第7話危険な野外実習

さて、そんなある日。

野外で行う、初めての大規模な水魔法の授業があった。


「あぁ、今日はヨル担当でお願い」

「ええ、任せて」

「へ?」


アサが担当の日だったので、いつものボディタッチを楽しみに王太子はウキウキしていたので、アサとヨルの会話を聞いてキョトンと首を傾げた。なぜかアサがあっさりと身を引いて、当然のような顔でヨルが本日の補助担当になったので王太子は驚いたのだ。アサはなるべく王太子のそばから離れたがらないのに、どうしたのだろうと顔を見れば、アサの顔色は酷く悪い。


「アサ?どうした?」


心配になり声をかければ、アサは「平気です、ただ私は水が苦手なので」と苦しげに笑った。

簡潔に述べるだけで押し黙ったアサに王太子が深く問おうか悩んでいると、横にいたヨルはあっさりと補足した。


「アサは過去に溺れたことがあるの。だから、自分で大きな水魔法を使うと当時のことを思い出して気絶してしまうのよ。強大な水魔法は、自分が巨大な水流の中にいるような感覚を伴うから。……ということで、今日の授業は私としましょう?殿下」

「あ、ああっ、よろしく頼むよ」

「パートナーとして、しっかりお教えしますわ」

「っ、よろしく、たのむ」


妖艶に手を差し出すヨルに、頬を赤らめてしどろもどろに答える王太子。二人を歯軋りせんばかりに睨みつけながらも、アサはため息とともに「ええ、お願いしますわ」と口にだした。とても嫌だったが。






「はぁ、水魔法だけは、どうにもならないわ……」


憂鬱そうに、アサにとっては簡単な水魔法で噴水や逆流滝を作り出しながら、アサはため息をついた。


「魔女王として、使えない魔法があるのは許されないのに……」


水魔法も決死の覚悟なら、アサだってきっと、ヨルに負けず劣らず使えるだろう。けれど、ヨルは精度を、アサは規模の大きさを得意とするので、どの魔法も派手なのだ。だから水魔法も精度を上げるより、きっとド派手な大迫力になる。それが、アサにはきつい。まぁ、でも、ひとつくらい。苦手なものがあっても、まぁ。


ザバッ バシャーンッ


大量の水が地面に叩きつけられる音がして振り返れば、巨大な噴水が出来上がっていた。


……わぁ!

……おぉっ!

……すごい!


周りの学生達の歓声とともに、ヨルのよく響くアルトの声がアサの耳に届いた。


「まぁ、すごい!殿下には水魔法の才がありますわ!もっともっと特訓すれば、殿下も私やアサと同じくらいの水魔法を使えるようになりましてよ!」

「本当かい!?嬉しいな、初めて見つかった才能だ!」


はしゃいだ王太子の声が聞こえてきて、ギリ、とアサは奥歯を噛み締めた。




残念なことに王太子には水魔法の才能があったらしい。

やっと見つかった親和性の高い魔法に、王太子はどんどんのめり込んでいった。


「ヨル!昼休みも魔法の練習に付き合ってくれないか?」

「もちろんですわ、ふふっ。殿下ももうすぐ水の大魔法使いと呼ばれるようになりますわね?」

「えへへ、そうかなぁ?」


お世辞を言うヨルに満更でもなさそうな王太子がウキウキと足取りも軽く教室を出て行く。


「こんな楽しいのは初めてだよ。ありがとうヨル、君のおかげだ」


紅潮した顔で笑う王太子と、艶麗で柔らかい笑みを浮かべたヨルが連れだって教習場に向かって行くのを、アサは唇を噛み締めて見送るしかない。


王太子は、ヨルとますます距離を縮めていった。

日に日に距離が縮まり、頬も触れんばかりで語り合う様子も見掛けることが多かった。

二人が腕を組んで街歩きをしていたとか、二人が口付けを交わしているところを見たという噂も広がっていた。


アサは髪を掻きむしりながら、それを見守り、噂を聞いているしかなかった。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう」


爪を噛みながら必死に考える。

あの愚かな王太子を堕とすにはどうすれば良い。

あの脳みそに花が咲いている馬鹿なコドモを手に入れるには、どうすれば。


「どうしたら、ヨルに勝てるの?」


けれど思いつかない。

ヨルに優っているところなど、アサには思いつかないのだ。


そして思いあまり、ある夜、アサは。


「……信じられない。とってもすばらしかった!!」

「ようございましたわ」


王太子に、夜這いをかけた。



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