第2話 〝元〟魔法少女の朝
朝。カーテン越しに柔らかな光がベッドに差し込み、暖かな微睡に包まれる至福な時間。
お布団サイコー。
世界の平和を実感できるよ、ウン。
世界を守ってヨカッタ、ヨカッタ。
では改めて微睡の時間の続きを堪能……は、させてはくれなかった。
PPPPPPP……!
枕もとで目覚ましのアラームが甲高く鳴り響き、アンニュイで至福な時間をぶち壊す。
喧しいだけの無粋なヤツめ。
至福の時間の邪魔をするなとばかりに布団を頭まで被ったら、呆れるような溜息がひとつ。
うん、この失礼な仕草は〝元〟相棒のバロンだ。モコモコしたぬいぐるみのような愛らしい外見の妖精は、わたしが魔法少女を引退した後も地上界に残って一緒に暮らしている。
「洋子ちゃん、洋子ちゃん。目覚ましベルが鳴っているよ。もう起きる時間じゃないの?」
起床時間だと、分かりきったことを耳元で告げる。ウゼーな、わたしはもう少し寝ていたいのよ。
かつては共に闇と戦う戦友だったけど今じゃ立派な小舅、わたしの生活態度にアレコレと小言をネチネチ言ってくる。
「……眠い。あと5分」
「いや、だから。目覚ましが鳴っているって!」
目覚ましが鳴ろうが何だろうが、眠たいものは眠たいのよ。
「ホントに、困ったね。もう朝なのに」
バロンが渋いイケメンボイスで「やれやれ」と困惑する体を見せるが、うるさいってーの!
抗議するように反転してうつ伏せになると「井上さーん、井上洋子さーん。朝ですよ、起きてくださいよー」と爽やかなバリトンボイスでモーニングコールをすれが、少々声が良いくらいでわたしが擁する睡魔に勝つなんて百年早い。
〝目覚ましには屈しない〟
固く決意して無視を決め込んでいると「1限の講義は緑川教授じゃなかった? あのセンセー、出欠には殊のほか煩かったんじゃないの?」とモーニングコールに今日の予定をぶっ込んでくる。
確かにあの教授は出欠に煩い、煩いけども……
「やっぱりダメ……だから、あと5分」
寝かせてよと懇願すると「ダメだって!」と窘められる。
「その5分が命取りになるんだから。ただでさえ洋子ちゃんは朝が苦手で動きが緩慢なんだよ」
その分早く起きて準備をしないと遅刻するだろう? 噛んで含めるような諭と宥めすかし。
理性では分かっているって、その通りだよね。朝バタバタしたくないのなら、ちょっとだけ早く起きなさい、と。
「でも、寝たい……」
だから起きれない。ムリ、絶対にムリ。
2度寝を誘う魔の手は抗い難く、打ち勝つには相当な決心が必要。恐ろしさでいえば、あのブラック・シャドー以上かもしれない。
「ダメだよ、コイツ。すっかり腑抜けになっちゃってるよ」
ガックシと言った口調でバロンが呻く。
腑抜け結構! この微睡を享受するためならば、いくらでも腑抜けてみせるわ。
そう思った直後。
「いい加減、起きさらせー!」
業を煮やしたバロンが罵りながら実力行使。あろうことか、わたしの後頭部に飛び蹴りを喰らわせてきたのである。
いくらぬいぐるみサイズだとて、全身でタックルしてきたらそりゃ効くってもの。わたしの身体はベッドから転がり落ちるや、後頭部をしこたま打ち据えたののである。
これは痛い、めっちゃ痛い。何をするんよ、このバカ妖精は!
後頭部から〝ゴン!〟て鈍い音がして、目からは火花が飛んだわよ。いや、マジで。
「いくら何でも、やり過ぎでしょー」
涙目で睨みつけると、文句をスルーして「やあ、おはよう」ってふざけた挨拶。おかげで睡魔も引っ込んでしまったわ。
痛む後頭部をさすりながらバロンに文句を言うと、澄まし顔で「起きなかった洋子が悪い」と断言。
「さっさと起きて支度をする」
捨てセリフのような小言を放つと、一足先にバロンがトテトテとリビングに向かう。
ただし、わたし相手に体当たりをぶちかましたので足元がおぼつかなくなったのか、ぴったり10秒後は〝ドンがらがっしゃん!〟と派手な音を響かせて階段から滑落。
ふっ、因果応報ってヤツね。
わたしはバロンの屍を踏みつけて階段を降りていった。
そんな感じで、魔法少女ミルキー・ミルク改め井上洋子の1日が始まるのであった。
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