第24話
「……振られたのが、ついこの間の事か」
「振られた?もしかして恵麻に?」
今、爆弾発言が無かった?振られた?唯が?誰に?
僕の中でパッと思いついたのは。恵麻の顔だった
「そうよ。他に誰がいるの?」
「……」
僕は何も言うことが出来なかった。彼女の言うとおりだからだ。
唯を振るような立場に居る人なんて、恵麻くらいしかいないからだ。
「実はあの日、あたし恵麻さんに二人の時に言われちゃったの」
あの日というのは、夏休みに入るちょっと前の事だろう。
唯が恵麻に何かを言われて、中庭で泣いていた時で間違いないだろう。
「私は唯っちの気持ちには応えてあげられないから諦めてって」
「……だから唯は泣いていたのか」
僕は、やっと唯が泣いていた理由を知る事が出来た。
彼女は、思い人である恵麻に振り向いてもらえなかったのだ。
「そう言えば、あんたは恵麻さんから何か言われた?」
「僕は『私じゃ無くて唯っちの心配をして欲しい』って言われた」
中庭へと急ぐ僕は、落ち込む恵麻と遭遇した。
その時、僕は恵麻を気遣ったが彼女は僕にかまうなと言って去って行った。
「なるほど。そういう事だったのね?」
「……何が?」
唯は妙に納得した様子だったが、僕は何が何やらさっぱりだ。
恵麻から僕が言われた事に、何の関係があるのだろうか?
「恵麻さんはね、あたしにあんたを譲ってくれたのよ」
「僕を唯に……譲る?」
唯は一体、何を言っているのだろうか?
僕を譲るって言われても、僕は別に唯と付き合ってない。
「あんたは知らなかったと思うけど、恵麻さんはあんたの事を気に入ってたのよ」
「え?そうだったの!?全然そんな感じしなかったよ?」
僕が恵麻に接しているときも、彼女はいつも通りだった。
別段、僕に対して好意を示したりはせず他の子と同じように接していたが?
「きっとあたしに遠慮してたのよ。あたしの気持ちも知ってたと思うから」
「……それって……」
恵麻が知っていた唯の気持ちとは、自分への思いとは違う気持ちだろう。
「何度も言うけど、あたしはあんたが好きよ。駆」
「……そうだったんだ……」
何だ。何も知らなかったのは、僕一人だけだったんだ。
恵麻も唯もお母さんも、僕たちの関係性を理解してたんだ。
誰が誰を好きなのかも、お互いにちゃんと分かっていたのだ。
「恵麻は僕と唯をくっつけようとしてたのか」
「そう言う事ね」
唯は恵麻と僕が好きで、二人とも手に入れたいと考えていた。
でも男の子を好きな恵麻には、唯の気持ちに応えてあげられない。
だから、唯の思いに応える役を僕に任せたのだ。
「恵麻さんも損な役を買って出ちゃって、お節介な人よね?」
「恵麻は昔から、自分よりも人を優先しちゃうところがあったからね」
恵麻だって僕を好きなのだから、僕と付き合ったって問題ない。
元々、僕は恵麻が好きだったのだから相思相愛のはずだ。
それを捨てたのは、唯が独りぼっちになってしまわないようにしたかったからだ。
「あんたは恵麻さんが好きだったんじゃないの?」
「……僕は最初、どうして自分が唯の手伝いをするんだろうって思ってた」
今年の春、僕は唯に弱みを握られて彼女の協力者に仕立て上げられた。
唯が恵麻に振り向いてもらう為に、知恵を貸す羽目になったのだ。
「あの時は、いつかノートを取り返して僕が恵麻に告白するんだって思ってた」
唯は、僕の部屋から盗み出したノートを人質にしたのだ。
ノートには、僕の内に秘めた妄想が書き込まれていた。
「だけど、唯と何度もデートをするうちに君が気になりだしたんだ」
「……ふぅん。つまり、恵麻さんからあたしに乗り換えちゃったって事ね?」
「まあ、そうなんだけどね」
あまり認めたくないが、唯の指摘は正しい。
僕は、初恋の相手である恵麻から唯に乗り換えたのだ。
「つまり、あんたにとってはどっちに転んでも問題ないって事ね?」
「そんな言い方しないでくれるかな?」
それではまるで僕が『確信犯』みたいじゃないか。
あれ?でも、確信犯って意味が違うんだっけ?この場合、何って言うんだろう?
