第6話  お金に関わるエトセトラ

 年金の支給が手渡しである必要がないことに驚くアテナさま。

 未だ信じ切れていないのか「洋子ちゃんは知っていた?」と確かめるように訊き返してくる。


「ええ、まあ」

 

 というか、15歳から『魔法少女年金機構』からの年金を受け取っているから、自分自身はアルバイトすらしたことがない。

 なので「耳伝手で聞いた話ですけれど」と前置き。


「ウチのお父さんも、学生時代にした短期のアルバイトくらいでしか、給与の現金手渡しは経験したことないですよ」


 わたしの発言に「ホント?」と訊き返すが、当然返事は「はい」の一択。

 そりゃ、半世紀くらい前ならあったかも知れないけどね、今どきは日雇いのバイトでも余程の理由がなければ振り込みじゃないかな?


「そ、そうなんだー」


 アテナさまの声が裏返っている。

 それでもまだ得心し切れていないのか「でも、でも」と煮え切らない。


「その質問。訊いたのは洋子ちゃんのお父さんだけなんでしょう?」


 聞き込みのサンプル数が1だから、ウチのお父さんが例外だと思いたいのだろう。

 でもねぇ……


「クラスメイトにもアルバイトしている子は何人かいるけれど、手渡しでバイト代を貰った子はひとりもいませんでしたよ」


 高校時代を含めるとサンプル数は10人以上。それだけあると説得力も増したのか、アテナさまも「( ´∀`)bグッ!」と言葉に詰まり、ガクッとその場にうな垂れる。

 そこに追い打ちをかけたのが妖精のバロン。


「というか。今の今までただの1度も、世情を調べていなかったの?」


 バロンの問いかけにアテナさまがコックリと頷くと「だって!」と弁明。


「〝プリン〟の森本さんも〝ショコラ〟の斎藤さんも〝ココア〟の田中さんだって、年金の手渡しについて何も言わなかったもの!」


 その場にしゃがみ込むと、両手を握り締めての半ギレ絶叫。


「銀行振り込みとか、そんなの知らないわよ! 神界にはそんなシステムなんかないのだから!」


 そりゃ、そうでしょうね。

 逆に神様の世界に銀行とかあったほうが驚くわ。

 髪を振り乱してギャーギャー喚くアテナさまに「別に誰も気にしていませんよ」と一言添える。


「えっ?」


 青天の霹靂? 寝耳に水? わたしのひと言に虚を突かれたのか、アテナさまがポカンとフリーズする。


「アテナさま直々の手渡しで受取印まで押すから「変わっているなー」とは思うけど、わたしを含めて朱美も香織も真知子も気になんかしてないですよ」


「そ、そうなの?」


「はい」


 もう一度はっきりと答える。

 そう。受け取るわたしたちの側からすれば、月々ちゃんと年金を貰えれば支給方法に拘りなんて一切ない。

 そのことを改めて伝えた途端、アテナさまから能面のように表情が消えた。

 直後、バロンの前にゆらりと立ちふさがると「ひとつ訊きたいのだけれど?」と抑揚のない声で問い質す。


「洋子ちゃんたちが気にしていないのに、貴男が騒いだのはどういう理由からかしら?」


 この最後の審判に、バカ妖精は「アタフタしているアテナさまが可愛い」なんて要らんことを口走ってしまいました。


「天罰!」


 我が家のダイニングに雷が迸る。

 神の裁きが下されたバロンがどうなったのか? その続きは神のみぞ知る、ということで。





「……ったく、死ぬかと思ったよ」


 雷撃をモロに受けて黒焦げになったはずのバロンが、次の瞬間ムクリと起き上がるや「いやはや」とか言いながら頭を描く。

 いや、ふつうは死んでいるから。

 数秒前まで炭みたいに焼け焦げだったはずなのに、もふもふの体毛は艶々で妖精ってのはギャグマンガ体質なの?

 それを見た途端、アテナさまが「チッ」と舌打ち。


「アレでピンシャンしているなんて、非常識なヤツ」


「アテナさまがソレ言う!」


 ヒトの家のダイニングに雷落としたんだよ! 

 ゴッドパワーで部屋の中は焼け焦げひとつないけど、目が潰れるほどの閃光はご近所迷惑甚だしい。


「次からはあまり近所迷惑にならない天誅でお願いします」


「洋子ちゃんも、たいがい非常識だよ」


 嫌そうな顔でバロンが愚痴るが、雉も鳴かずば撃たれまいのだ。雉以下のヤツに言われてもねぇ……

 アテナさまも「善処する」と言ってくれたし、この話はこれでお終い。

 今月分の年金も頂いたしね。

 なので懐が温かくなって、わたしの機嫌もちょっと良い。


「せっかくだからアテナさまもコーヒー飲みます? インスタントだけど」


「ありがとう。いただくわ」


 わたしがコーヒーを差し出すと優雅な手つきでカップを持つ。そのままダイニングチェアに腰かけると、金髪がハラリと頬を撫でてハッとするぐらい美しい。

 黙っている時のアテナさまは、神々しいというか掛け値なしの美女なのだ。

 もう一度言うが、黙っていればだ。


「あっ、そうだ!」


 突然何かを思い出したようにアリスさまが勢いよく立ち上がるが、コーヒーカップは手にしたまま。漆黒の液体の大半はアテナさまの服に降り注ぐ羽目に。


「ホントにドジっ子女神だよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る