#49 【興奮】クールダウンなんてなかった【再戦祭り】


「っし絶滅完了ォッ!」


 ブブゥゥ……


>現実には残ってんぞ

>殲滅って言え

>はちみつください


 キラービー達は女王蜂諸共巣ごと燃やし尽くされて殲滅完了END。焦土と化した周囲を眺めて一言。


「いい養分になれよ!」


 カメラに向かってサムズアップ。一面の焦げ茶色な背景を背に生産者表示。すぐに舞台は移り変わるのに。


>誰のせいだ誰の

>馬鹿なのかお前は

>この灰集めて畑に撒かせてくれ


「悪いけどもう盆回り入るよ」


>そんな〜〜!!

>畑とか作れんのか

>ハウジングにあるんだよ畑

>なら家買おうかな……


 そう言ってシェリーが目を閉じて指を鳴らすと同時に暗転。次の舞台が仕上がっていく。裏返るように赤熱していく岩の地面に垂れ落ちる千数百度のスライム。


「うん、知ってた、知ってたよ?」


>地底火山…

>でも天井高くない?

>確かに


 ここは思ってたけど思ってたのと違うなと上を見上げたところ、果てしが見えぬ。バサバサ鳴る影に覆い尽くされた吹き抜けがそこに広がっている。


「ほぉん……」


 そして視点を降ろして前を見る。せり上がる赤き海と、それを割って現れる黒曜の甲羅。重くのしかかるような重低音がシェリーの身体を縛らんと鳴り響いて、火柱が歓迎の腕を振り上げる。


『GYAAAMMMEEE!!!』


「う、動けん…馬鹿なっ…!?」


>あとは

>なんか降ってきたな

>黒……マジで?


『KII──!』『KII──N』


 未だ動けず燃えるHPゲージに焦りを感じることしかできないシェリーの横に落ちてくる小さな死体。目を見開いて血管が浮き彫りになったそれは、シェリーに取っても見覚えしかない。

 

「そうなるのか……」


>なっとるもんなぁ

>こりゃどうなるんだ?

>オーバーヒートの予感


 アリサと二人で殴り倒した[B-adrenaline]、その眷属たる小さな蝙蝠。死因は溶岩亀の咆哮によるスタン、そして後ろからすぐに追いついてきた飛び回る彼らとの玉突き事故か。衝突して、落ちて、また衝突。『興奮』の概念に犯され穢れた血が、雨となって降り注ぐ。


「……っふぅ……」


 ここでシェリーのスタンが解除。手を結んで開いて動きの違和感を修正。だが原因はそこではなく、視界にあった。今も落ちてくる蝙蝠の死体からは血が漏れ続けるが、それは液体だ。到底『この温度』の中でその姿を保てるわけが無い。


>霧…か

>こんなに月も紅いから

>かりちゅまは湖の中にお帰り下さい


「息もできないのかよ……」


──

HEAT

L[■□□□□□□□□]H

──


 シェリーの視界UIに新たにゲージが浮かぶ。それはもちろんシェリーの『興奮』度合いを表すヒートゲージが帰ってきた証拠。


「原因なんだと思う?」


 ブンブンと振り回して蒼炎オファニエルを構えながら問い、深呼吸。息を吸って吐くたびに胸の高鳴りが抑えきれない。これはもしかして……──!?


>興奮剤の経口吸引

>クリエナの過剰摂取

>燃えてるから


「よーしクリエナは悪くないな!!!」


 な訳ねえじゃんと現実に引き戻してきた視聴者達にはファンサービスギャァリァリァンッ!


>ギャァァァァ

>俺の鼓膜がっ!

