第21話
「へぇ~、こんな理由があったのか」
僕は歴史上で起きた出来事の背景に少し触れ、少しだけ理解の助けにした。
そのままスマホから手を放し、勉強へ戻れば何の問題も無かった。
「そう言えば、アレの発売日ってどうなってたかな?」
僕はなんとなく新作のプラモデルの発売日が気になってしまった。
よせば良いのに、僕は自分の欲望の赴くままあれこれと調べ始めてしまった。
「来月の中頃か。予約してしとこうかな?」
プラモの発売日を確認した僕は、大手通販サイトへと飛んだ。
通販サイトにはおすすめ商品と銘打って、僕が探していたプラモが表示されていた。
「あ!これ、再販になったんだ!!」
僕は新作のプラモの隣に表示された、以前から欲しかった別のプラモに気づいた。
あまりの人気に、あっという間に売り切れてしまった商品だ。
「こっちも欲しいなぁ。でも、予算が……」
新作のプラモを買えば、再販されたプラモは買えない。
どっちか片方しか手に入れられない状況に、僕は頭を悩ませた。
「どっちにしよっかな?」
「あたしだったら両方、なんとかして手に入れるわよ?」
「それが出来たら苦労は……っ!?」
僕は隣から聞こえた唯の声に反論しようとした。
だって、どちらかしか選べないから必死に悩んでいるのに。
そう言おうと思ったが、彼女の顔を見た途端そんな気は失せた。
「どうしたの?あたしに何か言いたいことでも?」
「……え~っとね……ごめんなさい」
彼女はまぶしいくらいの満面の笑みを浮かべて、僕を見ていた。
僕にはその笑顔が、獲物を仕留めた肉食獣の舌なめずりにしか見えなかった。
「あんた言ったわよね?サボらずにちゃんと勉強するって」
「……はい」
確かに僕は、一人ででもちゃんと勉強できるしスマホで遊んだりしないと言った。
しかし今、僕は大手通販サイトでめぼしい商品の検索に没頭していた。
「約束通り、あたしがあんたをしっかりと監督させてもらいますからね?」
「……お手柔らかにお願いします」
その後、僕はしこたま唯に叱られた。勉強中はスマホも没収された。
「お~~、三日分くらいは進んだんじゃ無い?」
お母さんは満足そうに僕を見ているだけで、助け船は出してくれなかった。
「あ~、疲れた~」
夕方になり、ようやく僕の宿題が終わった。
これだったら、学校で授業を受けている方がずっと楽だ。
「あんた、これくらいで疲れてるなら学校の授業ロクに聞いてないでしょ?」
「そんな事はないよ!」
唯には咄嗟にそう言い返したが、正直耳が痛い限りだった。
退屈な授業の時に、ノートに落書きをした事が何度もあったからだ。
「……ふぅん。そう……」
「な、何?」
唯は追求してこなかったが、僕のことを全然信用していないのは明らかだった。
目が全然僕を信じていない目だったからだ。
「二人とも、お疲れ様」
「お母さん、ありがとう」
僕は、お母さんが差し入れてくれたカルプスを一気飲みした。
冷たくて甘酸っぱい液体が、脳をリフレッシュさせてくれた。
「お母さん、これから買い物に出掛けるけど何か食べたいものはある?」
「あ、でしたら私たちが代わりに行ってきます」
なぜか分からないが、唯がお母さんの代わりに買い物へ行くと言い出した。
あれかな?唯は僕たち一緒に夕飯を食べてから帰るのかな?
