日常-8 この世の全てのガバに感謝を込めて

 ログアウト。シンプルな8畳半の部屋の中、コクーンが如きカプセルの蓋が開く。ゆっくりと開いたその中にいる人物は誰だろう。


「飯ィーーッ!!!」


 当然、天ノ原椎名である。現在時刻は19時半程。飯を食うにはいい時間である。電子の玉座から解き放たれた椎名は転がり落ちるように着地、ドアを開けてリビングへと移動。


「あ、っはは…椎名ァ…うっぷぷぷ……www」


「私は誓って殺しはやってません」


 ダイニングテーブルの上には置かれた持ち運び向けのノートパソコンが。そして近くの床には笑い転げて過呼吸気味になっている笑い袋。間違えた、水森一芽が死ぬほど笑いすぎて再び紅白のサイレンのお世話になりそうになっている。椎名は右手は自然と端末に伸びてあの三桁をコール仕掛けていたので叩いて止める。


「え〜……今日の死因は?」


「なんで…wwなんで椎名はそんなにも面白い死に方するんよっ…wwひぃ〜〜っwwぁ、おなかいたぁっははははっwww」


 床をペシペシ叩きながら抱腹絶倒、それを超えた抱腹絶死。普通なら健康になるのだろうが一芽のように薬も過ぎれば毒となる。心拍数爆上がりで毛細血管が吹き飛びそう。椎名と愛理が蝙蝠をボッコボコにしていた時のように。


「けるべろたんぜってえ許せねえ!」

 

 そして椎名は謎の義憤に駆られる。鋭角ならぬゲームならどこでも追いかけてくる猟犬は、シェリーの記録更新に配信テンポ、そして相棒までもを奪っていくのか。曲げて突き出した握り拳を上にしながら当て外れのブーメランを放つ。


「椎名のせいやってぇっwwぁぁ〜……wwwwwけふっwけふぉっww」


「そろそろかえってきて??」


 ただそんなことを言っている間に一芽の笑いの症状は悪化するばかりだ。咽せに吐き気それと動悸。シェリーは殺しをやっていないとしても一芽は勝手に死へと向かっていく。原因とは言えばシェリーの昆布巻き配信なので罪の在処は椎名に発生する。


「むぅ…りぃっひひひwwwぴたぺしがぶりんちょっwwwあっはぁっははぁっ……wwけふっ………ww」


「し、死ぬなーーっ!?」


 一際大きく笑った後、吐き出すような咳き込みと共に一芽は脱力。床に完全に伏してしまった。思わず駆け寄って身体を起こし寄せる。


「まだ……生きとる…よ…ゆらさ、ぁっあっ」


「応答しろ一芽!一芽!!一芽〜〜っ!!」


 椎名の手によって肩と座らない首が前後に揺れに揺れてシンクロ。朦朧とした意識に声は届くが一緒にトドメも刺しているような。生死判定にギリギリ成功した一芽に止められるまでその善意の殺意は止まらなかった。


「てる……いきて、るから…っふふ…w」


「おはよう!こんな床で寝ていたら風邪をひくぜ!」


 転がしたのは誰だ。


「くすっ…自分ちの床をこんな床って言うのはどうかと思うで?」


「ははは。それで?今日の晩食はなんですか!」


 笑って誤魔化す自然な話題転換。配信で培った無駄話術。追及を避けて本題に路線復帰する程度の能力を持つ。


「ん〜と、今日はパンが食べたいって言ったったからブレッド切っといたわ〜。それとシーザーサラダにクリームシチュー、主食はウチの手捏ねハンバーグ!デザートは冷蔵庫にアイス入れてるから後で一緒に食べよな〜」


 食費は椎名の広告費収入からとはいえ普通の料理店ならそこそこの値段がするだろう晩食。


「いっちゃんなんでそんな万能なん?病弱系万能切り抜き担当なん?」


「切り抜き担当は変わらんのやな……ほな仕上げて並べるから待っとってな〜」


「ういっす!」


 今日も美味しいのだろうなと期待に胸を躍らせながら椎名は端末を親指で撫で始めた。エゴサ──もあるが、何より気になるのはやはり次のイベントである[トライヘルメス]のこと。


「ふんふん……」


 追加で出された情報をなぞる椎名。個人戦もあるにはあるが、それはあくまでも前座。今回のイベントの花形メインイベントは3vs3のチームマッチ。既に有名どころは参加表明をしているようで。


「ふんふんふん……」


 野良でも#トライヘルメス や#剣仲間募集 #英雄様と繋がりたい などといったハッシュタグで仲間を募集しているのを確認できる。オートマッチングはあるらしいが、どうせならチームを組んでやりたいのだろう。


「そういやクランとかは実装されてないんだっけ」


 実装予定だとかなんとかで今は未実装。メインストーリーも今は第三話までしか配信されておらず、王都へといけるようになるタイミングで実装されるのではないかという噂だ。


「『産業革命』は公式に参加表明出したね。ちょっと祭りになってる。ついでに私の垢も……燃えてる……あつぅい…」


 ファーちゃんが笑い死にながら上げてくれた配信始めの切り抜きが既に出回っている。


『そう……『産業革命』のアマ共がぁ!私たちにい!なんんんまいきなことに喧嘩売ってきやがったんだよ〜!許せねえよなぁ!』


パラメ@バレ様推し:こいつほんっと生意気 初戦で負ければいいのに

トンタック@レファ親衛隊:バレッティーナのリアルフレンドとはいえこの言い方は見逃せませんぞ!