>いい風が吹いている……


「ハイトルクで飛ばしていくぜぇっ!」


 紅き大地に回る蒼は道を曳いて。止めどなく落ちてくる蝙蝠の血を"蒸発"させながらシェリーは進む。想像よりもずっとヒートゲージの進みは遅いが、そう悠長に構えてもいられない。なんせこいつは亀の端くれ、言うまでもなく体力が高い。耐久されてはどちらが先に落ちるかは明白。 となればやるは速攻、とも考えたのだが……


『KAAMEKAMEEE!!』


 溶岩の中に鎮座する亀の様子はどこかおかしい。少なくとも正気ではなく、甲羅からはマグマが湧き出して、目はガン開き。渇きながらも血走った目は……横でくたばっている蝙蝠達とそっくり。


「おん?興奮してる?」


>して…るな

>ボスにも効くのかよww

>こいつ特殊耐性低いんだよな……


 目を凝らしてみれば亀のHPの横にはシェリーと同じバットステータスアイコンが点灯している。詳細は確認するまでも無く、『興奮』。


「……………ってことは」


 思い出すのはヒートゲージの振り切った"OVER RUN"状態。馬鹿みたいな痛みを笑い飛ばしながらダメージを食い縛り走ったが、普通ならばそこまで達した瞬間に『死』が戸を叩いて破るレベルのダメージがバーゲンが如く押し寄せてくる。代わりに絶大な強化を得るがどうせ死ぬならの火事場パワー。


「どっちが先に燃え尽きるか勝負だぜぇぇぃっ!」


 まともに戦うだけ時間の無駄。ある種のギミック戦闘であると理解したシェリーは勝利までのチャートを脳裏に刻んだ。簡単に言えばコイツには自滅して貰えばいい。


>シェリーだろ

>いや亀じゃね?

>共倒れに一票

>[応援してますよ]


「センキュっ!」


 完全に吸気に溶け込んだ興奮の熱を互いに取り入れて、二人は熱い視線をぶつけ合う。シェリーの今持つ浄化力は、溶岩亀にはちと効果が薄いが。


『KAA──MEEEEN!!』


「ゲロビ!? っふぅぅ…!」


 ゆったりと大きく開かれた亀の口から放たれる溶岩の奔流。それ避けるもグルリと周囲を薙がれると、さすがのシェリーも微かに被弾。シェリーのヒートゲージは一メモリ悪化白熱


>被弾したか

>熱攻撃はきついゾ…

>燃えてるけどな


「あーもう燃えろ燃えろもーえーろっ!!」


 揺らめく蒼炎の先が燈へと翳る。跳んだシェリーはバーニングリープで飛翔、吹き飛ぶように溶岩亀の甲羅へと向かう。


「いぃぃっしゃぁい!!」


 空気に含まれた興奮をもっと摂取させるには内蔵へと直接触れさせる方がいい。そう閃かれオファニエルが向かうは再び甲羅そのもの。


>ん?

>走らないのん?


「こっちの方が当てやすい!」


>出たよ…

>結局これがやりやすいねんな

>めり込むから当たる範囲広くなってんのかな


 両手で柄をガッチリとホールドしたまま直下掘り、カウンターの溶岩噴出がシェリーを襲うが減ったそばから回復していく、代わりに寿命ヒートゲージは流石にアガってくるが……それは亀も同じ。


『GAAAAAAA!!!』


「そりゃあくるよねっ!」


>回る!

>回転vs戒天

>奇しくも同じタイプの……


 叫びながら腕を引っ込めるのは回転の予告、あと1秒もすれば回り出して手がつけられない。力を溜める行為そのものが『興奮』中の今は命取りではあるものの背中に張り付かれている今は仕方がない。


『MEEEEE──N!!』


>かめかめうるせぇー!

>アイデンティティ奪わないであげて

>なぁぁぁ、ああああー!


 急加速。絶叫コーヒーカップが如く回る溶岩亀。ガメガメとうるさいがシェリーに対しての脅威度は割と低い。何故なら…….


