#36 【王の帰還】瞬瞬必走【出迎えご苦労】
「たっだいま〜☆シェリーの昆布巻き配信再開していくぜ〜☆」
今度の配信開始場所は星空の見える草原の丘陵。気持ちのいい自然の寝床に寝転がりながら未だ火照る自信の昂りを覚まし中。優しく吹いてくれる風が一時間前までの熱狂を連れ去ってくれるようだ。
>一秒前開始すき
>間に合ってるからヨシ!
>[おかえり]
「ん、ナイスパせんきゅ〜♪ああ…風が気持ちいいぜ……♪」
今ばかりは戦いを忘れ、緩んだ顔で休息中。年頃の娘のような可愛らしい服装はこんな日常の風景によく馴染む。四肢を投げ出して大の字で寝そべり中なので見た目によらずJCくらいに見えてしまうかも。まぁこの程度で視聴者が絆されるわけもなく。
>もう早速始める?
>飯食ってる間にデカイ発表あったな
>またシェリー燃えててワロタ
こんな平和の裏の火焔山たるSNSアカウントはひっきりなしに通知のベルが鳴り止まない。『産業革命』のファンとそれを煽る数少なくはないアンチ。そして面白がって悪ノリをするファンのジェットストリームアタック。鐘を鳴らす青い鳥はそのうち過労死するんじゃなかろうか。
「やー、いつも通りちょっと雑談してからはじめてくよ〜……ってそうそう!また燃やされてたんだけど私!あんなの愛情表現の一つに決まってるのにさぁ〜!」
普段の日常からゲームで遊んでいる四人にとってはあの程度の煽りは日常茶飯事。なんならSWORD、ひいてはSWシリーズはシェリーのホームグラウンド。『産業革命』の得意なFPSワールドとは
>愛情たっぷり煽り音頭
>バレ様「受けて立つ」
>全力のバレ様をまた見れるのか!
>エキシビション見たばっかりなのに
>目が肥えちゃう
「は?私のプレイで普段から目なんて肥してるでしょ?なにを今更」
私こそがナンバーワンだと言わんばかりのドヤ顔をして目を閉じる。クリエナが喉を通って食道、胃に入り。怪物の因子が励起し始める。
>そういうとこやぞ
>ぶぶ豚ちゃうわ!
>運動不足ニキ階段登ろ
>ジャンクフードとフルコース一緒にされても…
「それって私のプレイが高級レストランのフルコースみたいに美しいってことだよね♪」
顧客満足度☆4.8の女は自信がすごい。間髪入れずに食い気味で半ば脅すようにね?ね?と圧を掛けるが。
>シェリーのプレイングって醜くないか?
>ご冗談をw
>ハンバーガーくらい美味しいよ
>お陰でRTAのレコードはメチャクチャだ!折角応援してやろうと思ったのに!
歴戦の視聴者には効果がない。身体を起こしたシェリーは続けて遠吠えを放つ。
「勝手に言わないでよ…私も…オファニエルも…英雄のみんなも、瞬間瞬間を必死で走ってるんだよ!いつもグダグダで当然だ…!それをメチャクチャとか言うな……っ!」
>ん"に"っ"
>カウンターが早い
>いつのネタだ
>年号が変わっているのに……!
「許さねえぞ……よくも私をここまでコケにしてくれたな…!トライヘルメスでオファニエってやる…」
オファニエルを肩に乗せ、殺意に満ちた瞳を滾らせたまま月輪はブン回る。ゲーム外なのに。現代的服装なのに。心の友とは一蓮托生というわけか。
>ヤベェぞお前ら
>くっ…!煽りすぎた…!
>[大変そうですね]
「殺してやるぞミーシャ」
そしてその矛先はちょうどスパチャで話してきたミーシャの方向へ。特にやり場がなかったこの気持ちがネームド視聴者に向いてしまうのは詮ない事か。リアルで休憩中だった彼女は吹き出した。
>[え]
>草
>DVファンだからか…
>[待ってくださいそんな呼び名が広まっているんですか??]
「え?うん」
>[ウソでしょう…!?」
>エゴサとかなされない?
>トレンドにはなってないから…
狭い界隈での呼び名であるからか世間に広まることはなかったが濃縮されてしまった。ミーシャ=DVファンというのは昆布巻き配信視聴者たちの共通認識に。その理由もシェリー殴打配信で最も楽しそうに、そして嬉しそうな嗜虐的笑み。何よりも殴った後の高笑いが"それ"らしい風格を纏っていた。
「わかってるよ、わかってる……私のことが好きすぎて悪戯したくなっちゃうんだよね……だから──可愛すぎちゃって、ごめーんね☆」
シェリー最高のファンサービス。媚びるような画角に甘ったるい萌えボイス、上目遣いに悪戯な笑み。誘い堕落させるような小悪魔がここに現れた
>\\[†今度はいくらで殴らせて頂けますか†]//
>はやい
>そういうとこやぞ
>いやでも俺も殴りたくなってきたかも……
エクソシストもかくやと言わんばかりにミーシャはいきり立つ。十字架で殴ってわからせなければという妙な感情が胸を高鳴らせる。
「あはははっ。ま、そこらへんの話はまた今度ね〜」
>[言いましたね 絶対ですよ 絶対ですからね]
>圧よ
>ミーシャの方がそれっぽい
>そういやアストも参戦するんだっけ?
