第7話 続、お金にまつわるエトセトラ

「う~っ。酷い目に遭った」


 ウンザリとした表情でアテナさまがボヤくが、アレは自爆というか自業自得なんだけどね。

 自分で自分にコーヒーをぶっかけるなんて芸当、ふつうはできないし「うひゃー」なんて悲鳴はもはやプロレベルと言えよう。

 まあ、それはさておき。


「服がコーヒーでべとべとだし、愚痴る前に先に着替えたほうが良くないですか?」


 先ずは身ぎれいにしてからボヤいたほうが良くない? とアテナさまに提案。濡れた服のままだと気持ち悪いだろうし、なまじ服が純白の絹織物だけにコーヒーの染みが余計に目立つ。

 さすがに自覚があったのか「それもそうね」と納得すると指をパチンと鳴らす。アテナさま曰く「着替えた」とのことだが、傍から見れば「魔法で染み抜きした」としか思えない。しかもこぼした筈のコーヒーまで元のカップに収まっているのだから、どれだけチートの無駄遣いなんだと言いたくなる。

 

「ごちそうさま、美味しかったわよ」


 ニッコリ笑ってカップから指を話す。


「ハイハイ、お粗末さまでした」


 コーヒーと謂いながら実際には角砂糖を4個もブッ込んだ駄々甘い代物なのに、その甘汁を飲む仕草すら優雅に見えるのだから美人はズルい。わたしだって捨てたものじゃないと思うけど、ポンコツでも可愛いと言われる域にはまだまだ。

 ま、女神さま相手に勝負挑んでも詮が無いからやらないし、今はするべきことが他にある。


「それでアテナさまは〝何を思い出して〟急に立ち上がったんです?」


 コーヒーカップをひっくり返してしまうほどの要件なのだ。聞かない訳にはいかないだろう。

 改めて問い返したところ、アテナさまも「そうそう、それそれ」と思い出したかのように手を叩く。


「振込だなんだとバロンがつまらないことを言うから、もう一つの用件を忘れるところだったわ」


 完全に忘れていたのか、アテナさまがバツが悪そうに舌を出して頭を描く。

 はっきり言って耄碌するほどそそっかしいだけなのだが、空気を読めるわたしは「困ったものです」と苦笑いしてバロンに責任転嫁。相手を慮った大人の処世術を見せたのだが、器の小さなバロンときたら「ボクの所為にするなよ」と唇を尖らして不満をアピール。

 男気を出して鷹揚にしていれば良いものを、アテナさまに食ってかかるという愚を冒したのだ。

 当然ながらアテナさまの機嫌がみるみる悪化。


「可愛げのない妖精」


 睨まれたあげく「チッ」と舌打ちされ、アテナさまの悪態を受ける羽目となる。


「そんなのだから、いい年してボッチなのよね」


「振り込みの一件と僕の交友関係を一緒くたにしないでよ!」


 謂れのない誹謗にバロンが異を唱えるが、アテナさまが「お黙り!」と咆えたことであっさり沈黙。


「〇〇のちゃっちゃな男」「モテないからって直ぐに僻む」「だから万年モブキャラ扱いされるのよ」etc、etc


 女神だというのに罵詈雑言のレパートリーが多いこと多いこと。次から次へと機関銃のごとく絶え間なくキツイ言葉を浴びせかけられ、ひと言も反論する間もなくバロンが沈黙、その場で屍と化していた。


「雉も鳴かずば撃たれまい」


 わたしの金言にバロンは短く「……そだね」と頷いて崩れ落ちたのだった。




 それからきっちり10秒後。


「それで、洋子ちゃんへのもう一つの用件てのは何なの?」


 罵詈雑言から立ち直ったバロンが、アテナさまに改めて用件を問いただす。

 というかあれだけ罵られたのに、未だ理由を訊こうとする好奇心がハンパない。


「バロンの厚顔ぶりは、感心を通り越して、ただただスゴイのひと言だわ」


 呆れ交じりにわたしが告げると「照れるなぁ」と満更でもない表情。


「褒めてないからね」


 というか、ドン引きよ。コイツの性癖はドMじゃないかと本気で疑ったくらいだから。


「隠すようなものじゃないけれど……」


 訊かれたアテナさまも「言ってもいいのかなぁー?」と思案顔。


「いちおう、バロンに関係がある事柄ではあるのだけれど……」


「ボクに関係があるのに、秘密って? まさか告知できない不治の病だとか……」


「殺しても死なないヤツが、何自分に酔っているのよ」


 呆れるわたしに「殺されたら死ぬ」と反論するが、あいにくバロンの死んでいるところは1度たりとも見たことがない。

 ったく、比喩に決まっているでしょう! だから〝空気の読めないぬいぐるみ〟って謂われるのよ。


「アテナさま。隠したりしないで喋っちゃたら?」


 いい加減疲れてきたので、アテナさまに「公表しろ」と催促。

 わたし宛の用事なのに自分が関係すると知った途端「口外すると拙い内容なの? 守秘義務を謳った書類にサインしないとダメだとか?」なんて囁かれて鬱陶しさに辟易する。


「年金とは別にバロンの介護報酬を支払っていたのよ」


 バレちゃしょうがないかという感じで、アテナさまが報酬の入った茶封筒を渡してくれる。

 毎度あり~


「ちょっと待って。それじゃ、ボクの立場は?」


 バロンが訊いてくるので答えてあげよう。


「特別養護老人ホームに住む独居高齢者だね」


 魔法少女を定年になった時に、アテナさまから頼まれたんだもの「独り身で身寄りのないバロンの老後も看てあげて」って。


 

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