日常-10 ナイト・オブ・プリン


「愛理〜〜っ!!」


「お、おお!?」


 現在時刻は深夜。鳴らされたコールサインに応じてネグリジェ姿のまま玄関先へと出てきた愛理をプリンに飢えた椎名が襲う。


「プリン!プリンくれ!!」


 そのまま押しかけ強盗椎名捕らえた人質愛理を前後に揺らし、金色たる至高の甘味手作りプリンを掠奪せんとする。


「明日だって言ったでしょ…」


「そうだっけ」


 コメントを思い返すがプリンの3文字しか覚えていない椎名は首を傾げる。拳が飛んでくるまであと3──0。

 

「いってぇ!?」


 脳天に衝撃を受け軒先を転がる。砂利がジャリジャリして結構うるさい。夜風に当てられたままそんな光景を見せられ聞かされて愛理は溜息を漏らす。


「そもそもこんな真夜中に家にやって来る方が失礼でしょ。何か言うことは?」


「ご"め"ん"」


 顔を上げ、痛み頭を押さえる椎名に美少女の面影はない。水の女神が悔しさで頬を膨らませるかのように涙を目頭に湛えて謝る。


「……反省した?」


「し"た"」


「ならばよし。今日はもう遅いから入って」


 ん、と差し出されたのは白く清らかでありながら剛を備えた愛理の手。ネグリジェ姿であるからか月光に照らされた肉体美が尚も強調されて映える。その姿に見惚れながら掴んで立ち上がった頃には泣き止んでいた。


「丁度両親は出張でいないから、泊まっていく?」


 というか愛理が底抜けに優しい。ゲーム中は狂戦士バーサーカー復讐者アヴェンジャーもドン引きレベルの大暴走を繰り広げる愛理もリアルじゃただの人。親友達のことを誰よりも想う女の子なのだ。


「愛理ぃ〜〜!!」


 この才色兼備なカリスマCめがと言いたくなるような人ったらしがと言わんばかりの歓喜の声。親愛の意を込めたスキンシップが加速する。


「こら抱きつくな、もう一回殺るよ」


「はいすいませんでした」


 そして止まる時は一瞬。暴力式のブレーキパッドは長年使い続けられた結果効きが半端ではないのだ。




 

「それにしても愛理の家なんていつぶりかな……リンゴジュースもらうね」


 お泊まり会は突然に。パチンとつけられたリビングとキッチンのの照明、ナイトローブを羽織った愛理も懐かしさを想いながらモニタを点灯。他愛のない『バラエティ』がBGMに。

 

「懐かしいねー、こんな風に二人でゆっくりするのなんて」


 椎名と小学以前から付き合いがあるのは愛理だけ。華蓮とは小学生の時からで、一芽は中学入学時に引っ越してきてから。付き合い歴がそのまま仲の良さに直結するとは限らないが、それでも感情の重さは比例する。


「昨日今日試合続きだったからこうやって押しかけられでもしないと、さ。何気もないお話ができなくて少し寂しかった」


 シェリーが残念美人だとすればアリサはワイルドプリティー。普段見せるワイルドさとは対照的にその内面は意外と乙女。三角座りで膝と膝の間に足を埋めてモニタを見る姿はまるで……。


「う、それは……ごめん。配信は止めるわけにいかないし」


「気にしないでいいよ、いつも椎名シェリーは楽しそうだから。私は椎名が楽しそうにしている姿を見るのが好きなの」


 バツの悪さを感じた椎名は謝るが、愛理は振り向き微笑んで好意をぶつけた。もしもこのアプローチが同じ道場の門下生にぶつけられていたら何人もの心を蜂の巣にしただろう。


「そうだな、私のファン一号は愛理だもんな。いつも一緒にいてくれてありがと愛理」


 しかし椎名には聞き慣れたこと。負けじとファンサ、ギラついた笑顔でカッコつけてピース。シェリーの強さは視聴者のコメント煽りだけじゃない。技術面を支えてくれる一芽、腕前を競い合う華蓮、そして。


