配信三日目

#11 【平和】いい加減街歩こうかなって【散歩】

「はろはろ〜☆シェリーの昆布巻き配信やってくぜ〜っ☆」


 ここは見慣れたサイバー空間。カメラドアップで笑顔を振り撒いてから、くるっと回って華麗にキメる。もはや定番と言っても過言ではない配信開始の挨拶は、今回も無事に決まった。何ヶ月に一回くらいは気が抜けたのかボテって倒れるが……その際のスパチャ額は目に見えて増える。割とシェリーは解せぬ方。


>わこつ

>[わこつ]

>\[ksk]/


「加速早くない????でもま、ありがとっ♪」


 ブンブンと手を振ってから、カメラ視点を動かして、写したるはホワイトボード。そこには『今日の予定表!』と題されていた。


>今日は探索じゃねえのか

>暴れはー?

>期待


「うん、今日は探索はなしかなー。昨日の報酬で出た魔核コレ、装備に加工してぇなーってのと……流石にストーリー進めすぎちゃったじゃん?」


 パンっという一拍でホワイトボードに映し出されたのは紫に怪しく光る宝玉。つい先日倒した異世界の化物が残した魔核。ポワポワと白い灰のようなエフェクトを撒き散らしている。怖い。


>初見でEXルートに行く前作WR持ちがいるらしい

>HAHAHAそんなシェリーがいるなら顔を拝んでみたいものだな


「それはもう言ってるじゃん! は〜…まぁ私は空気を読めるすっばらし〜い女だからさ。今日は大人しめの配信予定っ!」


>空気を読む程度の能力(笑)

>空気(相手の行動)は確かに読むな!

>空気に流されやすいでは

>大人しい…?

>ははっ、ワロス

>シェリーが素晴らしいならこの世の女の子みんな素晴らしいわ


「だぁ〜〜!!!!お前らっっ!!!!無慈悲すぎるだろ!!しかもコメント急に増えやがって、コラ〜〜!!赤文字で弾幕やめろ!!煽りコメントやめろ!!」


 大量に流れるコメント達に、シェリーは一つ一つ暴力的にかつ高速でツッコミを返していく。他対一でも達者な口と多彩な表情、豊かな動きで返し尽くす。ついでに咽せる。


「ンゴホッ…は〜…はぁ〜………疲れた」


>乙w

>お顔真っ赤ですよ


「お前らのせいやろがいっ!」


>それはそう

>すまんな


「ええんやで。それじゃログインしよっか〜、いい人と巡り合えますように……なんてね?」


 SWORDのアプリアイコンを選択してログイン。さらに深くダイヴするような感覚に襲われながら、ステートの街に降り立つ。時間も時間であり、ステートの街中はそこそこな人が行き交っている。ドロップを持ち帰る人、今ログインした人、寝る前に眺めてるかと噴水のあたりで屯ろし続けている人。このゲームにはストーリークエストという概念システムはあるのだが、その実進めなくても次の街には到達可能だ。もちろん進めた方が育成的にも楽なのだが。昨日のEX到達時に発生した急なレベルUPも、飛ばしたストーリークエスト分の経験値が一気に流入したからに過ぎない。


「とりあえず、ステート案内パンフを、っと…」


 シェリーはいつもタイマーを取り出しているのと同じようにファイル参照で新たなウインドウを手元に映し出す。約6000円で釣った甲斐だけはあり、そこそこの精度のマップとある程度の施設の分布が記されていた。


>どこから出したし

>裏方ちゃん?


「そーそーいつものアシスタントちゃん。ファインダーちゃんだよ」


>かわいい?

>女の子?

>てかどこ住み?

>SNSやってる?


「出会い厨どもやめろ 私の公式切り抜きチャンネルあるでしょ、あれやってくれてる子」


>へー

>シェリーに動画編集とかできる気しないもんなw

>今初めて知ったわ


「んー、言い方が腹立つけど私はああいう細かいところとか苦手だし…今回は勘弁してやる」


>許された

>おう良かったな


「さてま〜…この通り歩いて露天エリアまで行こっか。そんなに遠くないみたいだし」


>雑談タイムだ!