そろそろ作業再開ですのでとミーシャはコメントから離脱。始めようかと思ったが反応すべきコメントが飛んできたので雑談継続。
「──あーちゃ……アストなぁ〜……らしいよ?んんっ、『人気美少女(笑)配信者さんw』って煽ってきた」
流石にチャットアプリの画面は見せられないので声真似を披露。割と似ているモノマネはRTA中のRPの賜物か。
>すぐみんな煽るやん
>煽りすぎか?
>宣戦布告かもしれない
>争いは同じレベルの者同士でしか発生しない!!
「即ち貴様らと私の間にはチョイとでは埋まらない腕前の"溝"が存在しているのだよ!!ぬはは〜!!」
こんなナリでももはや無冠の女王ではない。(エキシビションとはいえ)オフィシャルなトーナメントで優勝した。実力も数多の世界記録が裏付けしている。なんだかんだちゃーんとチャートを守って真面目に走ればそうそう競技で負けることはない……ガバらなければ。
>し、しらねーし!俺だってWRあるし!
>じゃあなんのゲームだよ
>自作ゲームじゃねえだろうな
>リアルで最も多くの片手剣を装備した
「どんなWRだよそれはそれで気になるんだけど」
>腰に剣を盾にぶら下げまくって腕や足にも四面張り付けて口で咥えて角にして最後に両手で持って完成
>想像するだけで笑い死んだ
>重そう
>装備した状態で立つのが条件だったからガチでキツかった…
「〜〜っwwなにそれ本当に!?おっもしろいなぁ……wそんなの聞いちゃったら、私も負けられないな〜…ヨシっ、そろそろ地底探索再開するよ!やる気出てきた!がんばるぞー!」
時代が進んで肉体の弱体化が叫ばれる中、こんなバカみたいな記録が打ち立てられた。それもまた一つのエンターテイメントと言えるだろう。だからひとしきり笑った後、シェリーは頬を叩いて気合いを入れ直す。何故なら寝るにはまだ早いのだから。
「それじゃロッグイ〜ンっ♪」
ウインドウを操作してアイコンをタップ。背景が裏返るように飛んでいき、英雄シェリーの身体は再び第十層へと降り立った。相変わらずの岩壁岩床闇天井空間。罅となって十一層から漏れ出してくる溶岩と、セーブポイントの光がなければここは本当の真っ暗闇になっていた。
「天井の広い階層っていいよね〜」
本物のオファニエルを呼び出してぶん回し、継ぎ足しのクリエナを摂取しながらシェリーはそう語る。シェリーとオファニエルが走りにくいからだろうか。広ければいいのか。
>暗闇からわんこがひょっこり
>やめて
>通常攻撃が即死攻撃で不意打ち三連撃なわんこはお帰りください
「ケルベロスだけはやめて……」
よく考えればほんの数十分前のこと。刺激されて久しいボロボロのトラウマがシェリーのメンタルをヤスリが如く削り取る。長期休みの初めに大荷物を背負って家に帰る子供のように足取りが重い。
>マジで弱ってる
>これは可愛い
><[元気出せ]>
「元気出た!!!!」
スパチャで応援されては仕方ないとシェリーのやる気は100%。重荷は取っ払って戦場へ──
>現金もらって元気だなぁ
>寒い
>そういやクーラーは?
──入ろうとしたところで足が止まる。貼り付けたような笑みのままウインドウを素早く操作。虚空から落ちてきた瓶をキャッチして。
「………忘れてた!」
まだ変わらない笑顔で忘却宣言。蓋を開けて腰に手を当てて、銭湯上がりのように瓶の内容物を飲み干す。
>オイオイ
>仕方ないね
「んくっ…んくっ…ゴホッ、ヨシ!」
>咽せたろいま
>今日の暇つぶしに使う
>たすかる
飲み物を飲んだので当然のように咽せるが誤魔化し流す。ポイ捨てるがアイテムが消えるのでモーマンタイ。
「ファンサですよファンサ〜。みんな好きでしょ?なーんてね。それじゃ今日の後半戦、いっくよー!」
カメラを背に、オファニエルを肩に乗せ、手を突き上げながら火山地帯へとシェリーは向かう。その姿はまるで、熟練の炭坑夫のようだった……。
>れっつらごー
>ほーきどーき
>やっふー
「ってもっとやる気ある掛け声にしろよー!?」
〜〜〜
Tips 今日のミーシャ
次の凸殴打配信でどの角度から殴れば一番気持ちいいかを研究中
それはそれとして道具が汚れたので掃除中
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