「ハッハァ!進め進め進めぇい!」」


 シェリーの特性は特殊移動。回る分にはそれに逆らって走れば問題ない。相棒を振り上げてセット、ルールランナースタート。先に燃え尽きるのは何れか。


「これももしもコケたら…あーこわこわっ!」


 凸凹の無舗装路をダメージを与えながら橙の混じり始めた蒼炎を突き進むシェリーか。


『KAAMEMEME……!』


 脳を焼くような『興奮』に毒されて自身の身体の持つ圧倒的質量と噴出量に酔う溶岩亀か。その結果は乱数の神のみぞ知る。


>傘回しみたい

>伝統芸能

>よく耐えられるな…


 そうして三桁ヒットは悠に超え、甲羅がズタボロになったところでシェリーは引き当てた。


『──GYAMEN!?』


「入ったぜスタンッ!」


>うっわ

>急ブレーキで草

>ブレーキパッド割れそう


 幾らシェリーがクソ乱数だとしてもくる時は来る『足止攻撃I』。世界に"待った"をかけられたかのように亀のスピニングシェルムーヴは停止、衝撃を与えられた上遠心分離された甲羅の一点はポロリと外殻を零す。


「ぶっ壊れろォーッ!」


 ギャァァガガァァンンッッ!!


>気持ちいいな…

>最近増えた採掘音切り抜き堪らん

>この変態どもめ


 周回してたどり着いた文字通りの亀裂ブレイクポイントに超重量を全力で叩きつけて破砕、舞い散る黒曜の片が塵となって空気に溶ける。常人が吸えばどうなってしまうのだろう。


『KAAMMM!!!』


「動けねぇかぁ!動けてねぇみてぇだなぁ!」


 乱数は好調、足止攻撃Iが珍しく仕事して再回転の暇を与えない。血を流すたび血を流させる度ヒートゲージは昂りを覚えてアガってく。


──

HEAT

L[■■■■□□□□□]H

──


 とはいえシェリーの上昇量はいつかの決戦と比べて緩やかなのは間違いない。それは蒼焔が『不死』を『浄化』したように、シェリーの体を蝕む『興奮』をも押さえ込んでくれているから。それに対して溶岩が体を巡る亀吉にはそんな自浄作用は存在しない。


『KA──KAMNE──KAAAMMEEEN!!』


「うっわ光りだした」


>草

>ゲーミングモード入りましたね……

>なんかこのゲーム極彩色多くない???


 亀の身体の内から色取り取りの命が溢れ出す。漏れ出る溶岩亀にマーブル模様が混ざって。いつしかのシェリーのようにオーバーラン寸前といったところか。


『GAAAMEEEEEM!!!』


「自爆技!?」


 カッ、カッ、カッ──!


 シェリーが駆け回ったせいで生まれた亀裂から世界の間欠泉も真っ青な質量の熱線が飛び出し。


>我が命は爆発する!!!!

>自爆するしかねえ

>さようなら死ね!!


「ああああやっべぇぇハンティングジャー私を逃してくれーっ!」


 無我夢中で元の足場へと牙を射出、ヒットと同時に離脱。逃げなければ、死ぬだけ。


『KAAAAA!!!』


「わぁぁぁぁーーっっ!?」


>ヒャッハー!

>特撮で見た

>[ピースして!]


「てへっ☆」


 沢山のバックライトを背にしてハリウッドダイブ。緊急回避は無敵時間。蒼の残り火を残してシェリーは地面に擦りながら着地、HPバーの振幅が下に触れるがギリギリセーフ。


「あっっっぶ」


 虎の子のハイポーション(とクリエナ)を嚥下、後ろを振り返ったら全身からモテる全てを吐き出した溶岩亀は例によってポリゴンとなって空へと消えていく。余波を受けたチビ蝙蝠達も全滅。


「……本体とやり合わなくてよかったわ…」


>本当にな

>あれとやり合ったらタダじゃ済まねえし…

>既に感染してるし時間の問題では?


「…ね、やばいかもしんない」


 ヒートゲージは更に一目盛り悪化。風に拾われた紙吹雪が如く洞窟のテクスチャが吹き飛んだ。


「……お?」


 次にシェリーが立っていたのは舞台の上。次回の先の観客席には相変わらずの観客たちが座って笑って手を叩いていて。


「以上、第四幕ダイナマイツヴォルケイノ……ってね。これで満足かな、クソ観客共」


 クリエナを補給してクリアになったシェリーの脳は、原初の想いてめー絶対ぶっ殺すを再起させるのだった。

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