>今シェリーはいくら持ってる?


「ん〜…大体現金資産で50KCかな。アイテムとなれば割と残ってる、裏で何回かロック・ギガントしばいたし」


>だからギルボに鉄とかが回ってたのか…

>ロック・ロックは?


「ちょっと出し惜しみ。流石にボス専用素材はどれだけいるか分からないしね」


>ジャンプしろよ持ってるんだろ

>跳べ!跳べ!


「ぴょんっ、ぴょんっ――いや、インベントリに入ってるものが出るわけないじゃん」


>ちっ

>追加で売ってくれ


「嫌。私一人で供給するわけにいかないし。欲しいなら取りに行った方が早いと思う、単調だから割と楽だよ。パーティ時の追加行動もそこまで難しくなかったし」


 ただしそのパーティメンバーはアリサとバレッティーナであるものとする。さて、そんな雑談をしているうちにシェリーは商業区に属する露天エリアまでやってきた。此処は店を持つ程ではない職人・商人達が犇くいわゆるバザーのようなもの。露店とはいってもゴザを引いた簡素なものから初詣の屋台のようなものまでもが存在しており、その混沌さには拍車がかかっている。


「おぉ〜……人多い、多くない?」


>プレイヤーだとここくらいしか売買できないしな

>ギルド売りは楽だが安いしギルドボードは放置できるものの手数料かかるしバザーで売れたら1番得だよ


「MMOのこと考えたらそうなのすっかり頭から抜けてたよね〜……まぁ私はこれからもギルボ使う予定だけど」


>そんなー

>そんなー

>(´・ω・)


「配信とか裏作業とかあるからバザーで座ってられないんだよね〜……」


>なるほど

>時は金なりか


「そゆこと。それで〜…職人多いのはあっちかな」


 シェリーはウィンドウの地図と聞こえる加工音に従って、露天の並びをすり抜けて行く。途中でファンらしいプレイヤーに握手を求められたり、ツーショを撮ったりと何度か足を止めながら、職人達の露店が存在するエリアへとやってきた。彼らはゲームらしい携帯式の生産キットをフル活用しながら鉄を打ち、木を削って、糸を手繰っている。


「おぉ〜……なんかいいよね、こういう雰囲気」


>場末の闇市

>こういう所に超すごい腕のやつがいるんだよな


「あるある。まぁ誰かいないか探してみよっか〜♪」


>あいよー

>シェリーの声と作業音で実質ASMR


「嬉しいこと言ってくれるじゃん」


 割と丸見えの製作風景を眺めていると、同じ作業でも職人によって作業の"癖"が見て取れる。金打ちであれば乱打や早打ち、または聴いているのだろう曲に合わせてリズミカルにしている職人も。姿勢だって同じ、背筋をピンと張って作業台に向かう人もいれば、猫背になって目を見開いて磨いている人だっている。


「こういう人間模様がよく見て取れるのが、VRMMOの醍醐味だよね」


>知ったような口を

>裏ではやってたの?


「タイトルは伏せるけど、幾つかはねー。ノンフィクションエンジンじゃない奴は勝手違くて無理だったけど」


 超重武器が好きな椎名は過去にモラル最悪シューターゲーム[ダスト・シュミレーター]にてサイバーニホンカタナ(誤字ではなく公式名称がこれ)の中でも全長1mに達するやも知れない[ストーンカッター]を振り回していた。


>ノンフィクから始めるとそうなる人多いらしいなー

>他の奴とやっぱり"差"があるよな


「うん……少しでも変な動きすると矯正かかったりバグるからダメだな〜、私は。フルダイブなら現状一択だよ」


 まぁその分コストは高いけど、と呟いたところで、シェリーは歩みを止めた。その視線はとある一人の職人プレイヤーに向いている。彼女は丁度手元に丁寧な金の装飾が為された小槌を呼び出したところで、隣の小さな炉を見る限り鍛治職人。遂にはシェリーから声をかけてしまった。


「ハロハロ〜っと、あなたは職人プレイヤー?」


「え、ああはい。ミーシャです。丁度今魂魄暴走IのCT明けたので営業再開ですよ」


 そう言って彼女はクルッと"休憩中"の掛け看板を裏に向け、"営業中"の表示にした。


「ミーシャ…ああ、あなたがそうだったんだ」


>知っているのか雷電!

