第31話
「今日、会える?」
恵麻にレインを送った僕は少しの間、画面を見つめていた。
本当は電話しようかとも思ったが、今の時間は起きてるか微妙だと思った。
「……会ってくれると良いんだけどな……」
僕は恵麻が僕たちに会ってくれるかどうか、自信がなかった。
もし彼女と同じ状況だったら、僕は言い訳を探してしまうかも知れない。
「駆!ご飯よ!!」
「はーいッ!」
下の階から聞こえたお母さんの声に返事をすると、僕はベッドから足を出した。
カーテンからは、朝日が煌々と差し込んでいた。
「何とか、夏休み中には会いたいな……」
そんな事を思いながら、僕は下の階へと降りていった。
ダイニングへと入室した僕を待っていたのは、トーストにバターを塗る唯だった。
「おはよう。今日は誰にも起こされずに起きれたわね?」
「……おはよう」
唯はいつも通りの様子で、僕に接してきた。
昨夜、口づけを交わしたのは僕の夢だったかのようだ。
「……」
「何よ、人の顔なんて見つめちゃって?」
僕はあまりにも唯は平常運転なので、思わず彼女の唇を見ていた。
あれが昨日、僕の顔に押し当てられたのだろうか?
「おーおー、朝から見つめ合っちゃって。仲が良いね~」
「お母さん!変なこと、言わないでよ!?」
僕たちの様子を見ていたお母さんが、茶々を入れてきた。
急に恥ずかしくなって、僕は顔が熱くなってしまった。
「え~、何を急に恥ずかしがってるの?」
「もう、うるさいよ!!」
「……うるさいのは、あんたの声だと思うわよ?」
朝からこんなイジられ方をするなんて、何て日だ。
プリプリ怒りながら着席し、朝の運勢をなんとなく確認するとなぜか一位だった。
「あなたが抱えている問題が一気に解決するかも?」
とか、いい加減な事を書いてあるしやっぱり占いなんて当てにならない。
僕はスクランブルエッグとベーコンを食パンに挟むと、かぶりついた。
スクランブルエッグはすぐに作れるから、楽で好きだ。
「恵麻さんには、どっちが連絡するの?」
「僕がするよ。って言うか、さっきレインしちゃった」
昨夜、僕たちは自分たちが付き合うことになったと恵麻に報告すると決めた。
それが決まったのは、八時を過ぎていたから連絡は今朝入れた。
「……あんたって腰が重い割に、すると決めたら行動早いわよね?」
「そうかな?僕はそんな自覚、無いけど?」
唯に指摘されたが、僕自身はイマイチピンと来ていない。
そんなに行動力があるタイプには、自分のことを見ていないからだ。
「昔からあんたって、行動に移すのは早かったわよ?ほら、演劇の時も……」
「演劇?そんなのあったっけ?」
ちょっと思い返してみるが、演劇なんてやった記憶が無い。
本当に演劇なんて、僕がやった事があっただろうか?
「あったわよ。小学校の時にクラスで演劇をするって決まった時があったじゃない」
「……言われてみれば、あったかも」
よくよく思い出してみたら、おぼろげにそんな記憶があるような気がしてきた。
あれは小学校三年生の時だっただろうか?
「あの時も出し物が決まるまでグズグズ言ってたくせに決まったら動いてたじゃ無い」
「いや、だって決まった以上するしかないし……」
クラスの出し物を決めるとき、演劇が持ち上がったが僕は気が進まなかった。
演劇なんて、面倒くさそうなイメージがあったからだ。
「他の男子たちなんて、遊んでた子も居たじゃ無い」
「でも、やらないと終わらないし……」
気が進まなくても、やらなければいけないことはするしか無い。
少しずつでもやらなくては、いつまで経っても終わらないからだ。
「そういう風に切り替えられるのが、あんたの凄いところよね?」
「そうかな?普通だ思うけどな?」
凄いとか言われても、何処がどう凄いのか良く分からなかった。
僕はやるべき事を、ただ淡々と実行しているつもりなのだが?
「で?恵麻さんからは何て?」
「ん?返事はまだだよ?」
僕はスマホの画面を確認してから、唯に見せた。
画面にはデカデカと、先日再販が決まった『シンビジウム』が表示されていた。
「……来たわよ?」
「えっ!?」
僕がスマホを裏返し、画面を見ると確かにレインの着信がある。
レインの主は件の恵麻で、着信欄には『唯っちも呼んでくれる?』とあった。
「これって、会ってくれるって意味かな?」
「他に何があるの?」
唯は若干呆れたような表情をしているが、そんな目で人を見なくても良いんじゃ?
