魔法少女のその続き~キボウハドコニイッタ~

井戸口治重

第1話 魔法少女 最後の戦い

 雷鳴轟き荒れ狂う積乱雲のように、どす黒く禍々しい瘴気が空を覆い尽くそうと、四方八方へとその勢力を広げている。もはや地上に太陽の光は届かず、闇が世界を闊歩しようとしていた。

 その闇の中心で絶対的な悪の化身ブラック・シャドーがほくそ笑んでいた。

 ヤツが指1本を振るだけで、闇の矢が雨のように降り注ぎ、人々が恐怖に逃げまどう。そしてその恐怖に怯えた感情がブラック・シャドーたち闇の贄となり糧となる。 


「ククク。あと少し、あと少しで闇がこの世界すべてを覆い尽くす。悔しいか? 悲しいか? 手も足も出ぬオマエたちは、そこで這いつくばって世界の終焉を見ているがいい!」


 そしてブラック・シャドーが嘲笑いながら、わたしたち魔法少女を弄りつける。



 ブラック・シャドーは地上に降臨した闇の象徴、世界を闇に染めて混沌に沈めようとしているのだ。わたしたち魔法少女は闇の魔の手から地上を守るために女神アテナから力を授かったのだが、魔王ブラック・シャドーの前になす術もなく倒されたのだ。


「ミルク。立ってよ! お願いだから! キミが……魔法少女ミルキー・ミルク倒れたら、誰がこの世界を守るんだよ!」


 耳元で相棒のバロンがわたしを叱咤している。

 でもゴメン。もう戦う力が残ってないや。

 最後の力を振り絞って立ち上がろうとしたけど、ダメだ力が入らない。

 無様に地べたを這いつくばるわたしを、再度ブラック・シャドーがあざ笑う。

 

「オマエたちの力など所詮この程度。我ら闇に歯向かったところで鎧袖一触、これっぽっちも効きやしないのさ」


 そうか。もう、欠片も効かないのか。

 頑張ったんだけどなあ、わたし。やっぱり敵わないのか。

 遠くで雷鳴の音が聞こえる、ブラック・シャドーの手下である闇の使途が振るった力だ。

 あの雷鳴が轟く下では、たくさんの人たちが恐怖に怯えているんだろうな。

 ゴメンね、もう助けに行くことができないや。心の中で謝りながら周りを見ると、仲間たちもまたブラック・シャドーの無慈悲な攻撃を受けて地に伏していた。


「……ぷりん……しょこら……ここあ……」


 荒い息遣いで仲間の魔法少女たちを呼ぶ。

 これまで一緒に戦ってきた仲間たちも満身創痍、生きているのが不思議なくらいに誰も彼もが瀕死の重傷、闇に溶け行く空を朦朧としながら見つめていた。



 もういいよ。みんなも頑張ったんだ。

 ただの中学生が「たまたまそこにいた」という理由だけで、アテナさまに頼まれて魔法少女として闇に立ち向かっていったんだ。ここまで戦ったら、もう十分でしょう。

 本当なら勇者なりなんなり、それ相応の人がするべき役目なんだから、アテナさまだって「頑張ったね」って褒めてくれるよ。ほらバロンだって力尽きて横たわっているじゃない。これで十分だよ……



 これで……



 もう……

 


 そんなことはない!



 わたしはキッと空を睨む。その様子が面白いのか、ブラック・シャドーが「ほほう」とほくそ笑んだ。


「まだ歯向かうだけの力が残っていたのか? さすがは魔法少女だな」


 地べたを這いつくばるわたしたちが抗うのが楽しいのか、ブラック・シャドーがバカにするように口角を上げる。


「そうよ。この世界を守るためなら、わたしたちは何度でも立ち上がってみせる!」


 痛みに悲鳴をあげる四肢を叱咤しながら、わたしは歯を食いしばって立ち上がる。周りを見れば倒れていたはずの〝プリン〟〝ショコラ〟〝ココア〟の仲間たちも、自らを叱咤激励しながら立ち上がろうとしていた。


「ミルクが立ち上がるなら、わたしたちも挫けてなんていられない」


「そうよ。世界が闇に飲み込まれるのを、黙って見ているなんてできないわ」


「戦うわよ。もう一度」


 立っているのがやっとのはずなのに、〝プリン〟も〝ショコラ〟も〝ココア〟もまた力強く言い放つ。その力に感化されたのか、バロンがそして彼女ら3人の使い魔たちも力強く「応!」と叫ぶ。

 勇気は力、力は勇気。

 世界を愛する心がわたしたちが携えるマジカルブローチに集まり輝きを増していく。


「バカな! 魔力が上がっているだと?」


 思いもかけないわたしたちの攻勢にブラック・シャドーが慄く中、最後の力を振り絞ってわたしたちは叫んだ!


「輝け! マジカルシャイン!」


 叫び声に応えるかの如く、マジカルブローチから神々しいまでの光の奔流が迸る。


「な! ん! だ! とー!」


 ブラック・シャドーが聖なる光に包み込まれ、浄化、消滅していった。



 そして……



 世界は救われた。



 ブラック・シャドーの魔の手から、わたしたちはこの世界を守り抜いた。



 魔法少女ミルキー・ミルクは、ただの中学生である井上洋子の日常に戻り、ミルキー・プリンやミルキー・ショコラ・ミルキー・ココアもそれぞれ元の中学生の日常へと官バックしていった。

 







 それから5年の月日が流れ……



 ある日の、朝。



 PPPPPPP……!


「洋子、洋子ちゃん、井上洋子さーん! 起きてくださいよー!」


 目覚まし時計が騒々しく鳴り響き、渋いイケメンのバリトンボイスが爽やかにモーニングコールを告げる。

 窓からは朝の陽ざしが差し込み、1日の始まりを告げている。

 だが、しかし! いくら清々しい朝だとしても、わたしはもう少し、寝ていたいんだ! 


「ダメ。あと5分、寝かせて」


 そう言って布団を頭まで被る。


「おやすみなさい」


「ちょっと待て! 朝だ! 朝だって―の!」 


 目覚まし時計と化したバロンが叫ぶが、睡魔の誘惑に抗うなんて不可能。



 かくして。



 魔法少女ミルキー・プリン改め、女子大生井上洋子の日常は、惰眠から始まるのであった。




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