの年金袋がいつの間にかアテナさまの手元に戻っている!
「ひー、ふー、みー……まあ、こんなモノか」
ブツブツ言いながら封筒の中にあった栄一さまをスッと引き抜くと「ハイ、毎度あり。使用料と相殺したわよ」と再度袋を手渡してくれた。
けれど……
「残金1360円って、ちょっと高すぎやしません!」
いくらなんでも栄一さま10枚はボッタくりだと抗議するも、アテネさまは眉ひとつ動かさずに「今まで黙って使っていた分も、まとめて徴収したから」と涼しい顔。
「頭割りにしたら、1回当たりの使用料はタクシーと変わらないからリーズナブルよ」
過去の分まで遡って徴収されちゃいました。
「そんなことよりも洋子ちゃん、学校に急がないと。魔法で移動時間の短縮は出来るけど、巻き戻しすることはできないわよ」
そうだった。遅刻寸前で、こんなところで時間を浪費している場合じゃない!
「考えるのはあと。とにかく行ってきます!」
慌てて〝飛翔〟の呪文を唱えると、両の手を肩から背中に流す。
すると背中から半透明な大型鳥類を思わせる〝翼が生えてくる〟。分かりやすく言えば、〇ジンガーZに出てくる飛行装具のアレだ。
「じゃあ、行ってきます」
身体がふわりと浮き上がり、窓から外に出る(あ、もちろん玄関のカギは閉めたわよ)。もちろんバロンの背中にも同じような翼が生えてわたしのお供。
「大学に急ぐわよ」
バロンに告げると最高速で大学を目指す。
で、着いた。
飛翔の最高速度は音速の10倍。しかも加減速に要する時間は限りなくゼロなので、大学程度なら10秒もあれば到着する。
「揚力を全く発生しない翼に始まり、加減速のGが無いとか、衝撃波やドップラー効果が起きないとか、物理法則を根底から無視しているよな」
飛翔の魔法。早くて便利なのに、毎度のことながらバロンが「解せぬ」と首を捻る。
「もう、アテネさまが言っていたじゃない。翼は魔法の発動を知らせる〝記号〟みたいなモノで、暴力的な加速からは〝マジカルフィールド〟が防いでくれるし、周囲への衝撃は〝マジカルアンカー〟で相殺してくれるって」
「ひょっとして、ムリな道理でも〝マジカル〟を付けたら通ると思ってない?」
「それをアテナさまに言う?」
「ゴメンなさい。ボクが悪かったです」
そんな悶着がありつつも、無事大学の裏庭に到着。ここでパパッと変身を解いて大急ぎで校舎に向かえばギリギリ講義には間に合う、はず。
ところが……
「〝プリン〟に〝ショコラ〟と〝ココア〟まで。変身しちゃって、どうしたの?」
裏庭の空き地に、かつての仲間。〝ミルキー・プリン〟も〝ミルキー・ショコラ〟も〝ミルキー・ココア〟の3人が「間に合った―」と安どの表情を浮かべながら、現役当時のファンシーな衣装で降り立ったのだ。
「寝坊した」「右に同じ」「以下同文」
早い話がわたしたち全員が遅刻寸前で魔法少女の飛翔の力に頼ったのである。
もちろん彼女たちにも相棒がいるので、3体のぬいぐるみもどきな妖精も降りてくる。それぞれが「おう」とか「やあ」なって言い合っているのは皆が顔見知りだからね。
かつて闇と戦ったわたしたち魔法少女の面々は、引退後も同じ高校を経て同じ大学へと通う腐れ縁なのだ。
何故全員の進路が同じなのか?
言いたいことはイロイロあるんだろうけど、そこは訊かないで欲しいかな。主に成績とか、成績とか、成績とか……イロイロあるのよ。
「緑川は出欠に煩いから」「代返、直ぐに見破られるし」「必修だから単位落とせないし」
みんな考えることは同じで「やむを得ない」との理由で、不本意ながら魔法少女に変身して飛ばしてきた、と。
「だから時間に余裕を持って行動すれば、そんなことをしなくても良いのに」
バロンをはじめ他の妖精たちも一斉にわたしたちを諭すが、なっちゃったものは仕方ないでしょう。
わたしが「アクシデントもあるんだから」と開き直ると、バロンが他の妖精たちを煽るように「それで迷惑を被るのはボクたちなんだ」と被害者面。
「なにが困るの? 言ってみなさいよ」
「洋子ちゃんひとりでもコスプレ感満載だったのに、4人揃ったらイタイお祭りの「地獄に行きたいみたいね」……」
バロンが皆まで言い切る前にキッチリ締めたのは言うまでもないことよね。
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