第8話 介護にまつわるエトセトラ
ウチで介護されていると聞いてバロンが激しく落ち込だ。。
「ボクが独居高齢者……ここが特別養護老人ホームだったとは」
「いやいや、そこまで言っていないから。あくまでも〝みたいなモノ〟なんだし」
「そうそう。孤独死でもされたら目覚めが悪いから「一緒に暮らしてあげて」ってお願いしたのよ」
辛気臭いからフォローしようとしていたのに、アテナさまがトドメとばかりにバロンを足蹴をするもんだから「ふたりともボクのことを、孤独で寂しい高齢者だと思っているんだー!」と拗ねまくり。
「いいんだ、いいんだ。どうせボクなんか、ボクなんて。ボッチで公園のブランコなんかに、昼間一人で黄昏ているような寂しい妖精なんだ」
すっかりいじけちゃって、ブツブツ独り言を言いながら、指で床に〝の〟の字なんかを書いている。
もう。どうしてくれるのよ!
バロンは拗ねると本当に面倒臭いのだから!
「ほらほらバロン、機嫌を直して。誰もそんなこと思っていないから」
「ふん。心にもないことを」
ホラホラ、へそを曲げちゃった。
「もう! わたしが介護保険を貰いだけでバロンを引き取る訳ないでしょう!」
そんな安直な女じゃないと強い口調で言うと、猜疑心を残したまま「ホントに?」と訊きしてきた。
「当然じゃない!」
バロンを安心させるために、胸を叩いて力強く頷く。と、横からアテナさまが「昨今の物価高騰に合わせて、介護保険に合わせて補助金も支給しているわ」と余計な一文。
「うわー、やっぱり! ボクは要らない妖精なんだー!」
再びバロンが床に突っ伏してオイオイと泣き出す。
てか、アテナさまバロンに塩を塗り過ぎ。ひょっとして私怨でもあるのだろうか?
「もう、アテナさま。あんまりバロンを虐めたらダメですよ」
傷口を抉りまくるアテナさまにちょっと注意。そのうえでピーピー泣きじゃくるバロンに「男なんだから泣かないの」と優しく喝を入れる。
「わたしがバロンを引き取ったのは、辛い時も一緒に戦ってくれたからなんだだよ」
そう。魔法少女の戦いは想像を絶するほどに過酷だったのだ。
次々と襲い掛かる闇の力に対して戦い抜けたのは、仲間の魔法少女との友情もさることながら、相棒であるバロンのサポートがあったればこそ。
「闇のエージェントがユミちゃんの心を乗っ取って襲い掛かって来た時、バロンは身を挺して私を守ってくれたでしょう?」
具体例を挙げるとバロンが「ま、まあ」と反応した。
本当はユミちゃんの立派な胸部装甲を揉みしきたかっただけの行動だけど、結果オーライだったからこの際それは不問にしておこう。
「他にも「妖魔フローラ」の毒花粉を吹き飛ばした、風魔法の一件もあったでしょう?」
あの時も激戦だった。
毒の花粉をまき散らす妖魔の策略に嵌り身動きが取れない絶体絶命のピンチに、バロンは仲間の妖精たちと力を合わせて風魔法で毒花粉を吹き飛ばしてくれたのだ。
もっとも、風魔法を行使したのは美脚だったフローラのパンチラを見たかったのが目的で、わたしたちが助かったのはバロンたちの類まれなる煩悩のおかげなんだけど……
都合よく都合悪いことを忘れているバロンは、自身の武勇伝を聞いて「そうだね、そうだった」と自信を回復。
「そうだよ。ボクは洋子や他の仲間たちと一緒に、この世界を守ったからこそ此処にいるんだ! その後も平和な世界を見守る必要が、義務がボクにはある。アテナさまの言う介護保険は、ボクがこの地で射続けるための方便なんだ。きっと!」
ゴゴゴと勝手に一人で盛り上がっている。
「ありがとう、洋子ちゃん。ボクがカン違いしていたよ。介護報酬や何やらは、ボクを引き取ってくれるための必要な〝建て前〟なんだよね。僕たちはこれからもずっと最高のバディだよ!」
わたしの励ましでバロンはすっかり立ち直り上機嫌。
うん、ヨカッタヨカッタ。気落ちして病気にでもなられたら、医療費はコッチ持ちだからね。バロンにはとにかく元気でいて貰わないと。
ホッと胸をなで下ろしていると、コーヒーを飲み干したアテナさまが「それはそうと」とわたしを突っつく。
「洋子ちゃん、随分とのんびりしているけど、大学には行かなくて良いの?」
言われて時計を見れば1限開始まで10分を切っている。
「……ヤバい、遅刻だ……」
駅までダッシュで15分、電車に乗ること更に20分。どう考えたって間に合うはずがない。
「のんびりお話していたから、今日は午後から登校かと?」
アテナさまは完全に他人事モード。
わたしは背中からサーっと血の気が引く。
緑川教授はとにかく出欠に煩く、正当な理由のない遅刻や欠席は即減点。欠席3回で単位を落とすという噂すらある。
ヤバい。ヤバい。めっちゃヤバい!
いろいろ(主に寝坊だけど)あって既に2回講義を落としているわたしに、もはや遅刻や欠席は許されない。
となると……背に腹は代えられないか。
止む得ないと意を決すると、わたしは「バロン!」と相棒を呼びつける。
「緊急事態よ。認証して!」
小学校低学年女子が喜びそうなファンシーなブローチを手にしたわたしを、バロンが「えっ? ウソ! 良いの?」と驚いた表情で訊いてくる。
「単位が落ちるかどうかの瀬戸際だから、四の五の言ってられないの」
切羽詰まったわたしの答えに「時間にルーズなだけじゃない」とぼやきながらも認証の呪文を唱えてくれた。
「マジカルチェンジ!」
かけ声に呼応してブローチが光を放つと、わたしはファンシーな衣装に身を包んだ魔法少女ミルキー・ミルクへと変身したのである。
認識コードの都合上しなければいけないポーズと口上を述べると、わたしは「大学まで飛ぶわよ」とバロンに告げる。
まっとうな方法ではどんなに急いだところで1限目は欠席確実だが、ミルキー・ミルクの飛行能力なら話は別。
わたしの最終手段という訳だ。
しかしバロンは思うところがあるのだろう。非難するかの如く強い口調で「洋子ちゃん」とわたしを呼びつける。
「分かってる! 「魔法の力を私的に使うとは何事か」でしょう。お小言はまた後で聞くから」
小言を貰う前に先回りして謝ったのだが、バロンは「そうじゃなくて」と微妙な表情。
「20歳過ぎてその格好は……キャバクラのお姉さんがお店でコスプレしているみたい」
「言うなー!」
バロンにアッパーカットを喰らわせて宙を舞わせたけど、わたしは悪くない筈だ。
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