第8話仕掛けた夜這い

なんでもありの女王争奪戦である。

殺し合う代もあるくらいだ。

体で落とすのも反則というわけではない。


もちろん、そんなと関係のないところでの汚い手は、一般的に忌み嫌われる。

なんなら魔法での殺し合いの方が美徳とされている。

けれど、でもまぁ、汚い手を使えるのも為政者の証と言えばそれはその通りなのだ。だから、アサに恥じるところはない。


どんな手を使っても、勝てばよいのだから。


しかし、ヨルは充分に卑怯で狡猾だった。


全力の隠形魔法を使い、密かに王太子の部屋に忍んで行ったはずなのに、翌朝には噂が出回っていた。つまりヨルの仕業だ。アサの本気を看破できるのは、この学院でヨルだけなのだから。


「見て、アサよ」

「よくもまぁ、そんな卑怯な手を使って、普通の顔していられるわね」

「魔力でも魔法でもヨルさんに敵わないと認めたんだろう」

「魔女の力ではなく、女のを使うなんて、勝ったところで卑しい勝利だな」

「アサが王位を継いでも尊敬できる気がしないね」

「でもまぁ、目的のためには手段を選ばないのは、為政者にとって必要なことかもよぉ?」

「どんな手を使っても、この国を守ってくれそう」

「ほかの国の王様を寝取ってか?」

「あはははははっ」


揶揄と軽蔑と呆れと憎悪。

害意溢れる周囲の空気に、これまで滅多に人から悪意を向けられたことのないアサは、かなり参ってしまった。


卑怯な手段に出た女として蔑まれ、行き場をなくしたアサは、心配してやってきた王太子に、よよと泣きながら縋った。


「もうだめですわ。私には未来がございません」


かよわく儚い風情で泣き濡れるアサは、普段と違ってひどく弱々しい。その姿に、幼稚ながらも一人の男として、王太子は奮起した。


これはなんとかするしかない。

おれが!この俺が!


と。


しかし、頭もそんなに良くない王太子は、しばらく悩んだ後で結果アサに相談した。


「君はどうしたい?」

「……ヨルと代わりとうございます」


一瞬の沈黙の後、アサははっきりとそう告げた。

それは婚約者として、という意味ではない。

なにもかもを、ヨルと代わりたいという意味だ。


「私とヨルの体を入れ替えましょう。こんな噂の染みついた体では、魔女王になるのに差し障りがありますもの」

「なっ!?」


驚愕のあまり、言葉を失って瞠目する王太子に、アサは切々と訴えた。


「禁書庫で入れ替わりの術を見つけたのです。このカラダを捨てて、ヨルと入れ替わりとうございますの。それには……殿下の魔法のお力が必要ですわ。私だけでは無理ですの」


アサの言葉の衝撃に固まっている王太子は凡庸だが、なんだかんだ言って魔女王の息子だ。実は魔力だけは十二分にある。


「ねぇ、私の王子様、あなたの魔力を貸してくだされば、術自体はきっと完遂できるでしょう。……いいえ。私ならば、絶対にできますわ」

「そんな……禁忌と呼ばれは術ではないのか……?」

「危険ではありますが、私には必要な魔法なのです。ねぇ、私を愛して下さっているのならば、どうか頷いてくださいまし、私の王子様」

「だが、それは、その……失敗したら、どうなるのだ?」

「入れ替わりが出来ないだけですわ。なんということもございません」


いくつかの危険性に口をつぐみ、アサはなんでもないことのように微笑んだ。


「ならば……やろう。その禁術を」

「あぁ、ありがとうございますっ、愛しておりますわ!私の愛しの君っ!」


大袈裟に喜び愛を歌い上げながら、アサは自分よりは背の高い、しかしほっそりとした王太子の体に抱きついた。柔らかな二つの双丘を王太子の胸板に押し付けながら、口元には薄暗い笑みを掃く。


この勝負は、これで終わりだ、と。


王太子の無駄に有り余る魔力を拝借して、アサは禁呪と呼ばれる魔法に手を出すことに決めたのだ。

禁忌とされるに相応しい、使用者と非使用者、二人の魂を害する可能性のある、大変危険な術だ。失敗すれば魂に傷がつき、二度と転生出来なくなる可能性もある。どこまでも非人道的で非倫理的な術だ。


もし失敗すれば、目が覚めたヨルに、確実に糾弾されるだろう。

そうなれば、確実に魔女王候補からは外される。


勝っても負けても。

この勝負は、これで終わりだ。



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