>珍しい非戦系の昆布持ちだっけ


 プレイヤー名:ミーシャ。生産職プレイヤーである彼女の持つ小槌の銘は[フェールド]、特徴が生産補助/材質強化/耐性貫通の数少ない完全生産用魂魄武装である。シェリーに渡されたパンフレットにもその名は"時間限定鍛治師"と記されていた。


「そういうあなたはシェリー、ですよね?ワールドアナウンスで度々聞いてます。それで、私へのご依頼ですか?」


 詳しくはこちらを、と差し出された手の先に書かれていたメニュー表がこちら。


――

[Fald-Smith]

・お願い

 当店は素材持ち込みによる依頼のみをお受付しております。また、希少な素材、複雑な依頼内容である場合価格を大幅に上乗せする場合がございます。

☆料金表☆

・通常工賃※通常の道具での作業になります

-修理:%×50

-生産:3000C〜

・特別工賃※フェールド使用不可中は受注不可です

-生産:5000C〜

-魂魄暴走:15000C〜時価

↑CTが作業量に応じて変動する為、それを考慮した上での依頼をよろしくお願いします。

――

 

「時間限定…ってのは、"魂魄暴走"っていう奴のせい?」


「はい。私の選択した魂魄スキルは魂魄暴走I、シェリーさんの使う真髄解放と同じく、使用後にCTが開けるまで魂魄武装が使えなくなるスキルなのですが……」


 曰く、真髄解放は所謂時間制限付きの"バフ"であるのに対し、魂魄暴走は一度限りの"必殺技"であるそう。また、その性能も千差万別。フェールドであれば生産時に併用し、その生産終了時まで効果が持続、生産物の品質が著しく上昇するのだとか。ただ唯一共通するのは発動終了後に魂魄武装が一時的に使えなくなる事、らしい。


「作業の質も必要なのですが、作成後は長時間フェールドが使えなくなるので非常に高額に設定させてもらってます」


「なるほど……分かった。ならこれをお願い」


>即断か

>実際コイツ以上の生産職いなくね?


 その話を聞いて一つ考えたが、問題ないかと首を振ってシェリーはカウンターの上に不死の魔核を置いた。周囲の職人達が軽く騒めくが、ミーシャは平然とその魔核を手に取って、こう言った。


「予算は如何程で?」


「即金50K。足りなきゃボス素材売ってくる」


>言葉に一貫性がない

>まだ高いししゃーない


 能面かのように蠢く肉塊に瘴霧入りのビン、謎の骨だけでなくロック・ロックもそれぞれ取り出した。


「……成程。本気のご様子で」


「ったりめーよ。私は礼には礼で返すからな、私は」


 カメラの方に視線だけ向けながらそう言うが、視聴者はスルー。


「……わかりました。この魔核を使用した"魔核武装"の製作依頼、私がお引き受け致しましょう。料金はその50KC限りで構いません。素材は――」


>楽しみだなぁこれは

>アリサが欠損回復だったがシェリーはどうなる?

>狂化じゃね


 シェリーが要求通りに素材と料金を譲渡。連絡用にフレコも交換した。


「完成しましたらお呼び致しますので、それまでは街回りの続きをなさってください」


「……え、私の配信見てるの?」


>[ええ、勿論。SWシリーズと言えばシェリーさんですから]


「おっと」


>まじか

>まだこういう奴ら隠れてそうだなぁ…


「あ〜…いつも配信見てくれてありがとね♪」


 ミーシャはふふふと笑って作業に入り、一言呟くと彼女の持つ小槌フェールドは光り輝き、黄金そのものとなった。


「じゃ、時間まで私らは街ブラ続けよっか」


 シェリーもその場から去り、時間までバザーを冷やかして回るのだった――



〜〜〜

Tips ひきころ小話

プロゲーマーチームである『産業革命』は3人チーム。バレッティーナの他、二人が存在している。

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