第3話 〝元〟魔法少女の朝ごはん
他の人はどうだか知らないけど、わたしの朝は1杯のコーヒーから始まる。
と言っても、始めたのは高校生になってからだけどね(中学までは苦くて飲めなかったのよ! コーヒー)。
ドリップポットから熱い湯を注ぎ、コーヒーの豊潤な香りを味わいながらパンをトーストする。
その際パンには茶さじ1杯くらいの水で湿らせておくのがワンポイント。そーすることでトースターの中でパンが〝蒸し焼き〟状態になり、外はサクサク中はふんわりと美味しく焼けるのだ。
トースターのタイマーが軽やかに〝チン〟と鳴るのに合わせて、ドリップのコーヒーも注ぎ終わる。冷蔵庫からバターと牛乳、昨夜作っておいた野菜サラダを取り出して食卓に並べる。
ちょっと粗目に挽いたコーヒーがさっぱりとした苦さで眠気を吹き飛ばし、トーストに塗ったバターがパンの小麦の甘さを引き立てる。
野菜サラダには粗挽き胡椒とレモンのドレッシングがかけてあり、程よい酸味と野菜のシャキシャキ感がトーストの良いアクセントとなっている。
…………………
…………
……
「うん。理想的な朝食だね」
わたしの語るモノローグに、バロンが感想を述べる。
「栄養バランス的にも良い感じだし、ボクとしても推奨できる朝食だよ」
「でしょう。鯵の干物にと香の物と味噌汁っていう〝ザ・日本の朝食〟っていうのも捨て難いけど、わたし的にはやっぱりコーヒーが飲みたいから、朝ごはんは洋食推しなんだよね」
和食だとどうしてもお茶になっちゃうからね。
「洋子の主張には共感できるよ。でもね……」
バロンが小首を傾げて困った顔。
「そういうこおとは、朝ちゃんと起きてから言おうね」
肩もないのに器用に肩を竦めながチクリとこぼす。そして視線はダイニングテーブルに載る、インスタントコーヒーとトーストに注がれる。
「ギャップがあり過ぎて虚しくなるでしょう?」
ため息をつきながらの指摘にわたしは「うっ」と言葉に詰まる。
「だって、仕方が無いでしょう! 朝は忙しくて時間がないのだから!」
わたしだって出来ることなら香りを楽しみながらモーニングコーヒーを飲みたいわよ。でも、そんなことをしていたら遅刻が確定。出欠に煩い緑川教授とかが1限に当たったら、問答無用で単位を落とされちゃうわよ。
「いや、だから。洋子があと15分早く起きれたら、コーヒーをドリップする時間くらい作れるだろう?」
バロンがしたり顔で正論を吐くが、いやいや、ちょっと待って欲しい。
「15分早く起きるということは、15分睡眠が削られるのよ。生理学的にもパフォーマンスの観点からも、睡眠時間の削減は褒められたモノじゃないわ」
「だったら就寝時間を15分早めたら?」
「うぐっ……」
一瞬にして論破されてしまった。
という訳でわたしは不貞腐れるようにパンにバターを塗って、もしゃもしゃと食べている。パンはどこのスーパーでも売っている、大手メーカーのごく普通の食パン。コーヒーも同じく有名ブランドのインスタント、どちらも商品名を言えば「ああ、あれか」の返事が来るので、不味くはないがそれ以上でも以下でもない。
「時間が無いからやむを得ないのだけど、トーストとコーヒーだけだと、朝のルーチンをこなしているだけみたいで」
「確かに、コレは少々味気ないよね」
わたしの愚痴に付き合うように、マグカップに注いだミルクを飲みながらバロンが本音を漏らす。
ぬいぐるみ然とした小さな生き物が、両手でマグカップを持つ仕草が可愛いが、コイツは見た目がこれでも中身はいい歳をした大人。そう考えると、中々にシュールな光景だ。
「だから理想はさっき言ったみたいな朝食よ。早起きしないからってのは解っているから苦情は受け付けないから」
早口で捲くし立てると「バロンの理想は?」と訊いてみた。
あれだけ立派な諫言をしたのだ、さぞや優雅な理想があるんだろうと尋ねたら、顎(あるのか?)に手を当てて「そうだな」と考えるポーズ。
「ボクとしたらバゲットのガーリックトースト片手に、スパークリングワインを楽しめたら理想的だな」
格好を付けながら「生ハムを載せるのも良いし、何ならオリーブオイルってのも粋かな?」なんてふざけたことを得々と語る。
「朝からお酒ねぇ……」
「優雅だろう?」
なんてことを言うが、わたしの頭にワンカップ酒を片手に焚火に当たっているホームレスな妖精の姿がよぎる。
「仕事がないのを優雅というのかなー?」
魔法少女ミルキー・ミルクの相棒。妖精のバロンは現在絶賛無職である。
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