予選-2 バトロワの定石


『300秒後に予選が開始されます』


「おー、あと半分だってさ」


 刻一刻と迫る刻限。音もなく回るデジタルタイマーを見上げながら、シェリーはおにぎりをもしゃり。口の中には米と唐揚げの波状攻撃が満ちて頬が緩む。


>楽しみだぜ

>戦いの前なのに一切ピリピリしてない

>笑う


「そうね〜……あ、このサンドウィッチ美味しい」


 アリサはサンドウィッチ。バケットに入ったそれをはむっと。にくにくシャキシャキとまとま。OFFの美人状態である彼女に英気が満ち満ちてゆく。


>こっちはスパゲッティだ

>カロリー気にせずに食うピッツァは最高だぜ

>太るぞ 心が


「もっかい言うけど、なんでウチらは戦い前やのにピクニックしとんのやろな…」


 木漏れ日の空を見上げながら、敷き物の上で大の字になってファインダーがぼやく。何故こうなっているのか、その理由は簡単。SWORDにログインして速攻で待機空間に突入した三人は、結構な勢いで暇を持て余した。だがそれも当然、その前の待機場で何分も話したせいでネタ切れを起こした。それを感じ取ったシェリーは適当にウインドウを操作した結果……こんなにも平和なピクニックが出来上がった。


>いいじゃん平和は

>平和だと報酬が減るんだよ

>最高難易度…最高難易度を寄越せ……


「ソシャゲってどれだけ金を突っ込んで効率的に回れるかってゲームだよね〜…」


 と独り言を漏らすシェリーもそこそこいい金額を入れている。


「いやシェリはんそないなことはどうでもええんよ。こんなだらけきった配信は取れ高薄くなってまうやん!!」


>[大丈夫です、あります]<

>目の保養になる

>[この後どうなるか知ってるから食前酒みたいなもん]


「………そか」


「それに今更作戦会議の必要はないもんね、シェリー」


 視聴者共に路線変更をスパチャで拒否されてしまっては仕方ない。矛を引っ込めたファインダーにアリサの追撃とシェリーの支援が刺さる。


「イグザクトリー。私らの作戦は一つだぜファーちゃん」


「なんやのそれ」


「バトルロイヤル。これまで色々ゲームが出てきては廃れていったけど、それらの勝ち方はいつだって変わらなかった」


>一つ…?

>火力のゴリ押しか

>バトロワ、勝利、あっふーん…


 残りのおにぎりを喉奥に押し込んで、プレゼンテーションをするかのように立ち上がる。もしもここがいつもの配信空間なら後ろにたくさんの資料が映っていただろう、そんなムーヴ。


「ウチ聞いたことないけど」


「ふっ、なら今教えてあげよう……それは」


>それは!

>勿体ぶるなあ

>こういう演説っぽいところ好き


 カッと目を見開いてカメラ目線。キラキラとした目で放つは最悪の作戦。


「漁夫の利狙い!!!!」


「取れ高ァァァーーー!!!」


「えっ」


>キャラ崩れてますよファインダーさん

>掴みかかってて草

>アリサもキョトンとしてる…w


 アリサの脳内では『サーチアンドデストロイ』、ファインダーは『正面激突』を理想としていた。プレイスタイルが全く違う三人がチームを組むとこういうことになる。


「いやファーちゃん、冷静に考えてほしい。勝たないと本戦行けないんですよ」


 がるるるとしがみついてくるファインダーを押さえながらシェリーは言う。シェリーにとって取れ高ももちろん大事だが何よりも大切なのは自分が楽しむこと、そして勝てなきゃ楽しくないのだ。


「こそこそしてるシェリはんなんてシェリはんやない!」


「敵を見つけ次第潰すのが普通だろ!?」


 エンジョイ勢に資本主義、そして通り魔が立って向かい合う。


>おっ?おっ?仲間割れか?

>なんでこいつら先に擦り合わせてないの?

>友情ですよナナチ


『残り180秒後に予選が開始されます』


「じゃあジャンケンしようジャンケン、勝った人がこのチームのリーダーってことで」


「ふーんいいぜアタシに勝てっかぁ?」


「そういうのは性に合わんけど……しゃーない、やったるわ。覚悟しい!」


 残り3分後に戦いが始まるというのに呑気なもので、じゃーんけーんと腕を振りかぶる三人。『産業革命』は敵データを分析しているし、『サイバーフェスタ』はファンサに極振りしている。いつも通りのキャットファイトを繰り広げているのはここくらいだ。


>なんか落ち着くなぁ

>部屋は仰々しいがな

>たまにはありあり


「「「ポンっ!」」」


シェリー:銃

アリサ:拳

ファインダー:拳


「はい私のk「違うだろうが!」「アホかァッ!!」ひでぶっ!?」


 上から拳骨下は鳩尾。仁撃必殺を食らってシェリーはダウン。これが仮想世界でよかった、現実なら確実に色々逝ってた。


>クリーンヒット

>\\[critical!!]//

>死ゾ


「うぉぉぇぇぁぁ……」


「ま、ウチはアリちゃんがリーダーでええよ。幸いエネミーもおるみたいやし、勝鬨と狂化積むのにはそれが都合ええしね」


「了解。アタシが勝利まで導いてやるよ」


>うわイケメン

>これはヒーロー

>何だこいつは、主人公か?