僕だって、ひょっとしたら僕の読み間違いかもと確認しただけなのだから。
「……で?恵麻さんは何時会ってくれるって?」
「あ!そうだったね」
喜んでばかりも居られない。僕はレインを起動させ、内容を確認した。
しかし、レインには詳しい記載は無く通知画面に書いてある以上の内容は無かった。
「どうして何も書いてないんだろう?」
「あんた、バカ?恵麻さんはあたしがここに居るって知らないからでしょ!?」
「あ!そうか」
僕は、唯がここに居るのが当たり前すぎて失念していたのだ。
恵麻は僕たちの状況を全く知らないのだ。
彼女は、自分と僕と唯が揃っている状況が欲しいのだ。
「え~っと『唯もここに居るよ』っと」
「……味気ない文章ね?」
唯は、僕が送った文面を見て何か言いたいことがあるようだ。
しかし、これ以上書くような内容があるだろうか?
「他に何か書く事、ある?」
「せめて『大丈夫。唯と一緒に朝ごはん食べてたところだよ』くらいは書きなさいよ」
「意味、同じじゃない?」
僕が伝えたい事と、唯が伝えたい事は同じじゃ無いだろうか?
その差が、僕には分からなかった。
「違うわよ!あんたのじゃほとんど何も分からないじゃない!?」
「……そう?」
僕の文章でも、十分に意味は伝わるような気がするが?
僕と唯が一緒に居ると分かる文章になってるように見えるが?
「そうよ!あんた、恵麻さんに今の状況を伝えなくちゃいけないのよ!!?」
「簡潔でわかりやすかったと思うんだけどな……」
「ああもう!貸しなさい!あたしが打つわ」
唯は僕からスマホをひったくると、光の速さでフリック入力をし始めた。
その様を見ていると、なんとなく親指相撲が強そうだと思った。
「……恵麻さんにあたしがここに居候してる事を伝えたわよ?」
「で、恵麻は何て?」
唯からスマホを返して貰った僕は、レインの画面を確認した。
僕の淡泊な文章から、いきなり文章の書き方が別人のように変わっていた。
実際、別人なのだから当たり前か。
「それは返信を待たないと分からないわ」
「……そっか」
二人のやりとりは、唯が何時が良いかと恵麻に訊いたたところで終わっている。
後は、恵麻の都合次第と言うことになる。
「でも、あたしとあんたが一つ屋根の下で寝起きしてるのは伝わったと思うわよ?」
「……それじゃあまるで、僕たちが同居してるみたいじゃない?」
唯の説明では僕たちが、あたかも二人で暮らしてるみたいに聞こえる。
でも、実際は夏休みの間だけ唯を預かっているだけだ。
「みたいじゃなくて、明らかにしてるでしょ?」
「え!?僕たちって今、同居してるの!!?」
僕は、唯の指摘に驚きのあまり飛び上がってしまった。
同居なんて、結婚を前提とした大人の男女がするものだと思っていたからだ。
「同居って何だと思ってるの?同じ家に住むことでしょ?」
「……でも、唯はただ泊まってるだけでしょ?」
唯は正確には夏休みの間、この家で預かっているだけだ。
夏休みが終われば彼女は自分の家へと戻る。
「どうかな~?唯ちゃんが居てくれると、お母さんヒジョーに助かるからね?」
「お母さん!?」
僕たちの会話に、突如としてお母さんが割り込んできた。
何かお母さん、僕の味方よりも唯の味方になる事が多くない?
「唯ちゃんは率先してお手伝いしてくれるから、このままでも良いかな?」
「叔母さんったら~」
お母さんも唯も笑ってるけど、正直僕としては全然笑えない。
夏休みが終わっても唯がこの家で寝起きするようになったら、かなり困る。
彼女は僕にとって、良くも悪くも影響力が強すぎるのだ。
「唯ちゃんだって一人のお家に帰るよりも、叔母さんの家の方が良いでしょ?」
「勝手に二人で話を進めないでよ!!そんな事よりも今は恵麻の話だよ!!」
このまま放って置いたら、手遅れになってしまう。
僕は強引に話題を打ち切ることにした。
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