「欲がなさそうに見えて、あんたもあたしと同じで欲張りだったのね?」
唯は僕の顔をいたずらっぽく笑いながら見ている。
その顔に、僕は一瞬だが視線を奪われた気がした。
「あたし、結構独占欲強いわよ?」
「それは分かってるよ。僕だって、こう見えて嫉妬深いよ?」
きっと僕たちの関係は、これから少しずつ変わっていくんだと思う。
昨日まで当たり前だったことが、今日からは特別になる時もある。
「それでも、あたしと付き合いたい?」
「うん、僕は唯と付き合いたい。唯も僕で良い?」
それでも僕たちは、お互いに一番近くに居る人でありたいと思っている。
この人を誰よりも知ってる男になりたい、と考えている。
「あんた、バカ?ここはもっとビシッと行くところでしょ?」
「……こう言うの、慣れてなくて……」
確かにもっと格好の良い台詞が言えたら良いが、告白するなんて初めてだ。
誰かとお付き合いするなんて、人生で初の経験だから何を言えば良いか分からない。
「まあ、良いわ。それも含めてあんただもんね?」
「これからよろしくね?」
僕たちは握手を交わした。
そう言えば、女の子の手を握ったのなんて初めてな気がする。
「……じ~~」
そのとき僕たちは、自分たちに向けられる視線に気がついた。
そして、その視線の主を探すとそれはすぐに見つかった。
「何してるの?お母さん」
「……お構いなく。どうぞ続けてください」
客間の入り口のドアがわずかに空き、そこからお母さんの目がのぞいていた。
冷房のない廊下でこの人はどれくらいの間、ああしていたのだろうか?
「構うよ!!いつから見てたの!!?」
「選択肢その1、あたし結構独占欲強いわよ?」
いきなりお母さんは、クイズを出してきた。
「選択肢その2、じゃあなんであたしから逃げるのよ?」
ちょっと待って。さっきのより、時間が巻き戻ってない?
「選択肢その3、落ち着け落ち着け」
待って!ちょっと待って!!それってつまり……
「さあ、どれでしょう?」
「最初からじゃん!!?」
なんとお母さんは、唯が来るより前から僕の事を監視していたのだ。
どこの世界に、こんな母親が居るだろうか?
「……こんな感じかな?」
「そうね。良いんじゃない?」
僕たちは、辛うじて人が寝泊まりできるようななった客間を見て言った。
結局あの後、三人がかりで客間を片付ける事になってしまった。
「久しぶりに客間を片付けたけど、懐かしい物が色々あったね?」
「あんな大きな招き猫、どこで買ってきたの?」
僕はお母さんに、客間にドデンと置いてあった招き猫の出所を訊いてみた。
お母さんがイラストレイターをしているが、うちは商売をしているわけでは無い。
お父さんの仕事とも、全く関係ない。
「昔、愛知県に行った時に可愛かったから飼ったの。お母さん、猫好きだし」
「……じゃあ、猫を飼えば良いんじゃ?」
猫が好きだったら、あんな置物じゃなくて本物を飼えば良い。
家は賃貸では無く持ち家なのだから、猫だろうが犬だろうが飼える。
「それは無理じゃないかしら?」
「どうして?」
僕の意見を隣に居た唯が否定した。なぜ無理なのだろうか?
猫が居ると、何の不都合があるというのだろうか?
「だって恵麻さん、猫アレルギーだから……」
「……そっか。そうだったっね」
僕は恵麻が猫アレルギーだと、うっかり忘れていた。
彼女もこの家に来る時があるのだから、それに配慮して猫は飼えない。
「昔、恵麻さんが友達に付いてた猫の毛のせいで蕁麻疹だらけになった事があるの」
「そんな事があったのか」
僕は恵麻が猫アレルギーで苦労している場面なんて、見たことが無い。
しかし、彼女のアレルギーは僕が予想しているよりも深刻なようだ。
「お母さんたち、唯ちゃんや恵麻ちゃんを預かるって決まった時に色々と調べたの」
「そうだったのか」
お母さんと恵麻のお母さんと唯のお父さんは血のつながった姉弟だ。
しかも近所に住んでるから、互いに子供を預かる時があった。
だからその為に、互いの子供の体質などを相談したのだろう。
「別に恵麻ちゃんのせいで猫が飼えないわけじゃ無いよ」
「……」
お母さんはいつも通りの明るさでそう言って見せた。
多分、本当に恵麻が悪いなんて思ってないのだろう。そう思うことにした。
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