デワイト:スターシャたんの鉛弾はぁはぁ……


「一人だけ変態混ざってたわ」


 強烈な変態呟きを記憶から消してさらにトレンドをサーチ。他のプロゲーマーチームも幾らか参戦を宣言しているようなのだが……ふと、椎名の指が止まった。


「トレンド『サイバーフェスタ』…で…トレンドトピック:アスタ………………はぁ!?」


 この前も打診が一応飛んできていたのを思い出し、速攻でそちらに飛ぶ。


──

[サイバーフェスタ ゲーム配信業界に参入]

 大手芸能事務所サイバーフェスタがゲーム業界進出への発表した。初期メンバーは前々より希望のあった音楽部門メンバー"カリン"と"あんず“の二人が移籍する形となっているが、当面は指導員兼プロデューサーとして外部から招いたフリータレント、"アスト"もメンバーの一人としてプロモーションに参加するとのことだ。

 最初に参加するイベントが期待の大作、SWORDの第一回イベント[トライヘルメス]。これはプレイヤー三人同士で戦う…………。

──


「おっ……ふぅ……」


 一応メールを見直してみれば確かにそんなことメールが届いていた。なんなら『ごめん』とも返してた。忘れてた。


「お、お〜……まじかぁ」


 カリンは元気な声が特徴的な陽キャ歌姫。レファとは違う方向でキラッとしている天性のアイドル。かわってあんずは華やかさこそないものの、ロックパンクなヴィジュアル系のギタリスト。同期で加入したこともあってこの二人はかなりが仲がいいらしい……


「ってこんな情報はどうでもいい!!!!アスト!!??何やってんの!?」



──

しぇり:アストォォ!!

あーちゃん:どうしたの?

しぇり:おまっ サイバーフェスタおまっ

あーちゃん:あ〜!ごめんごめんw伝えるの忘れてた

あーちゃん:ボク、しぇりーと戦いたくってさ、SWORDのPvPイベント参加してほしいって言う打診

あーちゃん:二つ返事で頷いちゃった

しぇり:私に連絡入れろぉ???

しぇり:わかった 安心して 全力で叩き潰す

あーちゃん:よろしくっ♪

あーちゃん:人気美少女(笑)配信者さんw

しぇり:おい!

しぇり:ねぇ!!!

しぇり:既読はわかってんだぞゴルァ!!

──


「できたで〜……椎名どうしたん?」


「……ちょっと頭痛がね…第二のライバルが出現した…」


 華麗なる既読スルーに頭を抱える椎名。軽くメンバー詳細を流し読みしながら私には遠い世界だなと世を憂う。


「ふぅん……そら面白そうや」


「ちなみにアストね」


「勝てるん?」


「勝つ……!」


 ついでに送られてきたアイドル達のスリーショットを見てシェリーは闘志を燃やす。男と女二人なのに全員可愛い。やっぱり腹が立つ。


「ほな、これ食べて元気出しよ。ほら、ウチの愛情こもった夕食やで」

 

「美味しそ〜〜!」


 テーブルにまず出されたのは中にチーズの仕込まれた肉汁たっぷりな手捏ねハンバーグ。上にはこれまた手製のデミグラスソース。そして新鮮野菜のシーザーサラダ、オーブンで焼いたブレッド。最後にクリームシチューが出されて宣言通りのメニューは揃った。


「今日はなかなかに頑張ったで♪」


 一芽はそんなにない胸を張る。笑い死ぬのを避けるために挨拶のうちに仕込んでおいた甲斐があった。


「一芽ありがと、大好き!!」


 そして椎名は屈託のない笑顔で最高の賛辞を送る。なんだかんだで押しに弱い一芽、これには顔を赤くなるのを隠しきれず誤魔化すように着席。手を合わせる。


「……そういうん、もうちょっと恥じらいもって言って欲しいんやけど……ま、ええか。ほな、いただきます」


「いっただきまーす!」


 配信開始予定まであと45分。無事、この美味しい食事に囚われずに再開できるのだろうか……?




〜〜〜

Tips ここがすごいぞ一芽ちゃん


-家事能力がつよつよ

両親が出張しがちで配信しまくりの椎名。実質一人暮らし状態なので部屋の管理はぶっちゃけおざなり。それを支えるのが我らが切り抜き担当の一芽。椎名の衣食住のほとんどはこの女が管理していると言っても過言ではない。



この女がいないと椎名は野垂れ死んでる可能性がある(マジ)

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