第18話

 恵麻が僕たちと別行動する理由、それは昨日の事が関係するのだろう。

 本当に、二人の間に一体何があったのだろうか?

「まあ、俺も泣かせちゃった相手とは会いづらいからな」

「……なんか、皆がバラバラになっていくような気がする」

 理由は知らないが、恵麻は僕たちと距離を取ろうとしている。

 そして唯も元気が無くて、一人にしてくれと言っている。

「俺の親父は、人間は近づいたり離れたりして互いを知る生き物だって言ってたぞ?」

「良太のお父さんって何をしてるの?」

 何で良太のお父さんは、そんな含蓄のある言葉を言えるのだろうか?

 彼のお父さんは、普段は何をしているのだろうか?

「俺んちは寺なんだ」

「良太ってお坊さんだったの?」

 僕は良太のお父さんの意外な職業に、驚きを隠せなかった。

 確かに住職なら、それくらいの事は言いそうではある。

「ああ。だからお前らは今、自分たちを見つめ直す時間に入ったんだ」

「……自分たちを見つめ直す時間か……」

 もし良太の言うとおりなら、僕たちは事故を見つめ直す必要がある。

 外の世界ではなく、内の世界へと目を向ける事が求められる。

「それに、もしお前らに縁があるならもう一度一緒になれると思うぞ?」

「……それも良太のお父さんの受け売り?」

「ああ、猫が死んで悲しんでる人に親父が言ってた」

「犬猫と同じ扱いしないで欲しいんだけど……分かった気がする」

 僕たち三人をペットと同じにしないで欲しいが、言いたいことは分かる。

 僕たちに確かな絆があるなら、今は離ればなれでもまた一緒になれる。

 今は焦らずに、自分や互いの関係を見つめ直す機会が訪れたのだ。

「大坪の事も、自然と分かる時が来ると思うぞ?その必要があるなら」

「唯も、落ちついたら説明するって言ってた」

 その日から、僕は唯から少し距離を置いてみることにした。

 もちろん完全に断ち切ってしまうのではなく、時々は連絡を入れた。

 結局、誰が言い出した訳でもないが海に行く予定はキャンセルとなった。

「……唯、今は何をしてるんだろうか?」

 夏休みに入った僕は、宿題を終えてそんな事を考えていた。

 レインを飛ばして、近況を尋ねるべきかと迷っていた。

 もう、一週間くらい連絡を取っていない。


「……さてと、これで今日の分は終わりね」

 あたしは数学の教科書を閉じると、スマホで時間を確認した。

 時間はまもなく、十一時になろうとしている。今日のご飯は何にしようかしら?

「あいつからは連絡は無し……か」

 あたしはスマホに駆からの着信が無いことを確認すると、小さくため息を吐いた。

 あたしが一人にしてと言ったのだから、着信が無いのは当たり前だ。

「でも少しくらい、気にしなさいよ」

 だが、それでも心のどこかで彼の方から動いて欲しいと思ってしまう。

 優しい彼の事だ。本当は連絡を取りたくて、首を長くして待っているのだろう。

「やっぱり、あたしから連絡するしか無いわよね?」

 あたしが連絡を絶ったのだからこっちが連絡すべきだと、頭では分かっていた。

 しかし、一週間もお互いに連絡が無いと何かきっかけが欲しくなるものだ。

「……ん?」

 何か駆と連絡を取るきっかけを探していたあたしの目に、一枚のハンカチが入った。

 あのハンカチは、泣いているあたしに彼がくれたものだ。

「そうだわ。まだ、お返しをしてなかったわ」

 この数ヶ月、彼には色々と迷惑をかけてしまった。

 彼はきっと、幼なじみだから気にしなくて良いよと言うだろう。

 しかし、それではあたしの気が済まないのだ。

「……やっぱ、止めたわ」

 あたしは彼にレインを送ろうとしたが、その文面を削除した。

 代わりにあたしは電話アプリを起動させ、ある人物へと電話をした。

「あ、もしもし大坪ですが。はい、お久しぶりです。実は……」

 あたしはその人に、失礼の無いように細心の注意を払って電話した。

 何せ、古くからお世話になっている相手だしこれからも長い付き合いになる相手だ。

「……はい、はい。では今からそちらへ向かいますね?」

 あたしはその人に、アポを取り付けると電話越しにお辞儀した。

 相手は、そんなにかしこまらなくても大丈夫と言ってくれたがそうは行かない。

 あの人にはあたしが気立ての良い出来た娘だと、思っていて欲しいのだ。

「さてと、じゃあ着替えようかしら」

 あたしは、引き出しからよそ行き用の夏服を取り出して着替えた。

 もちろん、ショーツもブラジャーもだ。大切な相手に会うのだから当然だ。

「……待ってなさい。たっぷりと味わうが良いわ」

 あたしは白いつば広帽子をかぶると、キャリーケースを片手に夏の日差しの下へと出た。


「……どうしてラノベ原作のアニメには水着回がつきものなのか……」

 僕はサブスクで話題のアニメを見ていた。

 女の子が何人も登場し、全員が主人公に好意を抱いてる今時の作品だった。

「おなか空いたなぁ」

 作中で、主人公たちがおいしそうに食事するシーンを見てそう思った。

 アニメの中の料理は、なぜあんなにまでおいしそうに見えるのだろうか?

