第29話

「……しかし、本当に人が多いわね?」

「うん、どこで花火見よっか?」

 僕たちは屋台で釣ったヨーヨーで遊びながら、落ち着ける場所を探していた。

 と言っても、境内は人だらけでとても落ち着ける場所なんて見つけられない。

「そっちは何か、人が少なそうだよ?」

「止めておいた方が良いと思うわよ?」

 僕の意見を、唯はやんわりと拒否した。

 僕が指さしたのは、人混みから少し離れた物陰だった。

「え?どうして?」

「どうしてでもよ!こっちに行くわよ!!」

 僕は理由が分からなかった。唯は僕の手を引くと、強引に境内の奥へと進んだ。

 人気がなくて、一息入れられそうな気がしたんだけど?

「全く!身体は大きくなっても、ガキのまんまなんだから!!」

「何をそんなに怒ってるの?」

 僕は唯に理由を尋ねたが、結局彼女が教えてくれる事はなかった。

 そう言えばお母さんも僕を、まだガキだと言っていた気がする。

「ここに座りましょ!」

「え?ここ?」

 唯が僕を連れてきたのは、神社の境内にある頒布所の前だった。

 販売場ではなく頒布所と呼ぶのは、神社では物は売っていないかららしい。

 神社に並ぶお守りや破魔矢は売っているのではなく、頒布しているのだそうだ。

「良いから座りなさい!!」

「う、うん!」

 僕は仕方なく、頒布所の石段に腰掛けた。そして唯もその隣に座った。

 薄暗くて良く見えなかったが、彼女の耳が少し赤くなっているように見えた。

「耳が赤くなってるよ?」

「うるさいわね!人の顔なんて見てたら花火、見逃すわよ!!」

 何でさっきから唯は、こんなにも怒ってるのだろうか?

 一緒にヨーヨーを釣ってるときは、いつもの彼女だった気がするんだけどな?

「何で怒ってるの?」

「怒ってないわよ!!!」

 怒ってないとか言いながら、完全に怒ってるじゃないか!?

 でも、これ以上は追求すなと僕の勘が告げていた。

 変な事を言ったら、唯はキレて帰ってしまうかも知れないからだ。


「……」

「……」

 それから僕たちは言葉を交わすこともなく、黙って夜空を見上げていた。

 さっきのやりとりのせいで、僕と唯の間には気まずい沈黙が流れていた。

「あのさぁ……」

「何よ?」

 僕は沈黙に耐えかねて、隣の唯に話しかけた。

 彼女は返事こそしたが、上の方を見ていて僕を見ようとしない。

「僕、唯の事が好きだ」

「知ってるわよ。そんな事」

 僕は勇気を出して言ったつもりだったが、唯は至って普通の反応だ。

 相変わらず夜空を見上げて、僕を見ようとしない。

「うん。でも、もう一度ちゃんと言っておきたかったから……」

「そう。あたしもあんたの事、好きよ」

 視線は相変わらず上を向いていたが、声が少し柔らかくなった気がした。

 僕は以前から思ってた事を、唯にぶつけてみることにした。

「唯って、僕と恵麻のどっちの方が好きなの?」

「何なの?その妙に湿度の高い質問は?」

 あまりに凸拍子もない質問に、唯は僕の方を向いて尋ね返してきた。

 そりゃそうだよね?僕自身もこんな質問されたら回答に困るもん。

「ゴメン。でも、もし恵麻が唯を振らなかったらどうなってたんだろうって……」

「なるほど。恵麻さんに振られたからあたしが自分と付き合ってるって思ったのね?」

「……うん。まあね?」

 唯の推測通りだ。僕が唯と付き合えてるのは、恵麻が彼女を振ったからだ。

 だとしたら、恵麻と唯の交流が続いていたらどうなったのだろうか?

「心配しなくても、あんたとは付き合ってると思うわよ?」

「そうなの?」

 意外にも、アッサリと唯は僕の質問に答えてくれた。

 しかし、それでは恵麻は何のために損な役を買って出たのだろうか?

「恵麻さんの気持ちがあたしに向いてないのは最初から分かってたし……」

「じゃあ、どうしてあんな事を?」

 唯は僕と恵麻の間に割って入り、僕たち二人を自分の物にしようとしていた。

 しかし、最初からそれが出来ないと分かっていたならなぜそうしようとしたのか?

