第22話
そう言うと、唯は卵が入ったエコバッグを持つと歩き出した。
「ま、待ってよ!」
僕はそれを追うように、小走りで彼女の後ろを歩いた。
こっちはお米を持ってるんだから、もう少しゆっくり歩いてくれても良いのに。
「早くなさい。おいて行っちゃうわよ?」
「僕のは重いんだから、もうちょっとゆっくり歩いてよ!」
僕たちはそんなやりとりをしながら、夕日に向かって歩き続けた。
しかし唯はこんなにたくさん買い物をして、どうするんだろうか?
「二人ともお疲れ様。汗かいたでしょ?シャワー浴びて良いよ?」
暑い外から帰った僕たちを、ヘアバンドで髪をたくし上げたお母さんが出迎えた。
外に出ていた時間は、せいぜい三十分だったがそれでも僕らは汗だくだった。
「……唯、先に良いよ?」
「あら、気を遣ってくれるの?」
僕だって、汗だくですぐにでもシャワーを浴びたい気分だった。
しかし、日焼け帽子のために長袖を着ている唯の方が気持ち悪いはずだと思った。
「僕、リビングに居るから上がったら教えて」
「悪いわね」
そんなやりとりをする僕たちを、お母さんがニヤニヤと見ている。
あの表情は、ぜったに何か企んでいる目だ。
「譲り合うくらいなら、一緒に入っちゃえば良いのに」
「……なッ!?」
「……いっ!!?」
僕も唯も、お母さんからのまさかの提案に度肝を抜かれた。
一緒にシャワーを浴びるなんて、何てことを言うんだこの人は!?
「そうすれば、お互いに気を遣わなくても良いでしょ?」
「いやいやいや!何を言ってるんだよ!!お母さん!!!?」
「そうですよ!いくら何でも一緒にだなんて!!」
僕と唯は、顔を真っ赤にしてお母さんに抗議した。
年頃の男女が一緒にシャワーを浴びるだなんて、何かあったらどうするんだ!?
「でも、昔は二人とも一緒にお風呂に入れてたと思うけど?」
「子供の頃でしょ!僕たち、もう高校生だよ!!」
「そうですよ!早すぎますよ!!」
お母さんは、僕たちを幼稚園生か何かと勘違いしてないか?
唯なんて、混乱して訳分からないことを言ってるし。
「え~~、二人とも何を赤くなっちゃってるの?もしかして……」
「お母さん!!」
僕は怒ってお母さんを怒鳴りつけた。
いくら親でも、言って良いことと悪いことがあるはずだ。
「冗談、冗談。ジョーダンだよ」
「冗談には聞こえなかったんだけど?」
僕の勘では、お母さんはさっき冗談半分で言っていたと思う。
つまり、残り半分は本気という事だ。
「ソンナコトナイヨー」
「……」
お母さんは悪びれる様子も無く、飄々としている。
余所の母親は、子供にどんな風に接しているのだろうか?
「で、結局どっちが先にシャワー浴びるの?」
「……唯だよ?」
なんだかはぐらかされた気がするが、ここでしつこく食い下がっても意味は無い。
僕は唯にシャワーを勧めると、リビングへと向かった。
「……」
唯は顔を隠すようにうつむいたまま、足早に脱衣場へと消えた。
こんなの、セクハラじゃ無いのか?
「あ!そうだ!!」
そんな僕たちをニヤニヤと眺めていたお母さんが、何かをひらめいた。
アレは絶対にロクでもないことを思いついた表情だ。
「変な事、しないでね?」
「変な事なんてしないよ?変な事を考えてるのは駆の方でしょ?」
お母さんはそう言うと、自分の部屋の方へと歩き出した。
あの人は何をするつもりだろうか?
「……ちなみに駆の言ってる『変な事』って、具体的にどんな事?」
「僕、怒るよ!!」
僕が怒鳴りつけると、お母さんは自室へと消えた。
全く、あの人は息子に何を言わせたいのだろうか?