「こちらこそ」


 互いに本性を晒し合い、なんでもない話をくっちゃべりながら横に居れる『マブダチ』たる愛理と支え合うことで保たれている。底抜けの自信にはきちんとしたワケがある。だが妙に改まってしまった互いの態度を見て、一つ笑い合った後再び愛理の口が開く。


「そういえば、今日の配信の事なんだけど」


 端末を操作、モニタに映る内容がどこかの街のメシ探しロケからシェリーの劇場入場シーンに移る。


「どったの愛理」


「今回の第三話のボスの正体って、もう推測ついてるの?」


 "視聴者ファン一号"としてできる限りの配信は見ているアリサ。俯瞰されるカメラだからこそ映る真実や情報がある。


「いや〜……なんとなく、かな」


 推測を終える暇もなく始まってしまった戦闘に流され、思索する前にまだできても居ないプリンに釣られて愛理の家までやってきた椎名。割と大きなため息が出る。


「私もミステリーはあまり読まないけれど、幾つか"おかしな点"があったの」


「え、控室だけじゃなくて?」


「うん」


 端末画面をタップして映像を操作。映るはメインホールに入る観客──と、扉。


「ここ、覚えておいて」


「え?このクソ貴族を?」


「人を見た目で判断するな殴るぞ。着眼点はそこじゃない」


 観客の服装は白いタキシード。映る他の客もなんというか現代的な礼服に近い形をしている。


「そして、椎名が入った劇場はこれだ」


 次に映されたシーンはシェリーとクーリエが名乗り合うシーンの最中。舞台の方から観客達と劇場からの出口がよく見える、が。

  

「………なんだこれ」


 観客達は仮面を被ったように顔が見えず。


「な?言ったろ?」


 その服装は前時代の浪漫のようで。


「ここって本当に"カレイドシアター"か?」


 扉のデザインが、異なっていた。


「マジ、かぁ……」


「気づかなくて当然かな……と言いたかったけど」


「いや無理だって、マジで開幕剣闘だったんだから」


「そもそも探せって言ってたやつが舞台の上にいるってだけで違和感あるでしょ。いるならわざわざ探さなくたっていいし。観客も演劇の展開も椎名シェリーを待ってたのもおかしいし」


「……………………確かに?」


 言われてみれば妙な違和感ばかりが目につく。そもそもクエストの文章達も"観客"のことばかり語っていたような。クーリエの生存は二の次で。


「だからボスは多分『観客』か『舞台』に絞られるんだが……ここでもう一つ根拠の材料がある」


 配信のアーカイブを進めて場面変遷、つまり舞台から闘技場、または洞窟へと変化しているところ。そこには三場面の共通点がある。


「戦いの場所が変わっても、観客達は服装を変えないまま戦いを鑑賞している。劇場の背景だけが変わるっていうなら舞台そのものがボスだとも言えるかもしれないが、実際には観客だけがそのまま引き継ぎ。アンバランスなんだよ」


「む、むぅ……」


 ゲームの分析力で負けたと泣き叫びたいが愛理の分析を聞いて割と納得してしまっている自分がいることを素直に受け入れられない。だって言われてみればすごくしっくり来るんだもの。


「だからここは本来のカレイドシアターじゃない、仮面の観客達が作り出した異空間。あったろ?ゾンビの時だって」


 森の中が異常拡張されて無限ループと化したゾンゴブ達との鬼ごっこ。オファニエルの変態機動性のおかげで切り抜けたが、確かにあれは空間が歪んでいた。もしあの観客達が、本来のカレイドシアターの登板経路を自身の領域への入り口として上書きしていたのなら。


「………ありえるなぁ……」


 どこの論理も破綻せず、納得と理解だけが進む仮説。こういうことがあるから愛理の野生の勘は恐ろしい。


「だから真の敵は観客。クーリエは囮だ。明日、気にしながら戦ってくれよ」


「わかった。アドバイスまでありがと愛理」


「いいよ、私にできるのはこれくらいだし……折角作ってる寝かせ中のプリンが起きるまで、一緒に寝よう?」


「寝る!」


 用済みになったモニタを消して、二人はソファーから立ち上がったのだった。

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