「諦めきれなかったからに決まってるでしょ?」


 彼女は自嘲気味に少し笑っていた。

 自分の気持ちに応えてくれる女性が、世の中に多くない事を知っているからだろう。

「あんたこそ、もし恵麻さんと付き合えたらどうしたの?」

「どうしたのって、別にどうもしなかったと思うけど?」

 僕が唯と付き合うのは、恵麻から距離を置かれたからではない。

 それよりも前に、僕は自分の意思で唯を好きだと自覚したのだ。

「なぁんだ。じゃあ、どっちにしてもこうなってたのね?」

「なんだか、不思議だね?」

 僕は心のどこかで、唯は仕方なく僕と付き合っているのではと不安だった。

 しかし実際にはそうではなく。彼女は最初から僕と付き合う気があったのだ。

 ただ、恵麻に対する気持ちが振り切れずに居ただけなのだ。

「……ただ、もし恵麻さんがあたしの気持ちに応えてくれるなら……」

「え?」

 唯の言葉に、僕は少し不安になった。

 え?恵麻が気持ちに応えてくれたなら、恵麻を選んでたって言うの?

「この場には三人が居る事になるわね?」

「同時に二人と付き合う気だったの!?」

 唯の答えは、僕の予想の斜め上を行っていた。

 何と彼女は、堂々と僕と恵麻と付き合うつもりだったのだ。

「あたしは欲しいものは何としてでも手に入れるのよ」

「唯って昔からそういう所、あるよね?」

 彼女は子供の頃、僕のハンカチを欲しがった事があった。

 あれ?でも、そんな事がちょっと前にもあった気がするんだけど?

「そう言えば唯、僕が貸したハンカチはどうしたの?」

「……ああ、アレ?気に入っちゃったから貰っとくわね?」

「え?」

 唯は何を言ってるんだろうか?気に入った?あの男物のハンカチが?

 彼女があんな物を手に入れて、一体何に使おうというのだろうか?

「だから、今度代わりの物をあげるわね?」

「は?いや、返してよ」

 気に入ったなら、同じ物を自分で買えば良い。

 何が楽しくて、人のおさがりなんて欲しがるのだろうか?この人は

「いや!」

 しかし、唯は頑として僕のハンカチを返してと言う要求をのまなかった。


「……アレ、そんなに良い物じゃないよ?」

「安物な事くらい、分かってるわよ」

 青地にいくらかの模様がプリントされた僕のハンカチは、安物だと一目で分かる。

 では、唯は何のためにそんな物を欲しがるのだろうか?

「じゃあ、なんであんな物を欲しがるの?」

「あんた、バカ?あんたの持ち物だからでしょ?」

 唯は僕のことをバカだと言ったが、僕からしたらバカは彼女の方だ。

 僕は思わず、何の考えも無しに口走っていた。

「バカは唯だろ?これからはずっと一緒じゃないか!?」

「……」

 その時ドーンと言う、大きな爆発音が夜空から響いた。

 僕を見つめる彼女の瞳に反射して、夜空に咲き誇る花火が見えた。

「……本……当……?本当にずっと一緒に居てくれる?」

「もちろんだよ!!来年も再来年もその先もずっと一緒だよ」

 どうやら彼女は、僕がどこかに行くのではと不安だったらしい。

 恵麻のように、自分から僕が離れていくと心配していたのだ。

「あたし、普通の女の子じゃないのよ?」

「普通って何だよ!?普通じゃなかったら何なんだよ!!?」

 世の中には、唯のような人を普通じゃないと表現する人が居る。

 しかし、普通なんて誰が決めるのだろうか?誰にそんな資格があるのだろうか?

 そして仮に普通じゃなかったとして、それにどれほどの意味があるだろうか?

「あんたって、本当にバカね?」

「……ぅわっ!?」

 僕は不意に、唯に襟を掴まれると乱暴に彼女に引き寄せられた。

 そして僕の唇に、何か柔らかいものが当たるのが感じられた。

「……」

「……」

 時間にして、ほんの数秒だっただろう。

 唯は僕の襟を放し、僕の顔は彼女から離れていった。

「裏切ったら沈めるからね?」

「え?え?」

 僕の脳が理解するまでの十数秒間、僕は間抜けな顔を彼女にさらしていた。

 やがて自分が、唯にファーストキスを奪われたと理解した。

 僕のファーストキスは、リンゴ飴の味だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る