「……まったく!」
僕は怒りながら、リビングに座るとスマホを起動させた。
サブスクで、夏に始まったアニメでも見ようと思ったからだ。
「……」
僕はさっきまでの出来事を一旦忘れようと、アニメに集中することにした。
の、だが。
「唯ちゃん!」
「え!?お。叔母さん!!?どうしたんですか!!!?」
突如として風呂場から聞こえてきた声が、僕の集中を乱した。
声から察するに、お母さんが風呂場に居る唯に声をかけたのだろう。
「久しぶりに一緒に入ろうと思ってね」
「え?え?」
唯は状況を飲み込めていないようだが、僕も全然飲み込めていなかった。
お母さんは何をしようとしてるの?唯と一緒にシャワーを浴びるの?
「わぁ、唯ちゃんいつの間にかおっぱい大きくなったね?」
「お、叔母さん!?困ります!!」
僕も正直、合格者発表の場で久しぶりに唯になった時に思わず見てしまった。
中学までの彼女は、そんなにスタイルが良い方では無かった。
「……って、僕は何を考えてるんだ!?集中しなくっちゃ!!」
僕は自分の全神経をスマホの画面に集中させた。させようとした。
画面には新しく配信されたアニメのキャラクターが所狭しと動いていた。
「別に隠すこと無いじゃん?昔は私がお風呂に入れてたんだし……」
「もう、高校生なんですよ?わたし……」
だが僕の目から入ってくる情報は、耳から入ってくる情報に全てかき消された。
僕の脳内には、恥ずかしがる唯とニヤニヤ笑うお母さんしか存在しなかった。
「高校生だって、私から見たらまだまだ子供だよ」
「ひゃん!?」
何だ!?今の唯の声は何だったんだ!!?風呂場で何が起こってるんだ!!!?
僕は立ち上がって状況を確認するべきかどうか迷っていた。
「おお~、やっぱり高校生は肌も綺麗だな~~」
「お、叔母さん。さっきからどうしてそんな大きな声で実況するんですか?」
それで僕はようやく理解した。これはお母さんが仕組んだ罠なのだ。
お母さんは、わざと僕に聞こえる声で言っているのだ。
「……こうなったら、イヤホンで……」
僕はお母さんの声をかき消すべく、イヤホンを両耳に入れようとした。
「お、叔母さん!手つきがいやらしいですよぉ……」
「……もう、ちょっとだけ……」
しかし、結局僕の手がイヤホンを耳に入れる事は無かった。
「あぁ~、さっぱりした」
「……」
お母さんたちが脱衣場から出てくるまで、僕はアニメに集中できなかった。
主人公の男の子が、異世界であれこれしてた気がするがどうでも良かった。
「駆、シャワー良いよ?」
「……うん」
僕はお母さんに勧められて、シャワーに入るべく立ち上がった。
その時、唯となんとなく目が合った。意味なんて無い、本当になんとなくだった。
「……」
「……何よ?」
唯は僕を睨んできた。そんな目で見られたって、困るんだけどな。
僕は特に気の利いたことも言えないので、そそくさと風呂場へと向かおうとした。
「いや、何でも無い」
「……何であんた、前屈みなのよ?」
なんとかバレないように誤魔化すつもりだったが、唯にはバレバレだった。
風呂場での唯たちのやりとりを聞いていた僕は、下半身が充血していたのだ。
「……そんな事、無いよ?」
「じゃあ、その姿勢は何なのよ?」
そんな事、追求しなくたって良いじゃ無いか!?
僕はそう言いたかったが、必死に言い訳を考えた。
「唯ちゃん、そういじめなくても良いじゃん。駆も男なんだよ?」
「お母さん、変な事を言わないでよ!そんなんじゃないよ!!」
何でこのタイミングで、お母さんは変なことを言い出すかな?
この人は、状況をかき乱して楽しんでないか?
「変な事を考えてたのは駆の方でしょ?」
「僕、変な事なんて考えてないよ!アニメ、見てたよ!!」
「え~~、本当は聞き耳立ててたんじゃ無いの?」
お母さんはどうして、こうも僕をおちょくるんだろうか?
僕が唯に変な印象を持たれたら、どうするんだ!?
「もう!付き合ってられないよ!!」
「あ、逃げた」
「……」
この場にとどまるのは分が悪い。僕は怒りながら脱衣場へと逃げた。
唯の視線が背中に突き刺さるのを感じたが、振り向いたりはしなかった。
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