「そう?じゃあ、お願いしちゃおっかな?」
「はい!あんたもいつまでもだらけてないで、立ちなさい」
「え?僕も行くの!?」
そう言えば、唯はさっき『私たち』と口にしていた。
それはつまり、唯と僕が買い物に行くと言う意味だ。
「当たり前でしょ!?さあ、早く準備なさい!」
「えぇぇぇえええ!!!???」
僕は唯にせっつかれながら、出掛ける準備をした。
部屋着のままでは、外へ出られないからだ。
「……まあ、これも夕飯までの辛抱か」
「今、何か言ったかしら?」
「ううん、何も」
僕はお母さんからプリペイドカードを受け取ると、身体を引きずるように外に出た。
外は夕方でも暑く、エアコンの効いた部屋に戻りたい気分だった。
「さ!ちゃっちゃと済ませるわよ!?暑いんだから」
僕は唯の横に並んで歩き出した。
蝉の鳴き声のせいで、外気が余計に暑く感じられた。
「唯、何を買いに行くの?」
「さあ?お店に行ってみないとそんなの分からないわよ」
僕は唯の返事を聞いて、少し驚いた。
いつも完璧なまでに計画を練っている彼女が、何を買うか決めてないなんて。
「え?何を買うかも決めないで出掛けてるの?」
「一応は決めてるけど、お店の品揃え次第よね」
唯はさも当然のようにそう答えると、スタスタと歩き続けた。
僕もその隣に並んで歩き続けたが、不安が無かったかと言えば嘘になる。
「いつもそんな感じなの?」
「そうよ。その時の状況に応じて臨機応変に行かなくちゃ」
唯の言葉を聞いて、とあるスペースオペラの台詞が頭に浮かんだ。
「高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に展開」
と言う台詞がその作品に登場するのだが、それを聞いた将校たちから
「要するに行き当たりばったりだな」
と非難されてしまうのだ。
「……それって行き当たりばったりって言うんじゃ?」
「まあ、そうとも言うわね」
僕は角が立たないように唯に尋ねてみたが、彼女は当たり前のようにそう口にした。
つまり、これから店で何を買うかも分からないし何を食べるかも未定なのだ。
「でも、あたしはそれで良いと思うわよ?」
「え?方針も決まってないのに?」
僕はもしかしたら、唯の意外な一面を見ているのかも知れない。
僕の中の彼女は、用意周到で計画的で非の打ち所のない策士だ。
「だって、たかが夕食じゃない?もしかしたら面白いものが見つかるかも知れないし」
「それもそうだね」
言われてみればそうかも知れない。夕飯なんて緻密な計画を練るものでは無い。
僕は戦争行動の作戦と、夕飯のメニューを同列に扱っていたらしい。
「……後からお店に着いた方が荷物持ちね?」
「え!?あ、唯!ずるいよ!!」
僕の返事も聞かずに唯は走り出してしまった。
僕は必死に、風になびく亜麻色の髪を追いかけ続けた。
しかし僕と彼女の体力差は、以前証明した通りで僕は結局彼女に追いつけなかった。
「……ハァッ!……ハァッ!!……」
「あんた、もうちょっと身体鍛えた方が良いわよ?」
スーパーマーケットの入り口で、僕は呼吸を整えていた。
そんな僕を、唯は息を切らせることも無く涼しい顔をして見ている。
「……ゼェッ!……ハァッ!!……」
「そんなんじゃ、海なんか行ったら死んじゃうわよ?」
息が苦しくて返事もロクに出来ない僕に、唯は好き勝手に言っている。
唯は海に遠泳でもしに行くのだろうか?
「……僕が弱くなったんじゃ無くて……唯が強くなったんじゃ……?」
「多少は意識して身体を動かしてるけど、それでもあんたはひ弱すぎよ?」
唯は家事もしてるし勉強もして、その上で運動もしている。
一体、彼女はどんなスケジュールで動いているのだろうか?
「この夏はする事が多そうね?」
「え?何か言った?」
唯の口が小さく動いたから、何かを言ったのは分かった。
しかし蝉の鳴き声にかき消されて、その内容は分からなかった。
「何でも無いわ。早く入りましょう」
「う、うん」
僕は問いただすことも出来ずに、スーパーへと入店した。
自動ドアが開くと、冷気とともに鮮魚の匂いが僕たちを包んだ。
「さてと、今日は何が安いのかしら?」
「あれ、安くない?二割引だって」
「あれはダメよ。脂ばっかりで食べるところが無いわ」
僕たちはそんな会話をしながら、ショッピングカートを押して回った。
っていうか、唯はどれだけの買い物をするつもりなのだろうか?
「念のために、袋を三つ持ってきといて正解だったわ」
「これ、僕が持つんだよね?」
唯は店内をくまなく散策して回り、掘り出し物を次々とかごへ投入した。
会計を済ませた結果、エコバッグが三つともパンパンの状態になってしまった。
「トレーニングの一環だと思って頑張りなさい」
「……」
正直、言い返したい気分だったが僕は不平不満を飲み込んでバッグを持った。
僕には唯と口げんかをして、勝てる自信なんか無かった。
「一つくらい持ってあげるから」
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