第4話 〝元〟魔法少女の経済事情

 今現在〝無職〟だということに目を逸らすためか、バロンが「そういえば……」と強引に話題を逸らす。


「確か今日、アテナさまが来る日じゃなかった?」


「あ、ホントだ」


 あざとく露骨すぎる話の変更なんだけど、スマホのカレンダーを見れば確かにバロンの言う通り。スケジュール帳のイベント欄に、その旨の印が入っていた。


「ということは、今日はアノ日なんだ」


 思わず「やった」とこぶしを握り締めていたら、突然ダイニングの隅に淡く光り輝く物体が現れた。

 眩しいくらいに光り輝いているのに眩しくないという摩訶不思議な光は、やがて細長く縦に伸びてヒトの形に。やがて輝きが収まると、長身で腰まである絹のような金髪の美女が現れた。

 アイスグリーンの瞳と相まって西洋人を思わせる容姿の超絶美人なのだが、クドイようなな濃さはなく柑橘系のソースのようなさっぱりとした印象なのは、いたずらっ子的などこかコケティッシュな雰囲気を纏っているからだろうか? 

 ローマ帝国で着られていたトガに酷似したローブのようなものを召しおり、TPOをわきまえてか足元は室内用スリッパ(しかも百均で売っているような)を履いている。

 彼女こそ〝見た目:ギリシャ神話に出てくる神々しい女神様。中身:残念なお姉さん〟なアテナさまである。


「洋子ちゃん、お久しぶり~」


 パタパタと手を振る仕草は、とても可愛らしい。同性の私から見ても「惚れちゃうやん」というほど破壊力バツグン。

 澄まし顔で黙っていれば後光が差すほどの神々しさを称えるのだから反則である。


「こちらこそ、お久しぶりです」


 こちらが挨拶を返すと、もう本当に満面の笑み。マジで彼女の背後で花が舞っている錯覚に陥るわ。

 文字通り女神様なんだけど、比喩的な意味でも女神さま。心惹かれるのも当然だと思えるわ。

 ただし、可愛らしくて神々しいのは見た目だけである。

 それが証拠に1歩足を踏み出した途端。 


「あわわわわっ!」


 トガの裾を自分の足で踏ん付けて、床にスッ転ぶようなドジっ子なのだ。


「神の威厳……思いっきりマイナスだね」


 バロンの呟きに、わたしもコックリと首を縦に振りました。




 でもって、5分後。


「いやーっ。ちょっとドジっちゃったわ」


 チョコンと舌を出しながらアテナさまが「失敗、失敗」と言って頭を描く。


「いかにも〝偶々〟みたいな言い方をしているけど、アテナさまってウチに来るたびスッ転んでいるからね」


 ドジっ子が可愛いのは3度まで。同じところで4回も5回もスッ転んだら「いい加減、学習せいや」と言いたくなる。


「だって洋子ちゃんが〝家の中は土足厳禁!〟なんて言うから、スリッパが服に引っ掛かるのよ」


「いやいや、転ぶのはスリッパが原因と違うから。単に服の裾を自分で踏ん付けているだけだから」


 わたしの発言が問題ある風に言わないで欲しい。

 それに、そもそも論でいえば躓く原因は、スリッパではなく服装にあるでしょうが。


「足を引っかけて転ばないように、ドガの裾を短くしたらダメなの?」


 裾が足首のあたりまであるから踏ん付けてしまうのだ。膝上丈まで短くすれば、いくらアテナさまがドジっ子でも失敗すまい。

 だがアテナさまは両手で即座にバツ印。


「ドガの裾は折っちゃダメって規則があるから。違反したら怒られちゃうの」


「制服のスカート規則か!」


 吊り上がったモンロー型のメガネをかけた風紀係が、物差しを片手に校則ヨロシク、裾の長さをチェックしている風景が目に浮かんでしまった。




「神さまってイメージが大事だから、服装の規定はイロイロ煩いのよ」


 積年の鬱憤が溜まっているのか、ちょっと「神さまの世界も大変だね」突いたら、アテネさまは「そーなのよ」と職場の不満を愚痴る愚痴る。

 足を引っかけて躓いた服装の規定に始まり、仲間の失敗や上役のムチャ振りなど、神さまの世界もブラック職場があるのか? というくらいの愚痴のオンパレード。最初は「ふ~ん」とか適当に合の手を入れていたのだけれど、アテネさまの愚痴は一向に終わる気配がなし。井戸端会議のオバちゃんよりも喋る喋る喋り倒す! 終いにはバロンが「アテネさまは洋子ちゃんに愚痴を言いに来たの?」と露骨に訊きに入ったほど。

 さすがにそこで本来の用向きに気付いたのだろう。


「まさか。違うわよ」


 頬に縦線が入るほど焦りながらアテナさまが否定する。


「私が洋子ちゃん家に来た目的はコレだからね」


 そう言って指を鳴らすと、茶封筒とA5サイズの手帳のようなものが現れる。

 そうそう、コレコレ。コレこそがわたしが待っていたものだ。


「ハイ、洋子ちゃん。今月の分」


 何はともあれと、アテナさまが茶封筒を渡してくれた。

 やん、嬉しい!


「いつもいつも、ありがとうございます!」


 満面の笑みをたたえてお礼を述べると、用意してきたハンコをアリスさまが差し出した羊皮紙の書類にポンと押す。


「ハイ、受領印頂きました。無駄遣いしちゃダメよ」


「もちろんよ」


「ホントかな~」


 ジト目で見てくるけど信用無いなー。そんな事、する訳ないじゃん。


「魔法少女時代にコツコツ溜めた〝年金〟なんだから、大事に使うわよ」


 だって、この一瞬が〝魔法少女をやっていて良かった〟って、心から思う瞬間なんだもの。

 


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