「今日のお昼ご飯は何かな?」

 僕はアニメを見るのを止めると、部屋から出て階段を降りた。

 階段からは、食欲を刺激する甘酸っぱい匂いが漂っていた。

「……何の匂いだろう?」

 僕は甘酸っぱい匂いに誘われ、台所へと導かれた。

 台所には、料理中の女性の背中があり手際よく昼食の支度をしていた。

「お母さん、何を作ってるの?」

「……」

 僕は女性の背中に呼びかけたが、なんだか様子が変だ。

 もう一度声をかけようとして、ようやくその人物から返事があった。

「あたし、あんたのお母さんになった覚え無いわよ?」

「……唯っ!?」

 何と、僕の家で料理をしていたのは疎遠だった唯だったのだ。

 確かによく見ると、後ろ姿はお母さんとはまるで違う。

 しかし、この家で料理をする女性なんてお母さんしか居ないからそう見えたのだ。

「唯、なんでここに居るの!?」

「何よ。居たら悪いの?」

「いや、そうじゃあ無いけど……」

 唯が僕の家に来るなんて、別に珍しい事でも変な事でも無い。

 出張勝ちの唯の両親に代わって、僕のお母さんが彼女の面倒を見ていたからだ。

「唯ちゃんはね、暑い中ここまでお料理を作りに来てくれたんだよ?」

「お母さん!お母さんは唯が来るって知ってたの!?」

 ヘアバンドで髪をたくし上げたお母さんが、僕の後ろに立っていた。

 このスタイルは、お母さんが仕事をするときの格好だ。

「うん、唯ちゃんからちょっと前に電話があったからね」

「……何で僕に黙ってたの?」

 この様子だと、何も知らなかったのは僕だけだ。

 しかし、なぜ唯もお母さんも僕に何も教えてくれなかったのだろうか?


「分かってないなぁ、駆君は」

「え?何のこと?」

 お母さんはいつもの意地悪な笑みを浮かべて、ニヤニヤと僕を眺めている。

 何なの?なんで僕をそんな目で見るの?何が分かってないの?

「そんなところに突っ立てるんだったら、少しは手伝ってよね?」

「え?あ、ゴメン!何をしたら良いかな?」

 僕はいつの間にか。唯に顎で使われる立場になってしまった。

 その後は、食器を出せとか盛り付けろとか彼女に良いように遣われてしまった。

「……良いねぇ。駆は少しボーッとしてるからこれくらいが丁度良いかな?」

「お母さんは何を言ってるの!?手伝ってよ!!」

「これくらい一人で出来るでしょ!?」

 僕はその後も、お母さんに観察されながら唯にこき使われた。

 今朝まで、唯に連絡をすべきか悩んでいた自分がアホみたいだ。

「……全く、自分の家のどこに食器があるかもロクに知らないなんて」

「……面目ない」

 僕たちは素麺と大皿に盛られた『油淋鶏』、そして焼きなすを囲んで座った。

 一人増えただけで、なんだか急に食卓が騒がしくなった気がした。

「おいしそうね?唯ちゃん、またお料理上手になった?」

「いえ、これくらい大したものではありませんよ」

 憔悴した僕を余所に、お母さんと唯は和気藹々と話をしている。

 そんな二人を見て、どこか懐かしいような疎ましいような気がした。

「……そろそろ食べない?」

「あんたって食い意地の張った男ね?」

「それだけ唯ちゃんのお料理がおいしそうって事だよね?」

 実際、唯が作った料理はどれもおいしそうだった。

 さすがは一人暮らしが長いだけあると、僕は感心していた。

「まあ、冷えちゃったらおいしくないものね?食べましょう」

「じゃあ、いただきます」

「……いただきます」

 僕たちは合掌すると銘々、料理に箸をつけた。

「おいしいよ、唯ちゃん!駆も食べてごらん!!」

「……うん」

 僕はお母さんに急かされるまま、油淋鶏を小皿にとった。

 そして、一口それをかじると口の中に味の世界が広がるのが分かった。

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