 不敵な笑いとサムズアップ。握りしめた拳の強さは相変わらず。足元で呻き倒れたままのシェリーはガン無視で。


「そぉぉれぇぇ……私のセリィィフゥゥ……ケホッ」


>咽せ助かる

>保存できねえ

>アーカイブで残るだろ


『残り60秒後に予選が開始されます』


「ほらボチボチ起きい、もう始まるで」


>下手人がなんか言ってる

>犯人はヤス

>何年前のネタだ!?


「殴ったの二人でしょ……っふぅ……」


 ようやく立ち上がって調息、クリエナを飲んで回復。


「アイムオーケー」


「もう1発殴っていいのか」


「やめろよ!?」


>いいですか皆さん、これが起き攻めというものです

>はーい先生!

>格ゲーじゃねえんだぞ


『残り30秒後に予選が開始されます』

 

「はぁ〜……よし。ファーちゃん司令塔、アリサはリーダーで舵取り。私は二人のフォローメインで動くね」


「背中は任せた」


「二人の戦い近くで見れるん嬉しゅうわぁ……なんてな」


>もう始まるな

>トイレ行ってくる

>今から!?


『残り10秒後に予選が開始されます』


 シェリーはオファニエルを召喚。アリサはサードムーンを背負い、ファインダーの周囲を光の球が回る。


『5』


「それじゃ改めてリーダー。音頭をよろしく」


『4』


「かっこよくカメラ目線でよろしゅう」


『3』


 浮遊するカメラがアリサの下へと移動。闘気を練り上げながらビシッと指差し、彼女は宣言する。


『2』


「アタシの作戦は一つだ」


『1』


「──ガンガン行こうぜッ!」


『トライヘルメス 予選開始時刻です』


「応ッッ!!」
















 三人が到着したのは平原マップ。視界を遮るものが少なく、始まると同時に周囲を見渡す。そして近くに見えた初心者らしきパーティを見据えて、舐めずさり。


>ケツイ。

>エッッッッッ!!

>アリサに喰われたい会発足します


「アタシに着いてこいっ!」


 高揚はアリサの動力源。キル数バフの為に突撃。不意打ちで一人は吹っ飛ばす。


「開幕走るな!?」


 阿吽の呼吸でオファニエルレッツゴー。地面に穴ぼこを開けながら突き進み、驚いた二人目を削り取る。


>ギチギチ音好き

>かわいい……かわいいね……

>性癖歪んじゃう


「まって激しすぎ、ちょっと苦しゅ……ぃ"ぃ"ぶっ……!?」


>えっ

>ああファインダーちゃんの持病が…

>来るのはやない?


「え、え、ぇぇ??」


 ただしファインダーはちょっと急すぎて不整脈を起こし強制再起動電気ショック。一人残された可哀想な魔法使いちゃんが驚いて腰を抜かし……


「オラァッ!」


 アリサがスイッチしてワイプアウト。ファーストキルは三人のもの。これが自重を失った暴走機関のやることである。


>ナイスアシスト。

>これが野球ですか

>違うから


『ファーストキルボーナスを付与します』


 隠し条件を満たし付与されたのは自動回復効果リジェネこれから殺戮の旅に出る三人にとっては金棒と言える。


「ヘェ………」


「ふーーん」


 二人はとんでもなく悪どい顔をキメる。条件を満たせばバフをもらえるというのなら。他人が条件を満たす前に。全員、殺してしまおう。漁夫の利を狙ってくっふっふと笑う椎名は、今この時息絶えた。ここにいるのは、完全なる殺戮機構キラーマシン


「けふぉ、けっほ……待って……今ビリビリくらったんやけどウチ……ィ!?」


「抱えて行くから無茶すんなファー!」


 唐突なお姫様抱っこにファインダーの顔とコメント欄が赤く染まる。


>\\[アリファきたぁぁぁあ!!!]//

>\[推しがイケメンすぎてつらい]/

>最高か?


「飛ばしていっくよー!!」


「敵は──『何処だァァァーーーッッッ!!!』」


「キャァァーーッッ!!??」


 周囲に存在するエネミー、そしてプレイヤー、ついでに視聴者達の鼓膜に大ダメージを与えながら、三人の爆走劇は始まるのだった。


>音圧キターー!!!!

>ステージの上のスピーカー震えて草

>マジだ草

>これ物理演算スピーカーか。座標固定してる?

>……してない、ヤバイかも

>これ俺らの会場バグってオチたりしない…?

>ははは

 



〜〜〜


Tips

ジャンケン

拳、目潰し、掌底の三つ巴で行われる闘技。運任せという人もいるが意外と駆け引きの必要な世界的スポーツ。シェリーは時折銃を持ち出してカウンターされている。

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